第27話 Dランク冒険者

「なかなか楽しい取引だったよ」

「いえいえ、こちらこそ」

 目の前でイケメン同士が、ガッチリと握手をしている。全くもって、眼福である。


「では、詳しい日程は、次回の取引の時に伝えるよ」

「はい」


 結局、騎士団に納品している中級のポーションのレシピを、買ってもらう事になった。それもすごい金額で。

 しかし、カエルム曰く「レシピだけでは、リアのポーションは再現できない」らしく、後日パイオン辺境伯領の領都ダリまで行って、辺境伯お抱えの薬師の前で、ポーション作りの講習会をすることになった。


「リアの調合は、魔力操作が独特だから、実際に見ないと同じようには作れないよ。実際に見たところで、同じだけの効果の物が作れるとは言えないけど」

 カエルムはそう言っているけど、カエルムの作った中級ポーション、私の作った物とほとんど変わりないわよね?

 怪訝な顔で首を捻っていると、ニッコリと笑われた。イケメンスマイルずるいわ……。


 そんなわけで、サラッと領都ダリ行きが決まったわけなのだが、これが大問題だ。

 このダリ行き、カエルムが助手として同行するのだ。

 ダリまでは乗合馬車で約二日かかるので、道中で一泊することになる。そしてダリに到着して、ポーションの講習会に丸一日見て、ダリで二泊。帰りの道中でさらに一泊という工程になる。


 つまり往復で五日間の旅である。その間ずっとカエルムと一緒なのだ。


 五日間、イケメンと旅をするなんて……前世からの喪女には、ハードルが高すぎる。

 カエルムを拾って一ヵ月ほど一緒に暮らしていたけど、それとこれとは気持ちの持ちようが違う。

 何が違うって? とにかく、カエルムと二人旅と思うと……ァ……無理、ちょっと心臓が……!


 ナベリウスにお願いして、近くまで送ってもらおうかしら。それはそれで、ナベリウスの背中に二人乗りすると、密着状態になりそうね……それならまだ乗合馬車の方が、心臓に優しいきがするわ。




 デレクを別れた後は、町を回って買い出しだ。今日は午前中で依頼を終わらせたとかで、カエルムが買い物に付き合ってくれている。

 なんかちょっとデートっぽいわね。買っている物は食品とか日用品が中心で、あまり色気のある物じゃないけど。

 それでも、他愛のない会話を交わしながら二人で過ごす時間は、穏やかで楽しかった。



 町での用事も終わる頃には、西に傾いた陽の光が橙色になりつつあった。

 相変わらず、カエルムと別れる時はなんだか寂しい気持ちになる。

 長年一人で魔の森に住んでいたから、一人には慣れているはずなのに、カエルムと会った日は別れた後が妙に寂しく感じるのだ。

 それだけ彼といる時間が楽しいということだ。


 今日もまた、名残惜しい気持ちを感じながら、カエルムに町の出口まで送ってもらった。






「リア。話したいことがある」


 魔の森側の町の門の前に差し掛かった時、カエルムが足を止めた。

 見れば、真剣な表情だが、美しい金色の瞳が戸惑うように揺れている。


 何か大事な話かしら? 話す事を戸惑うような事?

 まさか、元の国に帰るって話? でも、ダリに一緒に行くって今日話したばっかりだし……。

 国に帰らないにしても、サリューから離れるという話だったら。


 急に不安になる。

「どうしたの?」

 その不安が声に出ないように問った。


「実は俺、昨日Dランクになったんだ」

「ふぇ? D? Dランク……」

 カエルムの口から出た言葉は、私が考えてた事とは全く別の話だった。

「そう、昨日試験に合格した」

「Dランク! もうDまでいったの!? 冒険者になってまだ二ヵ月経ってないわよね? すごいわ! おめでとう!」


 冒険者のランクはDランクからが本番だ。それまでのランクは、謂わば研修期間みたいなものだ。

 駆け出しの初心者が、冒険者という職業の仕組みを知って、冒険者ギルドに慣れる為の期間だ。もしくは、生活力の低い者を救済する為のランクだ。

 Dランクになるということは、冒険者として初心者期間を抜け出したという事だ。

 つまり、これからは危険な依頼も増えてくるということになる。そして、そういった依頼は依頼料も高いので、収入も跳ね上がって生活に余裕が出て来るランクがDだ。


 カエルムは武術も魔法も元々ある程度の心得があったとはいえ、ギルドに登録して僅か一ヵ月でDランクになったのは、驚くべき速さだ。

 ランクが上がれば危険も増えるので、冒険者ギルドの昇級試験の難易度は高い。

 試験があまければ、それは冒険者の命に係わることなので、真っ当なギルドなら実力に見合わないランクを、冒険者に与える事は無い。

 その点では、サリューのギルド長は人命を優先し、厳しい判断を下す人なので、カエルムがDランクに昇級したのは、間違いなくカエルムの実力がDランクとして足りているという事だ。


 年齢にもよるが、全くの初心者だと登録してからDランクまでは三ヵ月から半年、長いと一年かかる人もいる。

 ちなみに、Dランク以上は年齢制限があり、十二歳にならないとDランクにはなれない。それ以下の年齢の子供には、町の近辺の安全な仕事しか、受けさせない為だ。

 私も、十歳で冒険者ギルドに登録したが、年齢の関係で十二歳の誕生日まではEランクだった。

 まぁ、私は森に捨てられてたので、正確な年齢と誕生日はわからないんだけどね。とりあえずで、オウルと出会った日を、便宜上の誕生日にしている。



「ありがとう。かなり駆け足でランク上げたから、経験不足を心配されてるけど、身の程に合わない依頼は、ギルドが受けさせてくれないからね。難易度低めの依頼から、慣らしていけばいいだろうって」

「そう、よかったわね」

「ああ、これで魔の森の依頼も受けれるようになったし、依頼の合間にリアの家に寄る事もできる」

「ふふ、そうね。家にいる時なら、お昼ご飯でもおやつでもご馳走するわ」

「それは、嬉しいな」

 何でもない日に、フラリとカエルムが来てくれるかと思うと、嬉しくてにやけそうになった。

 そんなの、ずっと家にいて待ってる事になりそうだわ……。ダメダメ、ポーションの材料も集めに行かないと行けないからね?


「それで、以前にDランクになったら、聞いて欲しいお願いがあるって言ったの覚えてる?」

「ええ、覚えてるわ」

 そうそう、そのお願いが何なのかすごく気になってたのよね。


「約束通り、何でも聞くわ!」

 私はナベリウスじゃないからね! 代償も取らないし!

「リア……何でも聞くなんて軽々しく言ったらだめだ。特に男には」

「え?」

 カエルムが呆れたように言うが、その表情はちょっと険しい。

 あれ? 私何か変な事言ったかしら?


「まあいい、いやよくないな。なんでも言う事聞くとか、何でもするとかは言ったらダメだ、いいね?」

 ものすごく、怖い顔で念を押されて、その迫力にコクコクと頷くと、ものすごくいい笑顔でにっこりされた。イケメンスマイルプライスレス。


「それで、お願いと言うのは何かしら?」

「時々でいいから、俺と一緒に冒険者ギルドの依頼に行って欲しいんだ」

「え? そんなこと? いいわよ」

 思ったより簡単なお願いだった。


 私も冒険者ギルドに登録しているので、ランク保持の為時々依頼をやらないといけない。

 ポーションを納品しているので、ほとんど免除されるのだけど、時々依頼を受けないと戦闘面での査定がマイナスになってしまい、ランクが下がってしまうのだ。


「Dランクからは、他人とパーティを組んでやる依頼もあるだろ? それをリアとやりたいんだ。ポーション作りの事もあるから、忙しいと思うけど、お願いしたい」

「ううん、私も時々ギルドの依頼やらないといけないから、カエルムと一緒ならその方が助かるわ」

「リアが良ければだけど、慣れたら少し遠方に行く依頼とか受けたいんだ。リアは、魔の森とサリューから離れた事がないって、言ってただろ? だから、その、リアの知らない場所に一緒に行ってみないかなって。俺もサンパニア帝国の事はあまり詳しくないけど、一緒にちょっと遠くまで行ってみないか? 以前約束した、海のある町にも行きたい」

「海……」

 以前の約束を、カエルムが覚えていてくれたのが嬉しい。


「行く! 海にも行きたいし、カエルムとなら知らない町にも行ってみたいわ!」

「遠くの町だと泊りがけになりそうだけど……えっと、変な事は考えてないからその……」


 カエルムと二人で泊りがけ……。


 二人でお泊り。


 想像して顔が熱くなる。


「こ、これはギルドの依頼を一緒にやろうって話で……そんな下心とかそういうのじゃなくて……あ"ぁ"ーー……」


 私が一人で恥ずかしくなって黙っていたので、私が嫌がっているのではないかとカエルムが誤解してしまったのか、慌てた様子で弁明している。

 恥ずかしがってないで、ちゃんと返事しないとダメだわ。

 

「行く! カエルムとならどこだっていくよ!」


 意を決して返事をしたら、カエルムが目を見開いた。


「はー……、だからリアは、そう言うことは、絶対に他で言ったらダメだからな」


 右手で顔を覆って俯くカエルムは、耳まで真っ赤だった。

 きっと、それは夕方の赤い陽の光のせいだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る