第3話【大迷宮の創造主】

 扉を開くと、その向こうはやたら天井が高い聖堂が広がっていた。


 祭壇に飾られたものは女神の石膏像、極彩色の光を落とす硝子絵図ステンドグラスが嵌め込まれて幻想的な空気を漂わせる。

 大理石の床に敷かれた赤い絨毯は手触りがよさそうだが、それよりもまず先に気になったのは祭壇の前で両手を組み、祈りを捧げる女性の姿だ。


 純白の翼が背中から生え、豊かな金髪は地面に届かんほど長い。頭には月桂樹の冠が飾られ、純白のドレスは清楚な印象を見る者に与える。

 女神の石膏像に祈りを捧げていた女性は、フェイとユーリが聖堂に足を踏み入れた気配を察知して瞳を開く。持ち上げられた瞼の向こうから現れたのは、穏やかな海を想起させる青い瞳だ。


 翼をはためかせて立ち上がった女性は、



「ようやく到達しましたね」



 たおやかな声は、やけに耳へ馴染む。


 優雅に微笑む女性はそこにいるだけで一枚の絵画にでもなりそうだが、残念ながらこの場に絵描きの人間はいない。ドレスの布地を押し上げる胸部は豊かで、大らかさと母性のようなものを感じた。

 だけどフェイは「人間離れした綺麗な人だな」以上の感想を抱くことはなかった。すでにフェイはご主人様の虜なのである。



「ここまで到達したことを讃えましょう、探索者シーカーよ。我が名は」


「フェイ、こんなところさっさと出るよ。時間があとどれほど残っているのか分かったもんじゃない」


「はいよ」


「まままま待ちなさい、口上ぐらいやらせてください!!」



 翼の生えた綺麗な女性は慌てた口振りでユーリの行動を止めると、



「我が名はアウラエル――この大迷宮ラビリンス【アビス】の創造主です」


「そうかい」



 ユーリは特に興味なさそうだった。

 すでに知っている情報だったのだろう、表情は心底どうでもよさそうである。ここまで来る途中で少しボサボサになってしまった自分の銀髪を指先で摘むと「あ、枝毛」と関係のないことまでし始めてしまう。


 フェイも何となく想像はついたので、綺麗な女性――アウラエルとやらが何か色々言ってこようが興味なかった。ご主人様の綺麗な銀髪を指先で梳きながら、



「マスター、帰ったら髪の毛を梳かそうね。結構ボサボサだよ」


「アンタがやりな。アタシはやらないよ」


「はいはい、仰せの通りに」


「アンタの髪はアタシがやるよ」


「マスター? 奴隷の髪にわざわざ気を使わなくていいんだぞ?」


「は、話を聞いてください!!」



 アウラエルが涙目で訴えかけてきた。


 天使だか神様だか知らない存在にほぼ興味が失せたフェイとユーリは、仕方なしにやり取りを中断してアウラエルに向き直る。

 大迷宮ラビリンスは神々が人間に突きつけた挑戦状である、とご主人様も言っていた。だからきっとアウラエルも神様なのだろうが、何とも威厳のない神様である。


 わざとらしく咳払いをしたアウラエルは、



「ここまで到達することが出来た探索者の貴方たちには、それなりの褒美をやらねばなりませんね」


「へえ? 何をくれるんだい?」



 ユーリは赤い瞳を眇めて、大迷宮ラビリンス【アビス】を作り出したアウラエルから何が貰えるのか期待する。



「もちろん、次の大迷宮ラビリンスの支配権を」


「帰るよ、フェイ」


「はいよ、マスター」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。冗談じゃないですか冗談!!」



 聖堂から身を翻して立ち去ろうとするフェイとユーリを、アウラエルが「待ってくださいよぉ!!」と涙目で制止を求めてくる。


 いやもう身を翻してもおかしくないやり取りなのだ。

 威厳があるように見えて威厳など全くないアホな神様に付き合っていられるほど、フェイとユーリも暇ではない。大迷宮ラビリンス【アビス】には一週間しかいられないのだから、さっさとあの馬鹿を討伐してやりたいところだ。


 ジト目でアウラエルを睨みつけるユーリは、



「次に変なことを言ったらすぐに帰るよ」


「は、はい……すみません……探索者シーカーの心を掴むのに精一杯で」


「その精一杯が空回ってんのさ。もっとしっかりしな、神様だろうアンタ」


「は、はいぃ……」



 逆に説教されている始末だ。神様を相手に説教が出来るなど、やはりウチのご主人様は凄い。



「私を倒すことが出来れば、どんな願いも一つだけ叶えましょう」



 アウラエルは真っ直ぐにユーリを見つめ、



「もちろん、一人につき一つです。貴女と、そこの殿方の願いを一つずつです」


「え、俺もいいの?」


「はい。神様パゥアーで叶えてみせましょう」



 力の発音がやたらムカつくものだったが、何でも願いが叶うというのは非常に魅力的だ。

 ただ問題は、その願いが思いつかないということだろうか。考えて『マスターとずっと一緒にいたい』ぐらいだが、相手も同じことを願っていたら元も子もない。


 ユーリは「ふぅーん」と頷き、



「いいね、乗ったよ」


「マスターにも叶えたい願いがあるんだ」


「アタシには金銭を消費して願いを叶える方法しか知らないからねェ、出来れば今後のことも考えればこの願いを叶えるのに金銭を消費したくないのさ」


「そんなに」



 ご主人様がそんなに大きな願いを抱えているとは思わなかった。ずっと一緒にいたフェイでも分からなかった。

 まあ彼女は彼女なりに願いがあるのだろう。ユーリだって人間だ。いくらスキル【強欲の罪マモン】のせいで寿命が人間離れしていようと、彼女は彼女だ。


 アウラエルは「ふふッ」と笑うと、



「では始めましょう」



 大きな翼をはためかせ、アウラエルはふわりと空中に浮かび上がる。嫋やかな笑顔はそのままなのに、やたら気迫があった。

 それまでのふざけた雰囲気が嘘のようである。さすが神様と言うべきだろうか。


 ユーリは銀色の散弾銃をアウラエルに突きつけ、



「アンタはアタシの願いで殺してやるよ」

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