第5話【合流】

「なるほどねー、ゆりたんも踏破したいんだねー」



 給仕の幽霊から進められるままに琥珀色の酒をグビグビと消費していく赤い髪の美女――ルーシー・ヴァニシンカが納得したように頷いた。


 元仕事仲間だから、彼女もユーリが大迷宮ラビリンス【アビス】を踏破したいことは知っているはずだ。

 この大迷宮【アビス】は、ご主人様のユーリにとって因縁とも呼べる迷宮区ダンジョンである。制限時間は一週間、あとどれほど時間が残されているのかも不明だ。数多くの迷宮区が重なって作られた大迷宮だからこそ、長居は無用である。


 いいや、そもそもここは幽霊が多いのだからご主人様の精神面から見ても危険である。さっさとここを抜けてしまいたいところだ。



「じゃあねー、あたしも手伝うよー」


「アンタがいてくれれば心強いよ」


「えへへー、褒められちゃったー」



 ユーリの言葉に、ルーシーは恥ずかしそうに微笑んだ。


 ルーシー・ヴァニシンカのスキルは、ユーリでも真似できない代物だ。その名も【暴食の罪ベルゼブブ】――あらゆるものを食べることが出来るスキルである。

 このスキルは存在するスキルの真似事なら金を払えば出来るユーリと違って、再現が不可能な特殊スキルである。空腹であればあるほど、彼女は魔物でも幽霊でも壁でも床でも天井でも好きに食べられる訳だ。


 逆に言えば満腹の状態だったらいくらスキルを発動しても致命傷に至るまで食べられないのだが、彼女はちゃんと理解しているのだろうか?



「ルーシー、そんなに酒を飲んでも平気なのかい?」


「【暴食の罪ベルゼブブ】のおかげで酒精アルコールもなかなか通じないんだよねー、おかげで酔わないよー」



 先程からグビグビと絶え間なく給仕の幽霊が持ったお盆から酒を取って飲んでいるのだが、それでもルーシーは顔が赤くなるどころか酔う気配すらない。【暴食の罪ベルゼブブ】とは意外と便利なスキルなのかもしれない。

 顔を青褪めさせる給仕の幽霊は「あ、あの……」とルーシーに呼びかけるも、ルーシーの酒を飲む手は止まらない。少しでも飢えを満たしたいのか、ひたすら酒をかっ喰らっている。


 そして銀のお盆から酒盃がすっかり消え去り、琥珀色の酒がなくなったところでルーシーの手が止まった。



「ねえー、お酒がないんだけどー」


「ひえッ、あの、すぐに別のものを持ってきますのでしばしお待ちを」


「やだー、今すぐ飲みたいんだもんー。だからー」



 ルーシーが紫色のドレスの下から引っ張り出したのは、紫色の散弾銃だった。大振りな散弾銃を透明な給仕の幽霊に突きつけ、彼女は舌舐めずりをする。

 完全に獲物を狙う肉食獣の瞳である。フェイは静かに合掌しておいた。多分、碌な死に方は出来ないだろう。


 上擦った悲鳴を上げて銀のお盆を手から滑り落とす給仕の幽霊に、腹ペコ美人なおねーさんの毒牙がかけられる。



「いただきまーす」



 ガチン、と撃鉄の落ちる音がフェイの耳朶に触れた。


 給仕の幽霊の頭が消失し、胴体が食べられ、膝から下を残してほぼ全身が食い千切られる。悲鳴も何もなかった。彼の訴えは全てルーシー・ヴァニシンカという美女の胃袋に収まってしまった。

 これを初めて見た時は驚いたものだが、彼女は基本的に美味しいものや食事が好きないい人である。フェイもユーリも彼女のことは気に入っているのだ。



「そうさね、幽霊なんてルーシーに全部食べて貰えば」


「ここの幽霊さんを全部食べたらあたしはお腹いっぱいになっちゃうよー?」



 紫色のドレスの裾に散弾銃を戻しながら、何か妙案を閃いたらしいユーリにそんなことを言うルーシー。

 彼女のスキルは空腹であればあるほど威力を増すので、この場にいる幽霊を全部食べてしまったらお荷物になることが確定である。まあユーリからすれば幽霊がひしめく階層なんて早めに切り抜けて、あとは戦えなくなったルーシーを守ればいいと思っているのだろうが、探索に於いて荷物を抱える余裕はない。


 底なしの胃袋を持つルーシーでも、これほど大勢の幽霊を食らうのはさすがに難しいか。「お腹いっぱいになったら動きたくなくなっちゃうからねー」とルーシーはほわほわと笑いながら言っていた。



「おや……そこにいらっしゃるのはルーシー殿では……?」


「あー、ルーシーちゃんだ!! 久しぶりだね!!」



 そこへ、情報収集を終えてきたのかアルアとドラゴがやってくる。ルーシーも彼女たち二人をしっかり認識して「やっほー」と手を振って応じた。



「ここで会ったのも何かの縁です……出来ればご同行をお願いしたいところですが……」


「いいよー、元々ゆりたんとそういう話はしてたからねー」



 ルーシーは笑顔で同行を許諾し、アルアが「ありがとうございます……」とどこか眠たげに答えた。



「それで同行についてのお願いですが……」


「何かなー?」


「フェイ殿は私のダーリンなので手を出さないで貰えると……」


「ゆりたーん、アルアちゃんってもうボケたのー? 少し会わなかっただけで変なことを言うようになっちゃったよー?」


「そういう時は頭を握り潰すんだよ、こうやってね!!」



 ドラゴがアルアの頭に手を置いて、ギリギリギリギリと指先に力を込める。容赦なく頭を締め上げられたアルアは悲鳴を上げていた。


 ルーシーもそれを眺めて「へえー、そうなんだー」と学んでいる様子だった。フェイとしても、ユーリとしても、心強い味方が出来た。

 そういえば、もう一人だけ頭のおかしな同行者がいたはずだがどうしただろうか?



「た、助けろ下僕!!」


「え?」



 顔を上げれば、何故かメイヴが大量の幽霊に囲まれて地団駄を踏んでいた。頭を撫でられ、様々な幽霊から飴などのお菓子を差し出されている。お菓子を常備している幽霊の方が逆に凄い。

 どうやら幼い子供だと勘違いされているようで、メイヴは差し出された飴を「いらんわ!!」などと叫んで払い除けていた。それでも頭を撫でられて、顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。


 何だろう、あれは絶対に助けたくない。面倒ごとの予感しかしない。



「フェイ、ちょっと喉が乾いたから給仕から飲み物を貰ってきな」


「はぁい」


「あ、こら下僕!! どこへ行くんだ、助けろ!!」


「ルーシー、あの馬鹿でドラゴの言ったことを実践してみな」


「分かったー」


「あ、大食い女め何をする!? 何を企んで――イダダダダダダ!!」



 背後でメイヴの悲鳴を聞きながら、フェイは酒を持った給仕の幽霊を探すのだった。

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