シエルフォース侯爵家問題2

 代わりに『少なくとも、わたくしの目が黒いうちは、絶対に許さない』と貴族の作法からしたらあり得ないほど直接的にお断りをした。

「まあ、それでも断念はしないでしょうね」と家令マサジ・モリタが言う通り、シエルフォース侯爵家は諦めない。


 むしろ、”だからどうした?”ぐらいの態度だった。


 シエルフォース侯爵家は武狂いのリーヴスリー家と共にオールマ王国どころか、世界中にその名をとどろかす一族である。

 ただ、リーヴスリー家とは違う点が一つだけあった。


 それは、シエルフォース侯爵家は政略なども行ける所だ。


 特に、根回しについては全力で動く。

 一時など会う貴族、会う貴族から「シエルフォース侯爵家とのご婚約、おめでとうございます!」と祝福を受けるまでになった。

 国王オリバーにまで「エリー、マヌエル君とシエルフォース侯爵令嬢が婚約するって、本当なのかい?」と聞かれてしまい、この女、立ちくらみが起きてしまった。

 最近では、エリージェ・ソードルが強く「そのような事実はございません!」と主張していたので流石に収まってきたが……。

 イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢に会うたび会うたび「エリージェお義姉おねえ様~」などとすり寄られたりして、この女を酷く苛立たせている。


――


「シエルフォース侯爵令嬢、どうにかならないかしら……」

 エリージェ・ソードルが疲れたように呟くと、執事ラース・ベンダーが苦笑する。

「どうやら、侯爵以上にシエルフォース侯爵令嬢が乗り気のようで、”嫁ぎ先となる”ソードル領について色々調べているとのことです」

「あぁ~!」

と顔を手で覆うエリージェ・ソードルに従者ザンドラ・フクリュウが訊ねる。

「お嬢様の心情はともかく、シエルフォース侯爵令嬢との婚姻、ソードル公爵家としては悪くは無いと思いますが」

 それに対して、エリージェ・ソードルは首を横に振る。

「家格だけで言えば問題ないかもしれないけど、シエルフォース侯爵家は駄目よ。

 魔術に重きを置きすぎている。

 常に国や民と寄り添い続けてきたソードル公爵家には相応しくないし、そのあり方を歪みかねないわ」

「……そういう事なのですね。

 わたしが浅はかでした。

 申し訳ございません」

 従者ザンドラ・フクリュウは少し驚いた顔で頷いた。


 国のため、民のため、常に先陣を切って戦い続けてきたのがソードル公爵家だ。


 この女にとってそうだったし、一部の例外を除いて、他の当主もそのように”生きて”きた。

 そのあり方は、魔術に偏向してきたシエルフォース侯爵家とは真逆だろうと、この女は思っている。

 仮に弟マヌエル・ソードルが妻に平民を選ぼうが、娼婦を選ぼうが、当人さえやる気ならば受け入れるつもりのこの女だった。

 だが、シエルフォース侯爵家だけはあり得ないと思っている。

 問題は”あり方”であれば、認める訳には行かない。

 それぐらいに思っている。


「シエルフォース侯爵家から嫁を迎えることは、絶対に無い。

 あなた達もそのように認識しておいて」

 女のげんに従者ザンドラ・フクリュウ達はそれぞれの言葉で了承した。


「何か、ほかにはあったかしら?」

とエリージェ・ソードルが言うと従者ザンドラ・フクリュウが話し始める。

「どうも、セヌ王国が不審な動きをしているそうです」

「セヌが?」

「はい。

 密かにですが、どうやら、いくさの準備をしているみたいです。

 それを示すように、小麦の値が高騰こうとうしています。

 現状、我が国――特にソードル公爵側に攻め込んでくる可能性は低いと思いますが、ある程度注意が必要かと思います」

(そんなことをやってる場合じゃ無いのに)

 ”前回”の食糧危機を思いだし、エリージェ・ソードルは苦虫をかみつぶしたような顔をする。


 実際、隣国セヌもオールマ王国同様、食糧危機に瀕していた。


(まあ、あんなイカレた国などどうでも良いけど)

などと、少々、おのれかえりみない事を考えている間も、従者ザンドラ・フクリュウの話は続く。

「どうも、代替わりをしたばかりの現国王は、なかなか複雑な方のようでして」

「複雑?」

「はい」

と何故か、従者ザンドラ・フクリュウはニッコリ微笑む。

「見栄っ張りで、嫉妬深く、吝嗇ケチな上に、めんどくさがりや――とのことです」

「……お付き合いしたくないわね」

「配下にとっては悪夢でしょうね。

 迎え撃つ側としては、喜ばしい限りではあります。

 なかなか、引っかき回し甲斐があると言いますか……。

 お嬢様がその気になれば、公爵家のみで攻め滅ぼすことも可能かと」

「なんで、そんな面倒くさいことをしなくちゃならないのよ。

 そういうことは、殿方にでもお任せしておけば良いのよ」

「そうですか……」と何故か少し残念そうな従者ザンドラ・フクリュウに苦笑しながら言う。

「来たら当然、相手になってあげるけど、それまでは情報を集めるに止めておいて。

 騎士団の再編は大分進んでいると聞いているけど?」

「もう終わりに近いと聞いております。

 ハマン騎士団長は実に優秀ですね。

 大仕事だったはずですが、見事こなしていらっしゃいます。

 わたしも沢山学ばせて貰いました」

「そう。

 それなら良いわ」

とエリージェ・ソードルは頷きつつ続ける。

「……公爵家の騎士団長がいつまでも騎士爵って訳にもいかないわよね。

 そろそろ、男爵ぐらいにしておこうかしら」

 女のげんに、従者ザンドラ・フクリュウも頷く。

「それが対外的にも、対内的にも良いと思います」


 公爵騎士団ともなれば、それなりの数の貴族、またはその親族も在籍していた。


 平時であれば、騎士団長フランク・ハマンの武名のみでも良いかもしれないが、戦時となればやはりある程度のくらいが無いとやりづらい所も出てくる。


 エリージェ・ソードルは頷き、眼鏡をかけ直すと、積み木式予定表用の木片を手に取る。

 ペン先を走らせ、その旨をそこに書き込んだ。


 そして、訊ねる。


「セヌといえば、紙の件はどうなっているかしら?」

 従者ザンドラ・フクリュウが答える。

「かなり、順調にいっているみたいです。

 ビ商会長は派遣してくださった職人達も、お嬢様の指示通りに作り始め、なかなか良い品質のが出来ているようです。

 来年には販売できるのでは無いかと、ペーター・カム男爵が喜んでおりました」

「そう、それなら良いわ」

 と言いつつも、この女の心中は少々複雑ではあった。


 シンホンにつてがあるというダヴィド・トーン商会長、彼が紹介してくれたのは、”前回”、この女を助けてくれた商人ジェローム・ビであった。

 かれの商会は、商人ジェローム・ビが存命の内は何かと女を助けてくれたのだが、彼が病で亡くなった後、領の機密といっても過言では無い、紙の生産方法等の情報を外国に売り渡そうとして、大騒ぎになった。

 その時の事もあり、この女は余り関わり合いになりたいとは思えない。


 この女はダヴィド・トーン商会長にも、別の商人でと話をしていた。

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