転生して魔女になりました、森で拾ったワケアリ令息がイケメン過ぎて困ってます

えりまし圭多

第1話 転生して魔女と呼ばれるようになった私の話

 私は、魔の森に暮らす魔女だ。名前はリアと言う。


 魔女と言っても、近くの町の人達がそう言ってるだけで、ちょっと魔法が使えて、料理をしたり薬を作ったりするのが好きなだけの、ただの人間だ。


 五歳くらいの頃に、魔の森に置き去りにされ、森の中を彷徨って力尽きて死にかけたところを、偶然にも森に棲む魔女オウルに助けられ育てられた。


 魔女オウルに保護されて、魔物が多く棲む魔の森で生きる術の他に、魔法と薬調合を教わり、なんとか自活できるくらいなった頃に、オウルはふらりとどこかに旅立ってしまい、私はオウルが残した家に一人で暮らす事になった。それが十歳の頃である。それ以来、森の中で一人ひっそりと暮らしている。


 時々、森の近くの町で薬を売って小銭を得て、そのお金で日用品を買う程度には森から出ることはあるが、基本的に森の中に引きこもって生活している。


 そうやって時々町に出て薬を売って買い物しているうちに、町に顔馴染みの人も増えて、私がまだ子供だったこともあり、あれやこれやと色々と親切にしてもらえた。

 魔の森に一人で住んでいると知られた時は、それもう大変心配されたけど、魔法が使えるのでなんとかなってると説明したら、それ以来"小さな魔女さん"と呼ばれるようになった。


 こうして私は近くの町と交流を持ちながら、ひっそりで魔の森の中で暮らして、今は十五歳になる。




 そんな私には、ここではない世界で生きていた頃の記憶がある。




 いわゆる、前世の記憶ってやつだ。

 思い出したのは、五歳の頃にこの魔の森に置き去りにされた時だった。



 置き去りにされるまでは、すごく大きなお屋敷に住んでいる"お嬢様"だったのがなんとなく記憶に残っている。お父様とお兄様がいて、どちらも優しい人だったのを覚えているが、お母様は私が小さい頃に亡くなったらしく全く記憶ない。

 記憶にギリギリ残っているくらいの頃に、新しいお義母様とその娘がやって来た。お義母様とも、その連れ子の義妹とも、それなりに仲良くやっていた気がする。


 ある日、でっかい森の見える別荘地に家族で旅行に来ていた。そこで義母と義妹と一緒に森にピクニックに出かけた。その時、父と兄は一緒ではなかったのを覚えている。

 ピクニックの最中、いつの間にか義母と義妹がいなくなって、私は義母が連れていた男の人に抱えられ、森の中をどこかに連れて行かれた。そして、周りは木しか見えず、薄暗い場所で降ろされ、そこで待っているように言われ、その男の人はどこかへ行ってしまった。


 言われた通りにその場で待っていたが、いくら待っても誰も迎えに来なくて、そのうちに辺りは真っ暗になってしまい、雨も降り始めた。

 暗くて怖くて、雨は冷たくて寒くて、雨に濡れた服はとても重かったのを覚えている。


 せめて雨に濡れない場所を、少しでも暖かい場所を求めて、私は待つように言われた場所から移動することにした。

 しかし、雨でぬかるんだ泥道は、小さな子供が歩くには厳しく、何度も転んで泥にまみれ、傷だらけになった。真っ暗な中、得体の知れない生き物の鳴き声も聞こえてきて、怖くて怖くて仕方なかった。

 何度転んだかわからないくらいに転んで、私はついに起き上がる気力すらなくなって、地面に倒れたままとても眠くなってしまった。


 このまま眠ってしまいたい。


 瞼が重くなる感覚と同時に、なぜか以前にも同じような事があった気がして、このまま眠ってはダメだという気持ちになった。

 はやく起き上がって、濡れない場所まで移動しなければという、焦燥感に駆られるが、体が重くて動かない。


 あー……、私また死んじゃうのかなぁー……。


 死んじゃう? 死んじゃうってなんだろう?

 また? またって何?


 眠くて眠くてしかたなくて、朦朧とした意識の中、降っていた雨が止んだ気がした。そして、霞んだ視界に何か大きくて黒い物体が、目の前にドスンと落ちて来たのがわかった。

 よく見ると、それは大きな鳥の足だった。見上げれば真っ黒な大きな鳥が、赤い目でこちらを見下ろしていた。


 でっかい"カラス"だなぁ。


 その時の私は"カラス"という鳥を知らないはずなのに、なぜかその鳥をでっかい"カラス"だと思った。

 そして、寒くて寒くて仕方なかった私は、そのカラスの羽毛に埋まってそのまま眠ってしまえたらどんなに気持ちいいだろうと思い、目の前の巨大な鳥に手を伸ばした。


「カラスさん、もふもふさせて~……」


 それが限界だった。

「さぁ願いを言え、我と取引をしよう……って、おい、誰がカラスだ! そんなくだらない願い事なんて認めないぞ! 人間ならもっと人間らしい欲にまみれた願いをしろ! お前はこの魔の森に捨てられたんだぞ! お前を捨てた奴に復讐したいとかあるだろ! おい寝るな! 起きろ!」

 男の人が何か叫んでる声がして、やっと迎えが来たのだと思った。そして、そのまま私は意識を手放した。








 その後、私は夢を見た。


 夢と言っても、普通の夢と少し違う。

 私が私として生まれる前に、ここではない世界で生きていた頃の記憶。それが意識を失った私の中に、夢として流れ込んで来た。


 高度に発達した文明の上に成り立つ、魔法の無い世界。魔法は存在しないけど、何も知らなければ魔法のようにも見えなくない、科学が発達した世界。

 人で溢れかえったその世界の、"ニホン"という島国の首都"トウキョウ"という都市に私は住んでいた。


 その世界の私は、三十歳を過ぎても結婚をしないどころか恋人もおらず、日々仕事に追われ、睡眠を削って生きていた。生活するのに必死だった記憶ばかりが残っている。

 人付き合いが苦手なわけではなかったけど、仕事に追われすぎてるうちに、友人達とは疎遠になり、休日は惰眠を貪るか読書やゲームをするなどして一人で過ごす事が多かった。


 決して健康的とは言えない生活で、無理が祟ったのか、仕事を終え夜遅く帰宅する途中に倒れ、その後の記憶がない。

 雨が降り注ぐ中、人通りの少ない路上に倒れ、激しい睡魔に襲われて朦朧とする意識の下で、社畜なんてやめて、どこか自然がいっぱいの場所でのんびり暮らしたいな、なんて考えていたとこで記憶が途切れている。





 目が覚めると、私は質素なベッドに横たわっていた。


 体を起こすとあちこち痛かった。意識を失う前に、転んで泥まみれだった服はシンプルなワンピースに着替えさせられ、傷だらけだった腕や足は綺麗に手当てされ包帯が巻かれていた。

 五歳の子供の体に、三十歳を超えた前世の記憶が流れ込んだ状態で目覚め、ただただ呆然として、窓ガラスに映る自分の顔を見た。

 そこには、長い銀色の巻き毛とアメジストのような色の瞳の、今世の自分の姿が映っていた。



「えええええええ! 待ってどういう事!? 私仕事の帰りに倒れて……え、違う、お義母様達と森に遊びに行って、お義母様達がいなくなって、それで森の奥まで連れて来られてそのまま……」


 あの男の人は確かお義母様の従者だった記憶がある。それってもしかして、計画的に森の中に置き去りにされた?

 いやいや、それよりも仕事帰りに倒れたとこまでは憶えてるけど、なんで子供になってるの? しかも、すっごいキンキラキンな髪の毛だし。その上その子供としての記憶もちゃんとあるし……どういうことなの?


 五歳の私と三十歳の私の意識が混ざり合って、混乱する頭で必死に状況を整理する。


 窓ガラスに映る自分の顔を見ながら、ペタペタと頬を触ってみた。

 ここにいる"私"は五歳の子供の私、という現実は間違いがないのだろう。じゃあ、記憶にある三十歳の私はどうなったんだろう? あのまま死んでしまって、今の私になったのだろうか。


 ……考えても、今の自分が五歳児という事には変わりないので、それよりも今の自分の状況を考えよう。


 そう思ったところで、ドアをノックする音がして、妙齢の美しい女性が部屋に入って来た。


「声がしたと思ったら、目が覚めたようだね?」


 これが私と魔女オウルとの出会いだった。



「アンタは森に倒れてたんだよ。それから五日も眠ってんだ。あちこち怪我してるからまだ痛いだろう? もう少し休んでな」

 そう言ってオウルが優しく頭を撫でてくれたのは今でも覚えてる。義母に頭を撫でられた事は無く、実の母の記憶も全く残ってない五歳の私にとって、年上の女性に優しく頭を撫でられるのは、くすぐったくてなんだか嬉しかった。


「アタシはオウル。この森に棲む、そうさね……魔女だよ。アンタ名前は?」

「……リア。ウィスティリアって言います」


 五歳の自分の名前ははっきりと言えた。三十歳の自分の名前は全く思い出せないので、今の私はこのウィスティリアという名前の子供である事に間違いはない。


「ウィスティリアだからリアなんだね。じゃあリアって呼ばせてもらうよ。この森はね、魔の森と言って人間にとって、こわーい魔物がいっぱい住んでる森なんだ。リアはどうしてそんな場所にいたかわかるかい?」

 オウルにそう言われて、思わず俯いた。


 五歳の私にはわからなかったけど、三十歳の私にならわかる。おそらく私は、義母によって計画的に、殺意を持って森に置き去りにされたのだ。


 義母や義妹とは仲良かったと思っていた、でも思い返してみると父がいない時は、あまり義母や義妹と話すことはなく、自分の部屋で過ごしていた気がする。

 義母にとって、血のつながらない前妻の娘は、やはり疎ましかったのだろうか。そうでなければ、森に置き去りにはしないだろう。父は優しかった記憶はあったけど、もしかして父も私の事が疎ましかったのだろうか。


 そう思うと目頭が熱くなってきた。


「その様子だと、置き去りにされたのは理解はしてるみたいだね」

 オウルの口ぶりだと、オウルは私が家族によって森に置き去りにされたのを知ってるように感じて、不思議に思いオウルを見上げた。

「アタシは偉大な魔女だから、何でもお見通しなのさ。それでどうする?家に帰るかい?」

 オウルに言われてはっとなる。


 帰りたい。お父様やお兄様に会いたい。でも、疎まれていると思うと帰るのは怖い。それに、帰れってもまたどこかに置き去りされるかもしれない、いや次はもっと確実に殺しに来られるかもしれない。


 シーツをギュっと握りしめた手がカタカタと震えた。


「アンタが望むなら、アンタが自立できるまで面倒みてやるよ。ただし、タダじゃないよ。アンタはここでアタシに面倒を見られる代わりに、アタシの手伝いや家事をやってもらおう。それでどうだい?」


 家に帰るのは怖い、かといって行くとこもない、五歳児が一人で自立するなんて無理な話だ。選択肢なんて一つしかない。


「お願いします、私をここに置いてください」


 私は深々とオウルに頭を下げた。

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