第29話 姫って言ったじゃないか
「姫……姫とは……」
草原の上でヒラヒラ舞う……いや、バッサバッサと飛んでいる姫子蝶を見ながら、カエルムが魂の抜けたような表情で、何かを呟いている。
遠目にみれば、陽の光を反射して草原の上を舞う姫子蝶は、白く輝きとても美しく幻想的だ。
しかし、近くまで来ればやはり大きい。とても大きい昆虫である。
どんなに美しくても、巨大な昆虫である。おわかりいただけるだろうか、馬や牛ほどのサイズの蝶々がどのようなものか。
正直、美しいとか言ってられないくらい、虫である。虫が苦手じゃなくても、普通の人ならこのサイズの虫はキツイ。
いいとこのお坊ちゃんなら、なおさらだろう。
「大丈夫?」
完全に目が死んでいるカエルムに、そっと声を掛けた。
「ああ……、大丈夫……だ。ちょっと驚いただけだ。姫子蝶は図鑑で見た事があるだけだったから……"姫"というイメージとあまりにかけ離れ過ぎてて、いや確かに遠目には美しいのだが……でっかい姫だな」
最後の一言に全てが集約されてる感がある。
「あー、小さい蝶々想像してた?」
「小さいというか、魔物だからある程度の大きさは想像していたが、ここまで大きなものだとは思わなかった」
「まぁ、この大きさだから繭は一つ見つければ、十分な稼ぎになるわ」
「そ、そうだな」
カエルムの表情が、引き攣った苦笑いになっている。
そしてその数分後、死んだ魚のような目をしたカエルムを、再び見る事になる。
「そんな気はしてた」
目の前には、もしゃもしゃと草を食べている、姫子蝶の幼虫。その大きさは、子牛サイズである。
無駄に美味しそうに草を食むその姿は、何となく愛嬌も感じられるが、やはり芋虫である。
そんな巨大芋虫を見つめるカエルムの目は死んでいる。
「繭が目的だから、幼虫は無視でいいわ。草食でおとなしいから、近づいて触っても大丈夫よ。それに食料にもなるから、欲しいなら狩ってもいいのよ」
「いや、触らないし食べないから」
しっとりとして、わりと良い手触りなのに。
「じゃあ、繭を探しに行きましょうか。成虫も幼虫もいるから、きっとすぐ見つかるわ」
「ああ……、わかった」
げっそりした顔のカエルムと一緒に、草原を進んだ。
姫子蝶の蛹は草原に点在している樹木の周辺や、低木の集まったブッシュの中で繭を生成するので、そういった場所を探せばすぐ見つかる。
もちろん、そういう場所には蛹になる為に、幼虫が集まってるわけだが。
「ふはははは……っ! さすがにもう見慣れたぞ!」
何故か悪役のような笑い声をあげながら、草原にポツンと生えている大きな広葉樹の根本で、今まさに繭を形成しようとやって来た姫子蝶の幼虫に、手にした剣の切っ先を向けて謎の威嚇をしている。
ここに来るまでに何匹もの姫子蝶の幼虫を見る事になって、最初のうちはげっそりしていたカエルムだが、何匹も見ているうちに開き直ったのか、テンションがおかしなことになっている。
「木の上にある繭なら、土汚れが付いてなくて綺麗なのが多いわ」
「わかった、じゃあ俺が木に登って探してくるよ」
「ええ? ちょっとまっ……」
私が声を掛ける間もなく、可笑しなテンションで妙に張り切っているカエルムが木に登ろうと、木に手をかけて登り始めた。
「うわあああああああああああああ!!!」
あー……遅かった。
木の上からカエルムの悲鳴が聞こえた後、ドスンと音を立ててカエルムが落ちて来た。
地面にはびっちりと下草が生えてクッション状態になっているので、大事にはなってなさそうで何より。
「大丈夫?」
「……ああ、大したことない」
さっきまでのハイテンションから一転して、再びげっそりとした表情になったカエルムが、腰をさすりながら立ち上がった。
草原には大きな木は点在する程度にしか生えていない。そして、姫子蝶の幼虫は、その大きな木の周辺で蛹になる。
つまり、大きな木の周りには、姫子蝶の幼虫が集まって来るのだ。
「いっぱいいた?」
「ああ…人間の女性くらいのサイズのが数匹、繭になろうとしてた」
「そう、じゃあもうしばらく待ってたら繭が完成するわね。それまでお昼ご飯で食べながら、待ってましょうか?」
始めてカエルムと一緒に冒険者ギルドの仕事をするということで、張り切ってお弁当を作って来たのだ。
姫子蝶の幼虫が繭を完成させるまで、数時間かかるのでご飯を食べながらゆっくり待っていればいい。
ちょっとしたピクニック気分だ。
「ここで食べるのか?」
「木の陰だし、ちょうどいいじゃない?」
「ああ、そう……ヒッ!?」
カエルムの立っているすぐ横を、姫子蝶の幼虫がもぞもぞと木に登って行った。先ほどカエルムが剣を向けていた幼虫だ。
「リアはこいつら平気なのか?」
「好きとは言い難いけど、特に害はないから平気な方かしら? ずっと見てると、なんか可愛い気もしてくるし? ローパー系より全然可愛いし?」
「確かに、前に魔の森で見たローパーよりはマシだな。しかし、"可愛い"はちょっとわからないな?……いやローパーよりマシだと思えはなんか平気な気がしてきた……ぐおっ!?」
木を登って行った姫子蝶の幼虫が、木登りに失敗したのが途中でポロリと剥がれて、カエルムの上に落ちて来た。
「やっぱり可愛くない」
巨大な芋虫の下敷きになりながら、死んだ魚の目ような表情のカエルムが唸った。
この後、お弁当と食べながら、姫子蝶の幼虫が繭を完成させるのを待って、繭を回収した。
その作業が終わる頃には夕方が近くなり、陽の光は黄色味を増しつつあった。
その黄色い陽の光の中、真っ白い羽をキラキラ光らせて羽ばたく姫子蝶は、とても幻想的で美しかった。
「遠目に見るなら美しいな」
「そうね」
しばしの間、その幻想的な光景をカエルムと眺めていた。
こうして、私とカエルムの始めて一緒に受けた、冒険者ギルドの仕事は無事?に終了した。
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