第4話


「なんでここにいるのかとか、ここが何処かなんて今はどうだっていいじゃないか。今はお互いの目的のために協力しようって俺は言ってるんだ」


「目的?」

 ひりひりする自分のほっぺたをさすりながら、僕は恨めし気な顔で奴を見る。


「俺だって、こんな砂漠のど真ん中に放り出されてわけもわからず不安なんだよ」


 不安。こいつの荒々しい言動とミスマッチなワードだ。


「だから俺は自分が何者なのか知りたいんだ。お前の目的は?」

「僕の目的?」


 いきなりの問いかけに困惑したところで、僕は一つの不安要素に気付いた。

 冷静になって考えてみると、ここが本当に地球から遠く離れた場所なら僕はどうやって地球に帰ればいいんだろうという疑問だ。

 ひとつ思いつくと僕の中に生まれた不安がだんだんと膨らんでくる。星座の並びは観測地点によって異なるだろう。もしかしてここから見える星空がめちゃくちゃなのは地球から相当に遠い場所だからかもしれない。月どころか太陽が見えないほどに遠い惑星だったら、地球の最先端ロケットを使っても帰ってこれない可能性だってある。


 もう地球には、僕の家には、あの屋根裏部屋には帰れない。そう思うと僕は段々と悲しくなって、今度は自分でほっぺたをつねった。

 自分でつねっても変わらずひりひりと痛むほっぺ。やっぱりここは夢じゃないのか。


「僕は・・・家に帰りたいよ。地球に帰ってお母さんとお父さんに会いたい」

 たった今、僕も此奴と同じように不安になったので素直に答えた。もう十一歳になったのに随分と情けないセリフだと思ったが、意外なことに奴は笑わずにうんうんと頷いた。


「へぇ、お前は地球から来たのか」

「そうだよ、宇宙の惑星と地球がどれくらい離れているか知ってる?」

「いや、知らないな。地球って星も初めて聞いた。それに、さっきお前が行った『すいせい』とか『ていおうせい』だって知らない」

「てんのうせいだよ」


 どうやら本当にこの星は地球とは遠く離れた場所にあるようだ。僕が異星人だったら近くに地球みたいな青くて不思議な見た目をして生き物がたくさんいる惑星を見つけたら絶対に気にすると思う。それなのに地球を知らないというのは僕達地球人が観測できないほどに遠い場所だという証拠だ。


「ここが僕のいた地球から離れているのは何となくわかったよ。でも僕の家から一瞬でここにワープできたんだ、同じように帰る方法だってあるかもしれない」

「よしよし、段々明るい顔になってきたじゃねぇか」

 奴はけらけら笑った。

「さっきから怯えたり怒ったり不安そうにしたり、頼りなかったけど考えている時のお前は少しだけ頼もしいな」

「なっ、何だよ急に」

 唐突に褒められて戸惑ってしまうが、悪い気はしない。こいつ、口は悪いけど悪人というわけではなさそうだし、協力しようって言ってくれてるんだ。この星のことも多少は知っているようだから、仲良くなるのもいいかもしれないな。


 僕は考えを少し改めて右手を差し出す。

「僕は大住叶斗。よろしく」

 異星人でも握手の方法は同じだったようで、奴は「よろしく、叶斗」と返事をして僕の手を握った。あ、今は僕の方が異星人か。


「それで、君の名前は?」

「ないよそんなもの」

「覚えていないじゃなくて?」

「あぁ、俺に名前なんてないね」

 名前が無いだなんて、そんなことあるのかな。僕の父さんは家で飼ってる6匹のグッピーにすら名前をつけているのに。見分けはあまりついていないようだったけど。

「でも呼ぶときに不便だ」

「じゃあ叶斗がつけてくれよ」

「そんなこと急に言われたって・・・」


 生まれてこの方、生き物に名前を付けたことなんてない。丹精込めてつくったプラネタリウム投影機だって『プラネタリウム一号』といういたってシンプルな名前だ。その相手が自分そっくりの人間だなんて荷が重いな。


「悩まなくていいだろ、テキトーでいいよ」

 僕とそっくりだし、叶斗と似ている名前がいいかな。でも僕と違って銀髪で青い瞳だからなんとなく日本人の名前が似合わない気がする。どうしよう、外国人どころか異星人につける名前なんてもっと思いつかない。


「いつまで悩んでるんだよ」

「えーっと、ちょ、ちょっと待ってよ。そっくり、分身、うりふたつ」


 僕は思いつく単語を上げていく。

「・・・双子」

「ふたご?」


「・・・・・・ポルックス、なんてどうかな」


 僕にとっては少しだけ親しみやすい単語だ。だけど他の人にはどう思われるかなんてわからない、気取っていると思われたら恥ずかしいな。僕は目の前の僕の反応を待たずに早口で続けた。

「え、えっと。ポルックスというのは双子座の凄く明るい星で、隣に寄り添うもう一つのカストルっていう星もあるんだけど、ギリシャ神話ではその星は双子だって言われているんだ。兄のカストルは人間なんだけど弟のポルックスは神の子で、それで二人は凄く仲が良くて・・・」


「へぇ、いいじゃん」

 満足げな感想が僕のグダグダになった説明を遮った。


「あ、そ、そう? あっ、でもポルックスって金色っぽいから銀髪の君は銀星と呼ばれるカストルの方が・・・」

「いや、兄の方は人間なんだろ? だったら俺はポルックスの方がいい」


 どうやら気に入ってくれたみたいだ。双子みたいにそっくりの彼に双子座の星の名前なんて僕にしては格好つけたネーミングだ。けど、彼の銀河みたいに綺麗な銀髪や、海王星に負けないくらい美しい瞳の色は宇宙を思い浮かべてしまうほどに神秘的なので、星に関する名前でも名前負けしない気がする。


「つまり叶斗は俺のカストルってわけだな」

「僕はただの叶斗だよ」

 対照的に、非凡さのかけらもない僕にカタカナで洒落た名前なんて似合わない。

「なんだ、つまらん」

「つまるつまらないで人の名前を変えないでくれよ」

 ポルックスは「それもそうだな」と言って、自分の真後ろに立つ鏡の方に向き直る。


「ポルックス」

 僕に背中を見せた彼に向って、自分でつけた名前を口にする。すると、少しだけ胸のあたりが熱くなった。でも、口から出たその響きはなんだか心地よくて、彼のキャラクターとポルックスという軽快な響きがぴたりと一致したように思えた。

「何をしているの?」


 彼はというと、自分が出てきた鏡をじっと見つめている。今度はポルックスの双子の分身が現れてしまったらどうしよう、と思ったけどそんなことはないみたいだ。鏡に映っているのは僕が見ている彼と同じ姿だ。


「俺はこの鏡から出てきたみたいだからさ、何かないかなと思ったんだが・・・ただの姿鏡にしか見えないな」

 僕も最初に掘り起こした時にじっくりと見たけど、この姿鏡は何の変哲もない大き目の鏡だ。


「でもほら、流れ星の彫刻についた青い石がポルックスの目の色と似ているよ」

「だからなんだよ」

 励まそうとした僕の言葉はぽいと捨てられてしまった。

「この鏡に用はないし、このままここに捨てておこう」

「いいの?」

「持ち歩くには重過ぎるだろ」

 確かに、僕らがこれから何処に向かうのかは知らないけど大きな鏡を背負って行くのは無謀に思える。しかし、自分が出てきた不思議な鏡をそう簡単に捨ててしまえるなんてポルックスは相当シンプルでさっぱりした奴なのかも。


「そうだね、置いていこう」

 僕は念のためもう一度鏡に自分の姿を映し、薄目を開けてみた。

 うっすらとした視界に栗毛色のふわふわした髪の少年が変な顔でこっちを見ているところが映る。

「なにやってるんだ、さっさと行こうぜ」

 そんなことをしているうちにポルックスは既に歩き出していた。

「待ってよ、どこに行くつもりなの」


 このままはぐれるのは心細い。僕は駆け足で彼の後を追う。僕と同じ裸足にTシャツ短パンの恰好なのに僕をおいてすたすたと砂の上を歩いていってしまうあたり、彼はこの星の住人ということなのだろう。

「そんなの知るかよ、ここが何処かもわからないのに」

「むやみやたらに歩き回るのは危険だよ。迷子になるかも」

「迷子っていっても、鏡のあった場所に戻ったって迷子は迷子だろ。結局俺達はこの場所のことをなんにも知らないんだからよ。とにかくテキトーに真っすぐ進もうぜ」


 それもそうだ、と納得しかけたが慣れていない人間の「適当にまっすぐ」は難しいという事を僕は知っていた。素人が長い距離を歩いた時、真っすぐ進んでいるつもりがゆっくりとカーブして変な方向に向かってしまう事が殆どらしい。


 僕はとりあえずデタラメな星空の中から明るい星の並びを見つけて目印にしながらポルックスについていった。


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