一瞬の夏~あの時、好きだと言えなくて~
Youlife
第1話 ひとりぼっちの夜
2021年夏、今年も連日暑い日々が続いていた。
例年ならば、お盆が近づく頃になると山あいにある中川の町には帰省する人達が押し寄せ、どの家にも夜遅くまで明かりが灯り、笑い声が絶えず、賑やかになるのが恒例であった。しかし去年、そして今年も中川の町を歩く人の数はお盆以外の時期と変らずまばらで、何とも言えない寂しさが漂っていた。
幸次郎は仕事が休みに入ったものの、一人部屋に籠ってスマートフォンでオンラインゲームを楽しんでいた。いつもならばひっきりなしに訪れる客のために買いだしに出かけたり、近くの墓地の見回りをしたり、盆踊り大会の準備で忙殺され、あっという間に休みが終わってしまう。しかし去年も今年も盆踊り大会は中止になり、自宅を訪れる人もほとんどいなかった。あえてやることと言えば、墓地の見回り位しかない。
何もすることがなく、家に籠って過ごす盆休みはこれで二年連続である。
昔ならばこの町に残っている何人かの幼馴染たちと一緒にドライブやカラオケ、海水浴に行っていたのだが、一人、また一人と結婚し家族が出来きて、幸次郎と一緒に遊んでくれる友達が徐々に減っていった。
「はあ……つまんねえ」
スマートフォンのオンラインゲームで負けてしまった幸次郎は、頭にきてスマートフォンを畳に投げつけると、ふてくされた表情で倒れ込んだ。
「どいつもこいつも、頭に来るわ。何なんだよ、コロナだの感染だの、そんなに怖いのかっつーの」
畳に顔を伏せながら恨み言を言う幸次郎の真後ろから、突然、スマートフォンの着信音が響き渡った。どうやら、誰かからLINE通話が来ているようだ。
スマートフォンを開くと、液晶画面には兄の健太郎の顔が写っていた。
「あれ、兄貴?」
「よう、幸次郎。そっちは元気かい?」
「まあ、それなりにね」
健太郎の後ろでは、時折ちらつく妻のみゆきの姿と、今年六月に生まれたばかりの息子・
「よう健瑠、今日も元気に泣いてるなあ」
「まあな。毎日昼も夜も泣き声がすごくて、全然落ち着かないよ」
「みゆき姉さんは?ずっと健瑠の世話してるの?」
「うん。でも、泣き止まない時は俺と交代であやしてるんだ」
「大変だよなあ。こっちに連れて来たら面倒見れる人がいっぱいいるのにさ」
「本当は行きたいよ。折角生まれた孫の顔を親に見せたいし。でも、こっちはコロナの感染がどんどん広がってるし、ワクチン接種も終わってないし、今のままじゃそっちには行けないよ」
「またコロナかよ!何で?所詮はインフルエンザとかと一緒でしょ?」
「いや、全然違うよ。俺の同僚がかかったけど、軽症でも呼吸が苦しくなるし、相当咳き込むし、甘く見ない方がいいぞ」
「そうなの?こっちじゃほとんどかかった人なんていねえぞ。去年の年末に近くの鉄工所の人間が二、三人かかった位か?」
「そんなものか?俺の住んでる区では毎日何十人も出てるぞ」
「わあ、そうなんだ。やっぱり怖えなあ。じゃあ、こっちに帰ってこなくていいよ。うつされたら困るからさ」
「勝手だなあ。ま、そういうわけで、帰れないから、おふくろにもよろしく……お、おい、みゆき!ちょっと!」
「おっはよ、幸次郎君。元気?相変わらず彼女いなくて、一人で寂しく過ごしてるの?」
画面を見ると、いつの間にか健太郎のそばからみゆきが乱入して、にこやかに手を振っていた。その腕の中には、小さな顔でぽかんと見つめる健瑠の姿があった。
「おっ、健瑠。元気そうだな。わかるか?幸ちゃんだぞ。大きくなったら一緒に酒飲もうな」
すると、健瑠は突然顔をくしゃくしゃにして笑いだした。
「ちょっと、健瑠、笑いすぎだよ。そんなにおかしい?幸ちゃんのお顔?」
「ど、どういうことだよ、姉さん」
「あ、そうそう。幸次郎くん、お
「ええ?俺のスマホを、おふくろに?」
「そうよ。会えないんだから、せめて健瑠の笑ってる顔を見せたいもの。さ、モタモタしないで早くお義母さんに代わってよ。赤ちゃんはちょっとしたことですぐ泣きだすから、一刻も早くお義母さんに代わってちょうだい!」
「チッ、相変わらず勝手なんだから、みゆき姉さんは」
幸次郎は起き上がると、ドアを開けて厨房にいる母親のりつ子にスマートフォンを渡した。
「おふくろ、スマホ貸すから出てくれる?みゆき姉さんが話したいって」
「みゆきちゃん?」
「とにかく、大至急代わってくれだって。健瑠が泣いたら、俺何言われるか分からないから、すぐ出てくれよ」
そう言うと、幸次郎はりつ子の手に開いたままのスマートフォンを手渡した。
「あ、みゆきちゃん?久しぶりねえ。あれ?健瑠かなー?おばあちゃんだよー。あらら、笑ってる?今日は御機嫌さんだこと~」
りつ子は画面越しに健瑠と対面出来て、上機嫌の様子だった。
「まったく、うちの幸次郎はいつまでも結婚できないからさ。こんなかわいい孫を画面越しじゃなくて、毎日眺めていたいわよ。本当に困っちゃうよねえ。東京で幸次郎に合いそうないい人いないの?」
りつ子はみゆきと楽しそうに会話していた。一度みゆきと話しだすと、りつ子は時間を忘れて何十分でも話し続ける。今日も健瑠の話だけでなく、世間話などたわいもないことを延々としゃべり続けていた。
「おい!それ、俺のスマホなんだぞ。どこの誰が通話料払ってるかわかってんのか!」
幸次郎は壁に手をかけて足を踏み鳴らしながら苛つき始めた。その時、近くにいた父親の隆二が「よせよ、何言っても止まらないぞ」と、老婆心ながら忠告していた。
「最近さ、商工会長の娘のさつきちゃんを紹介しようかと思ってるのよ。そう、まだ結婚してないみたいでさ、こないだも会長が誰か紹介してくださいってお願いに来たのよ。幸次郎にすすめたんだけど、かたくなに断られてるのよ」
りつ子は笑いながら、以前兄の健太郎と見合いしたさつきと幸次郎の縁談を話題にすると、幸次郎は頭に血が上りはじめ、我慢は限界に達した。
「あ、当たり前だろ。あんな女、死んでも嫌だ!もう勝手にしろ!」
幸次郎はいつまでもみゆきとの雑談が終わらずスマートフォンを返さないりつ子に腹を立て、名残惜しさを感じながらも家の外へと出て行った。
「どいつもこいつも、好き勝手なことばっかり言いやがって」
外はすっかり夜の闇に包まれて、道沿いの家々では迎え火が焚かれ、薄明かりが浮かび上がっていた。その中を、幸次郎はズボンのポケットに手を突っ込んだままふらふらと歩いていた。やがて集落を抜けると、大きな県道沿いに、町で一軒だけのコンビニエンスストアの明かりが浮かんでいた。
幸次郎は暇をもてあますと、ここまで煙草とビールを買いにやってくる。
ドアの前では、店長の金子が一人で迎え火を焚いていた。
「こんばんは店長。また来ちゃったよ。いつものマイルドセブンね」
「おや、幸次郎か。また煙草かい?体に良くないから、ほどほどにしろよ」
幸次郎は金子に代金を手渡しすると、金子は立ち上がり、渋い顔でカウンター裏にある煙草の陳列棚に向かった。
迎え火は、誰も人通りのない真っ暗な国道の一角を明るく幻想的に照らしていた。
「お待たせ。これ、最後の一個ね。しばらくは入荷しないから、大事に吸えよ」
金子から手渡された煙草を片手で受け取った幸次郎は、じっと炎を見つめていた。
「奈緒さん、もう戻ってこないよな?あっちで元気で暮らしてるかな?」
「ああ。あれ以来もう姿は見かけないね。ま、もうこの世には未練ないだろうから、あっちで楽しくやってるんじゃないか?」
「奈緒さんはちょっと天然入ってるけど、楽しい子だったな。俺、兄貴にはみゆきさんじゃなく、奈緒さんと結婚してほしかったかも」
「余計なこと言うなよ。奈緒はあれでもう満足したんだからさ。これ以上現実の世界にはいない方がいいんだよ」
金子にたしなめられた幸次郎は、膝を抱えたまま煙草を取り出し、火を灯した。
「俺ももういい歳だからさ……昔の兄貴のように、俺も周りから早く彼女見つけて結婚しろって急かされてさ。ホントにウザくてしょうがねえよ」
「じゃ、誰かいい人がいたら結婚するのか?」
「まあ、いればだけどね」
その時、迎え火を見つめる二人の後ろから、ゆっくりとした足取りで髪の長い女性が近づいてきた。背中まで伸びた茶褐色の髪、へそが見える位に丈の短いシャツを羽織り、ぴったりとした細身のジーンズ姿で、ちょっと派手目の化粧をしたその女性は、ドアを開けると、雑誌コーナーの所で立ち止まり、ファッション誌を手に取るとそのまま立ち読みを始めた。
幸次郎は、その表情を見て、突然目を見開いて驚いた。
「おい、どうしたんだ?急に真剣な顔しちゃって」
「
「亜沙美?」
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