第4話【熊肉料理】

「うん、美味しいじゃないかい」


「お褒めに預かり光栄です、マスター」



 鍋の中身をぐるぐるとかき混ぜるフェイは、料理を絶賛してくれたご主人様のユーリにそう応じた。


 あの熊肉は豪快に焼いたものでは飽きてしまうので、スープにも突っ込んでみた。今回のご飯は熊肉祭りである。

 魔石が体表から飛び出したあの熊の肉は、意外と柔らかくて美味しいのだ。魔物がこんなに美味しく感じるのは珍しいことで、食べられる系の魔物は迷宮区ダンジョンでの競争率が非常に高い。


 串に突き刺して豪快に焼いた熊肉に齧り付くユーリは、



「アンタも腕を上げたねェ。昔はよく肉なんて焦がしてたのに」


「昔から料理は手伝ってたからな」



 スープの味を見て、もう少し塩気を足した方がいいかとフェイは悩む。結構な量の塩を投入したのだが、どうにも味が薄いような気がするのだ。塩と胡椒だけの調味料では限界がある。

 小皿にスープを少しだけ入れて、フェイはユーリに皿を差し出してみた。「味見をしてほしい」というフェイの願望をしっかり聞き届けたユーリは、何も言わずに小皿を受け取る。


 少しだけ注がれたスープを飲み干し、それから彼女はスープの評価を下す。



「うん、味が薄い」


「やっぱり?」


「もう少し塩を入れな」


「はいよ」



 フェイは突き返された小皿を回収し、再び塩を投下する。何度か味見を繰り返して、ようやく納得の出来る味のスープとなった。

 本格的に皿へ盛り付け、熊肉の分量を多めに確保してやる。フェイよりもご主人様のユーリの方が圧倒的に運動量も多いので、彼女にはしっかり栄養補給をしてもらわなければならない。


 スープの皿をフェイから受け取ったユーリは、



「アンタの方が肉の量が少ないじゃないかい」


「俺はそんなに動かないからな」


「気を使う必要なんてないんだよ、アンタはもっと食べな」


「わ」



 先が割れた匙で熊肉の塊を掬い上げると、ぼちゃぼちゃとフェイのスープ皿に投入してくる。おかげで熊肉がガッツリと増えてしまった。



「俺は奴隷だからいいのに」


「アタシがアンタをどう扱おうと、主人であるアタシの勝手さね」


「ご主人様は優しいなぁ」


「今に始まったことを言うんじゃないよ」



 優しいご主人様からの施しをありがたく受け取ることにしたフェイは、同じく先が割れた匙で熊肉を突き刺して口に運ぶ。

 柔らかな熊肉は程よい塩気を纏っており、口の中でじんわりと染み込んだスープの味が広がっていく。確かにこれはいいお値段がするだけある。


 フェイが美味そうにスープを飲む様を眺めるユーリは、



「フェイ」


「何、マスター」


「アンタは何か願うことはないのかい?」


「願い?」



 フェイは首を傾げる。


 ご主人様の唐突な質問の内容が理解できなかった。

 何か【強欲の罪マモン】のスキルを使って、願いを叶えてくれるのだろうか。



「じゃあ新しい包丁がほしいかな」


「…………何でだい?」


「家で使ってる奴さ、もう刃こぼれしてるんだよね。危険だからあまり使いたくないんだけど」


「そうかい、じゃあここを出たら買おうかねェ」


「やった」



 フェイは拳を掲げた。

 これであの刃こぼれをした包丁で料理をしないで済む。そうすれば美味しい料理をご主人様に提供できるし、まずは包丁を研ぐ作業から始めないで済むようになるのだ。


 ユーリは包丁如きで喜びを露わにするフェイを見やり、



「他には何もないのかい?」


「何が?」


「願いさね」


「別にないよ」


「本当かい?」


「何でそんなことを聞いてくるんだよ、マスター」



 ご主人様がこれほど願いに執着するのは、さすがに理由が分からなかった。何か深刻な事情でもあるのか?



「この大迷宮ラビリンスだけどねェ、踏破した暁には一つだけ何でも願いが叶うのさ」


「へえ」


「アンタは何を願うんだいって話だよ」



 スープを少しだけ啜るユーリは、



「奴隷解放を願うなら、願えばいいさね」


「え、やだめんどい」


「何でだい。いつまでも奴隷でいるつもりかい?」


「うん」



 フェイは迷わず頷いた。


 確かに奴隷の立場は不便だ。迷宮区ダンジョン案内所では勝手にウロつけば注意されるし、一人で買い物に出かければ店の人間から嫌な顔をされて門前払いされることが多い。本当なら奴隷解放を願った方がいいのだろう。

 だが、フェイには不便なことなど何一つなかった。迷宮区案内所ではユーリがフェイの側についていてくれるし、店で買い物をする際もユーリがついてきてくれる。一緒に買い物が出来る喜びが得られるのだ。


 不便と思えることはない。ユーリが、フェイに飽きてなければ。



「マスターこそ、俺に飽きた?」


「それは天地がひっくり返ってもないから安心しな」


「ならよかった」



 フェイは密かに安堵の息を吐いた。これで「アンタには飽きたよ」と言われれば立ち直れない自信があった。



「……おや……そこにいらっしゃるのはユーリ殿とフェイ殿では……?」


「あ、ユーリさんとワンコ君だ!! 久しぶりだね!!」



 その時、聞き覚えのある二つの声がフェイとユーリの耳朶に触れた。


 顔を上げれば、車椅子に腰掛けた深窓の御令嬢と蛇を想起させる鋭い顔つきな女性の二人組がこちらに向かっていた。

 ユーリは車椅子に乗る御令嬢にだけ警戒心を抱き、フェイは車椅子に乗る御令嬢に愛想笑いを浮かべるもものの、車椅子を押す蛇を彷彿とさせる女性には朗らかな笑みで対応した。



「ドラゴさん、アルアさん。お久しぶりです」


「ドラゴだけ残してとっとと消えな」


「久々の再会なのにあんまりではないですか……」


「お久しぶりだね!!」



 ユーリの元仕事仲間であり【怠惰の罪ベルフェゴール】のスキル保有者であるアルア・エジンバラ・ドーラと、同じく【憤怒の罪サタン】のスキルを保有するドラゴ・スリュートとの合流を果たしたのだった。

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