第14話 パンと小豆

「あらぁ、凛ちゃん。いらっしゃい」

「やっほー。急に押しかけちゃってごめんね」


 昨日のうちに明日お店に行っても良いか連絡してみたら、快くオッケーをもらえたので、店長に車を出してもらって彼女のお店に連れてきてもらっちゃった。


「凛ちゃんなら大歓迎。パン食べてく?今なら、メロンパンとチョココロネが焼きたてよ」


 彼女が持っている黒いプレートの上には焦げ茶色の格子模様が均等に入ったクリーム色のメロンパンがたくさんあった。上に散りばめられたザラメがキラキラ輝いて美味しそう!


「え!良いの!欲しい欲しいっ!」

「おい」

「イダッ!」


 店長チョップが、あたしの頭にクリーンヒット。


「肝心の話をしてからでも良いだろ」


 そーでした、そーでした。


「忙しいのにごめんねー」

「良いのよ。凛ちゃんにはメニュー開発でお世話になっているし、洗川さんに届けてくれるんでしょ?私もそろそろ来られそうかなーって多めに作っていたの」

「へーそうなんだ」


 ニコッと笑った口元のえくぼが可愛いお姉さま、姫山ひめやま園美そのみさん(年齢は秘密)の経営する『スパロー』はさえずり街の中では昔からあるお店のひとつ。パンの耳まで食べられるふわふわパンとスィーツ系のパンが絶品で目玉商品の濃厚メロンパンともちふわ食パンが焼きあがる時間には長蛇の列ができてしまう。

 店内にはカウンター席が五、六席あって、セルフサービスのドリンクサーバーも置いているから、部活終わりの学生や親子連れ、マダム達のちょとした休憩場所にもなっている。

 もちろん、お土産に持っていく生クリームパンも大人気。

 実は小学五年生の時に店内で新作のクリームパンを食べていたあたしと園美さんが『『このパンなんか足りない気がする』』って同時にハモったのがキッカケで知り合いになったんだよね。

 あの時の園美さんったらスゴくて、小学生のあたしに『そうなのよ!ねぇ、何が足りないと思う!?甘さを足せば良い?それとも生地の濃厚さかしらっ!?』って迫ってきたんだよねぇ。んで、あたしが『もう少しモチモチで甘い方が良いんだけど、甘々は嫌かも?』って答えたら、園美さんも『まぁまぁ!お姉さんも同じ気持ちよ!クリームの配合を変えてみようかしら……』意気投合しちゃって、一緒に一から作り直すことになったんだ。二人で話し合った意見を基に配合を変えたパンをあたしが食べて、気になった所を話す。何度か繰り返して出来たのが『生クリームパン』ってわけ。

 店長に経緯を軽く説明しても眉間にしわを寄せて、あたしと生クリームパンを交互に見ている。これは……信じてないな。


「メニュー開発……?不審者が?」


 やっぱ疑ってんじゃん。

 本人が言ってるから間違いないつーの。


「あら?そちらの方は……?」

「あれ?園美さんは知らないの?ほら、新ちゃんの居酒屋の近くに職人街があるでしょ」

「えぇ、あるわね。でも、あそこに新ちゃん以外の飲食店なんてあったかしら……?」


 頬に手を当てて不思議そうに首をかしげる園美さん。

 え?園美さんも瑠璃亭の事知らないの?確かスパローは商店街で古株のお店のはず。よそから来たあたしが知らなくても園美さんが知らないなんておかしくない?瑠璃亭ってそんなにひっそり営業だったの?


「え、あ、うん。あそこに瑠璃亭ってカフェがあったんだけど、今度、新しい店主でリューアルオープンするんだって」

「るりてい……?ごめんなさい、私ニ十年ぐらいこの街にいるけど、聞いたことがないわ」

「そう、なんだ。まぁ隠れ家的なお店だったのかもしれないし、園美さんが知らなくてもしょうがないかも?」


 でも、ペリカンの田中さんは知っていたよね?つーか、田中さんの頼みであたしも瑠璃亭に行ったし。もしかして瑠璃亭ってすごく経営厳しくって商店街の人も知らないお店だったりして……。

 チラッと店長の様子を見ると、いつもと違って眉間にシワは寄っているけど、なんだか涙をグッとこらえたような少し寂しげな感じがした。


「店長ぉ――」


 突然、店長が園美さんに近づく。


「今、今日から覚えてください。漢字で瑠璃色の瑠璃と亭主の亭で瑠璃亭です」


 顔をまっすぐ見てお願いするから、ビックリして目を丸くしながら黙ってうなずいちゃったじゃん。心なしか顔が赤いのはなんで?

 ……そーいや、こいつイケメンだったな。忘れていたけど。

 園美さん騙されないで!そいつは鬼守銭奴よ!よし、イメージダウン作戦決行!


「コレはそこの鬼厳しい店長」

「おい、僕はコレなんて名前じゃないぞ」

「んじゃ、名前教えてよ」

「嫌だ」

「も、なんでよ!?」

「仲良しさん?なのねー」

「「どこが!?」」

「ほらぁ、仲良しさん」


 くそぅ、嫌なとこで息ピッタリなのはなに!?

 作戦失敗で園美さんに笑われちゃったじゃん。


「仲良しさんは新ちゃんの奥で開業なさるの?」

「……えっと、そうです。よろしくお願いいたします」


 やぱっり、ちょっと様子が変なよーな。

 店長の苦笑いが気持ち悪いのか、あたしの気のせい?


「お店はいつオープン予定ですか?」


 ゲッ!祭り成功しないとわかんないじゃん。


「……さえずり祭が終わってからです。宣伝もしますので良かったら遊びにきて下さい」


 うわぁー。

 肝心の祭りに出すお菓子決まってないのに宣伝しちゃったよ。店長バかなの?


「まぁ!そうなの!?ぜひお邪魔するわね」


 園美さんは手を叩いて嬉しそうだ。

 話を切り替えないと、どんどん突っ込まれちゃう!


「バ、あ、洗川さんって園美さんのパンをよく取りに来るの?」

「不審者、今なんて?」


 なんか言いたそうな店長は無視。


「えぇ。スパローのパンはやわらかくて食べやすいって気に入って下さったみたいなの。でも、お住まいがさえずり山の方だから遠いでしょ?私も配達まで手が回らなくて……。月に二回、山から降りてくるついでに、必ず生クリームパンをいっぱい買って下さるのよ」

「へーそうなんだ」


 生クリームパンは冷凍保存も出来るから、たくさん買っても食べきれるのが良いよね。あたしもベーグル大量に買って冷凍庫にストックがあるよ。


「凛ちゃんは洗川さんとお知り合いなの?」

「えっとぉ、お願いしたい事があって、手土産に好きなお菓子持って行こっかなぁーってぇ……」

「あ、もしかして、洗川さんの手作りあんこ?」

「うん。美味しいって聞いたから、あんこの作り方を教えてもらえないかなーって」

「あら、買うんじゃなくて教えてもらうの?凛ちゃんはお菓子作れるでしょ?」

「そーなんだけどさ。いろいろあって、今度さえずり祭に出店する瑠璃亭のお菓子を一緒に作るはめになっちゃった。あたし、販売用のお菓子って自分じゃ作ったこと無いから、販売している人に聞こうって訳」

「私に聞いてくれても良かったのに」

「園美さん一人でお店切り盛りして忙しいじゃん。迷惑かけたくないし、洗川さんの作っている感じも見てみたかったんだ」

「なるほど。じゃ、生クリームパンは多めに用意するわ」

「園美さん大好き!ありがとね」

「はい。とりあえず、六個入れてあるわ」

「じゃ、店長」


『はい』って彼に手のひらを見せる。


「何だ、この手は?」

「お代」

「ふし……君。さっきって言わなかったか?」

「そんなわけ無いじゃない。用意してもらえるかもって言ったの」

「……この不審者め。借金に上乗せしておくからな」


 くそぅ、ドケチ店長め。

 ブチブチ言いながらも園美さんの前では黙って気前よく払ってくれた。だけど、パンを受け取って店を出た後、ずーっと早口で文句アンド説教をあたしに浴びせてきた。


「さすが悪の不審者だな。うまく誘導して他者を巻き込み金を払わせるなんて今時の女子高生には常識なのか?大体、これから世話になるかもしれない出資者に対してコレとはなんだ?よほど借金したいんだな。マゾなのか?」

「もーうるさい!いーじゃん!パンはゲット出来たし、これで婆さんに交渉できるでしょ!文句言わない!」

「婆さんではなく、洗川さんだ。一体いつになったらまともな呼び方や会話が出来るんだ」

「店長がそんな態度じゃ、あたし達はまともな会話できませんねー」

「不審者は子どもか?」

「えぇーそーですよ!ピッチピチの子どもですぅ!」

「つまり、ガキなんだな」

「なんですっ――」

「着いたぞ」


 嘘、もう着いちゃったの!?

 店長にイラついて、あまり外を見ていなかった。

 あたし達の目の前は深緑のコケやつるにおおわれた社会の教科書に出てきそうな古民家が現れた。古民家の玄関の側に小さな溜め池があって、岩の隙間にはさまれた竹筒からわき水が流れ出て、リラックス効果がありそうな気持ちのいい音を立てている。


「えぇぇ、突然の癒し空間じゃん……」

「この山はさえずり様の住みか。常に清浄な空気で満ちている。不浄な地に住む君みたいな人間が浄化されるのにぴったりって訳だ」


 何言ってんだコイツ。

 難しい言葉わかんないけど、なんか馬鹿にされている気がする。

 つーか、店長も一緒の地域に住む人間じゃん。

 なんて突っ込んでいたら、さっさと車を降りて庵に向かっちゃった。

 追いかけないと!


「てんちょ――」

「おんや?誰か居るのかぇ?」


 店長に呼び掛けたその時、奥の方からしゃがれた声がした。古民家の横で首の後ろまで日除けの付いた大きな帽子をかぶって、畑作業してそうな作業着お婆さんが少し曲がった腰をトントン叩きながら、あたし達を見ている。きっとアレがポン太や園美さんが言っていた婆さんだ!


「あ!バっうぐ!?」


 とっさにあたしの口を両手で塞ぐ店長。声かけようとしただけじゃん!

 ジタバタしているあたしなんかお構い無しに、近づいてきたお婆さんに話しかける。


「すみません。僕のこと覚えていらっしゃいますか?」

「僕ぅ?誰ね?もうちっと顔を見せてぇ」

「瑠璃さんの弟子で、ネルロです」

「ねぇるろ?あー瑠璃さんとこの坊っちゃんかぁ!」


 思わず吹き出しそうになっちゃった。坊っちゃんってキャラじゃないよ。


「そうです。お久しぶりです、洗川さん」

「久しぶりだねぇ。瑠璃さんがいた時は月にいっぺんは会いに来てくれてだもんねぇ」

「懐かしいですね……」


 懐かしさを噛みしめるように優しく微笑んで静かにうなずいた。

 園美さんの前とは反応が大違いだなぁ。


「全然来てくれなかったからぁ、オババは寂しかったよぉ?ずっと店は開けていたのかい?」

「いえ、僕も一人でやってくのは辛かったので閉めていました」


『しんどくって引きこもっていました』が正しい気がする。


「あんれまぁ。そりゃ大変だったねぇ。んで、この娘さんはどぉなた?」


 やっとあたしの番!店長の手をはがしてあいさつした。


「おばーさん、はじめまして!凛です!」

「おばーさんじゃなくて洗川さんだっ!!」

「ハッハッハ、元気な娘さんだねぇ。はじめましてぇ、洗川いいます」

「洗川さんにお土産があるんだ!」

「わたしぃに?なんだろうね~」

「はい、コレ」

「ありゃま、園美ちゃんとこの生クリームパン。ちょうど買いに下りようかと思っていたのよ。本当にもらっていいのかい?」

「もっちろん」

「嬉しいねぇ~。後でゆっくり頂きますぅ。ほれ、こんな所じゃなんだから上がっていきんしゃい」


 曲がった腰を叩いた後、あたし達を手招きする。古民家の中へ案内してくれるみたい。


「え、いいの!?わーい!古民家って初めてだぁ!」

「あっ!こら、勝手に付いていくな!」


 玄関は少し広く、土間があって、目の前の部屋へ続く障子は開いている。畳のいい匂いがした。

 畳の部屋は縦に二部屋続いていて、あたし達は奥の部屋へ招待される。

 おばちゃんはゆっくり歩き、畳部屋の右隣に消えていった。少しして、小さな湯飲みが二つ乗った丸い木のおぼんを持って帰ってきた。


「お客さんはめったに来んで、なーんもにゃーが、あんこだけはあるんよ。ぼた餅でもえぇかい?」

「食べる!イダッ!?いちいち殴るのやめてくんない!?」


 ほんと何回言ったら止めてくれるわけ?叩きすぎて可愛いあたしの頭にこぶが出来たらどーしてくれる!?


「あんこを食べに来たんじゃないだろ。なのに、家に上がるわ、菓子をたべるわ……。君には常識というか、礼節というものがなっていない。大体――」

「坊っちゃん、いいんよ。娘さんは元気が一番。わざわざ、なんもないオババの所へ来てくれただけで嬉しかね~」

「ほらぁ~嬉しいってさ!ご賞味にあずかろうよ」

「……ご相伴に預かるだろ。すみません洗川さん」

「気にしとらん、気にしとらん。謝るのはなぁし。オババのオヤツ用だから形はいびつだけんど、味はおいしいよぉ」


 近くにあった和箪笥わだんすのガラス扉の中から、ラップがかけられたお皿が出てきた。拳大ぐらいのぼた餅が二つ皿にのっている。ぼた餅の粒餡はひとつひとつの豆が大きく、表面に艶が出ていて、口にいれなくても美味しいものってわかるよ。


「うわぁー美味しそう!いっただきまーす!」

「あいあい。たんとおあがり」


 一口噛むと荒く潰された餅米と大粒の餡が絡まって歯応えがいい。

 ほどよく甘くて、餅米のあまさも引き立っていて後味も最っ高。

 さすが、タヌキも手に入りにくい高級品っていうのも納得できる美味しさじゃん。


「んぉいしぃー!おばあちゃん天才!?」

「ハッハッハ!気持ちいい食べ方だねぇ。そんだけ豪快に食べてくれたらオババも嬉しぃよ」

「うん。美味しい。くどくない甘さであずき一つ一つが粒だって歯触りがいいです。

 口にいれた後の香るほんの少しの塩味がアクセントで、より自然な甘さを引き立てている。やはり、洗川さんの餡は芸術品ですね」


 うわ。ちゃんと食レポ出来ている。


「店長、今日は調子いいんだね」

「僕はいつも調子がいい。不思議な事を言わないでくれ」


 誰だ、最近調子悪くて激マズスィーツ作ったのは!?

 なに?ポジティブシンキングなの?


「老いぼれを褒めたってなぁーんも出やせんよ。で、今日は園美さんのお使いかい?」

「半分当たりで半分違うよ。おばあちゃんに餡の作り方を教えてほしいんだ」

「おんや。そりゃビックリ。だけんど、オババの作り方はちっと変わっているで、教えられんよ?」

「今度のさえずり祭に出店する為、一般的な作り方を実際に販売していらっしゃる方に教わりたいんです。特殊な技法はなしで教えていただけませんか?」

「一般的ねぇ……。んー」


 やっぱ難しいのかなぁ。でも、せっかく作るんだったら美味しいあんこを作りたいよね。


「おばあちゃんお願いっ!売り物作るの初めてだから、ちゃんと出来るか不安なの」

「娘さんは」

「凛でいいよ!」

「凛ちゃんはあんこ作れるのかい?」

「お鍋に水とあずきを入れて一煮立ちしたらお砂糖入れて水がなくなるまで煮込んで出来上がりでしょ?」

「そうそう。よーわかっとる。オババの作り方は教えられんけんど、凛ちゃんが作っているのを注意する事は出来るよぉ?」

「あたしはそれでも良いけどぉ……」


 横目で店長を見た。

 職人直々に教えてもらえば、もっと丁寧で家庭の味からレベルアップ出来るはず。でも、店長はそれでいいのかな?お店の存続もかかっているし、中途半端な味は許さないんじゃ?

 店長は目を閉じて腕を組んでいる。

 んーダメっぽい?


「注意していただけるだけでもありがたいです。よろしくお願いいたします」

「うんうん。オババにまかせんしゃい」

「やったー!おばあちゃんよろしくね!」

「不審者。必ずものにしないと、借金上乗せするからな」


 こ、こいつぅぅぅっ!

 すぅーぐ上乗せしたがるじゃん!

 しかも、作るのあたしなんですけどぉぉぉ!?

 よっし、めちゃくちゃ良いあんこ作って驚かせてやるわよ!


「やるぞぉぉぉ!」

「アッハッハ。若い子は元気でええねぇ」


 あたしの気合いが入った所で、短いあんこ修行が始まった。

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