第16話 その天使は全裸だった
覚醒の間。
あの日手に入れた不思議な錠前によって転移できるこの空間は、現実と時間の流れがリンクしている。
この空間で1時間過ごせば現実でも1時間が経過している。それは身に着けていた腕時計の示す時間から明白だ。
「へ、へへっ、さすがにこの空間に攻めてくることはできねえだろ。この勝負、俺の勝ち――」
にゅるっ。
「――うわああぁぁぁぁっ!?」
情けない効果音が似合う感じで、何も無いところから天使が生えてきた。虚空から生首が降ってきたみたいな感じで気持ち悪い!
『
「ん? あ、あれ? 襲って、来ないのか?」
『続けて保留要求『全権移譲』にシークエンスを移行。オブジェクト「灰咲一真」の権限確認、了承。該当オブジェクトを当機のマスターとして登録。再起動します』
少女は宣言すると、寝落ちするかのように首から上をかくんとまげて、脱力状態に陥った。次いで彼女の頭上にあった光の輪が霧散する。
糸切れた人形。
傍目に見て、それ以上に的確な言葉は存在しなかった。どくんどくんと、心臓が脈を打つ。
端的に言って、そこに生の面影はなかった。
彼女は再起動すると言っていたけど、もしかしてこのまま目覚めないんじゃないだろうか。そんな予感が胸中に積もる。
『再起動! うー、私復活!』
「は?」
『あ、おはようマスター。ご機嫌いかがかな?』
もう、わけわからん……!
*
要するに、こういう話らしい。
『過去にも一度、地球はファンタジー世界に侵食されかけたことがある。その際、相手の技術を使って生み出されたのがお前たち天使』
『うんうん』
『ファンタジー世界の侵食を食い止めた後は地底深くで眠りにつき、本来は二度と目覚めるはずはなかった』
『そうだね』
『今回目覚めることになったのは、再び地球がファンタジー世界に侵食されているからである』
少女はこくりと頷いた。
なるほど、話の大筋は理解した。
理解したけど、受け入れられるかどうかは別の話だ。
『ほら、多分だけど、この塔にも魔物がいたんじゃないかな?』
『あー、いたな。ゴブリンとか、大蛇とか、クリスタルで覆われたサソリとか、その他もろもろ』
『実はこの塔をはじめとする「ダンジョン」には、異世界から侵略に来た魔物を強制召喚する仕掛けがあってね』
少女は手をかざすと、何もない空間に映像を投射して図解を始めた。あの塔にいた魔物たちは塔を守っていたのではなく、地球上のどこかに現れた後に引き寄せられたのだと言う。
あの時塔の外に出ようとしていたゴブリンがいたが、仮に塔の外に出ても再び呼び戻されるらしい。
『一種の防衛システムになってるのか』
『そういうこと』
少女はすいっと手を動かすと、提示されていた図式は映像からクリアされた。
そういえば、この投影法式、見覚えがあるぞ。
『この錠前はなんだ?』
『コード:
『待て待て、コード云々ってことは、これと同じような鍵がいくつも存在してるってことか?』
『答えはイエスであり、ノーでもあるね』
目的が違うんだよ。
少女は微笑みながら、今度は別の図式を映し出した。
『本来人類は魔物と戦うには脆弱すぎるんだよ。異世界では対抗するために「スキル」があるんだけど、これだって地球人が扱うには過ぎた力なんだ』
それはわかる。
例えばゾーン。
あれは基本スキルを取り終えてから獲得したスキルだけど、あれをもしレベル1の状態で習得して、あまつさえ行使しようとしていたらどうなっていただろう。
本来、一流のスポーツ選手や棋士なんかが万全の状態でようやくたどり着ける境地だ。
無理やり踏み入れば、脳の回路が焼き切れたって不思議じゃない。
『そうか。負荷に耐えられる体に作り替える仕組みがレベルとステータス』
『そういうこと』
『待ってくれ。じゃあ、この錠前でレベリングするのって相当危険なんじゃ……』
本来徐々に体を慣らしていくのがレベルシステムなんだとしたら、一気に20も30も引き上げるのは相当体に負担がかかっているんじゃ?
『うん。当時も危惧されていたよ。だけど、ファンタジー世界の侵食は想像以上の速度で、人類は新たなステージへの適応を余儀なくされた。その初期段階で試験的に作られた代物が、コード:
当時はダンジョンなんて防衛施設は無く、ステータスやスキルの仕組みを解析するだけでも時間がかかった。後手に回った分、取り返す必要があったのだと少女は言う。
『被験体には3人が選ばれた。適合者は一人だけ。残り二人は、覚醒の間から戻ってこなかった。多分、レベルアップに、耐えきれなかったんだってさ』
『だってさ?』
『ああ、時系列がごっちゃになるよね』
新たに空中に図式が追加される。
まず、ステータスとスキルが解析された。
次にコード:
この時点では彼女らはまだ生まれてすらいなかったらしい。
『それから生み出されたのがコード:
こんな風にね。
そういって少女は一つの錠前をこちらに渡した。
――――――――――――――――――――
コード:セラフィム
――――――――――――――――――――
・【回復癒術】のLvを1上昇
・【攻撃癒術】のLvを1上昇
――――――――――――――――――――
使用可能時間:1分
再使用可能時間:1時間
――――――――――――――――――――
察するに、1時間に1分だけ癒術が使えるようになるトリガーってところか。
『反撃の足掛かりを確立した人類は防衛施設である「ダンジョン」を建造し、その管理者として私たち天使が作られた』
ここにきてようやく天使が出てきた。
『そして、眠りについた。長きにわたる戦争に、幕を引いて、ね。他に質問はあるかな?』
『なるほどな。だいたいわかった。だが一つだけ、肝心なことを忘れている』
『ん? なんのこと?』
本気で何のことかわからない、とでも言いたげな彼女に対し、俺は頭を抱えた。
本質を理解していないのか、問題を問題だと捕えられていないのか。あるいは、俺の口から発せられるのを待っているのか。
『服着ろ』
『はみゃ? あああぁぁぁぁぁっ!?』
彼女はずーっと全裸のままだった。
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