王家主催の園遊会5

 レロイ・コッホ卿が「本人に聞いてみます」と言うので、エリージェ・ソードルはその話を切り上げ、別の事を話し始めた。

「そうそう、コッホ卿。

 わたくし、あなたにお会いしたらお願いしたい事がありましたの」

「なんでしょうか?」

「我が領では今、領全体で水害対策を行おうとしているの。

 地形学に精通しているあなたに、その手伝いをお願いできないかしら?」

 レロイ・コッホ卿は少し困惑気味に訊ねてくる。

「公爵代行、そのような事、他家の人間に関わらせて宜しいのですか?」

 水害対策を考えるなら、公爵領の地形や地図を見ながら行わなくてはならない。

 それらの情報は当然、軍事機密にも当たる。

 同じオールマ王国の人間であっても、軽々に関わらせて良いものではない。

「もちろん、国に対して宣誓していただくことにはなるわ」

 オールマ王国では機密を知る事になる、もしくは、機密を知ってしまった者に対して国家を前に漏らさないことを宣誓する事があった。

 それを破ることは国家反逆罪相当となり、多くの場合、本人の斬首刑および親族への重い懲罰がせられる。

 もちろん、利用できるのは伯爵貴族以上の者で、さらには、国が必要を認めるものに限るのだが、エリージェ・ソードルとしては問題なく行えると思っていた。

「面倒でしょうけれど、これはあなたの”安心”にも繋がるでしょう?」

とエリージェ・ソードルは続けた。

 それに、レロイ・コッホ卿は「そうですね」と頷いた。


 機密に関わらせてさんざん働かせたあげく、ことが終わったら殺すというのは今も昔も良くある話である。


 ただ、国の名の下で宣誓していれば、変死をしたら真っ先に疑われるのは依頼主となる。

 少なくとも、国は真っ先にその方向で調べる。

 それは、各領の発展のために宣誓を推奨していた国の面子めんつにも関わることだからだ。


 もっとも、流石の女も著名な学者であるレロイ・コッホ卿を使い潰す事など出来ない。


 なのでやはり、ソードル家の保険として意味がある宣誓にはなるのだが。

「どうでしょう、コッホ卿。

 もしお手伝いをお願いできるのであれば、滞在先としてカープルにあるソードル家の別邸を用意しますが」

「まあ、あの噂の!?」と今回も食いついてきたのはコッホ夫人だった。

 父ルーベ・ソードルが方々ほうぼうで自慢しまくった事もあり、カープルのソードル家別邸は非常に有名であった。

 邸内で各種温泉に浸かれるのはもちろん、温泉の湯熱を使った温室には南方の花々や果実が育てられていた。

 オールマ王国の夫人や令嬢であれば、誰もが憧れる屋敷なのである。

 エリージェ・ソードルは大きく頷く。

「何でしたら、お友達も招待していただき、楽しんでいただければ」

「あ、あなた……」瞳をきらきらさせるコッホ夫人にレロイ・コッホ卿は苦笑する。

 そして、エリージェ・ソードルに向かって言う。

「公爵代行、わたしとしてもソードル領の地形については前々から興味がありました。

 もし宜しければ、別の日にでも詳しくお話を聞かせていただければと思います」

 エリージェ・ソードルはその手応えに、表情をあまり変えぬ女なりに満足げに頷くのであった。



(カープルの別邸、なかなか使えるわね)

とエリージェ・ソードルはご満悦だった。

 元々、いの一番に潰そうと思っていたそこであったが、実は家令マサジ・モリタに止められたのである。

(接待をするのに、あれほど最適な場所はないと聞かされた時は、どうかと思ったけど……。

 なかなかの威力ね)

 もちろん、ザーダール・リヴスリー大将軍にしても、レロイ・コッホ卿にしても、カープルの別邸を目的に色よい返事をくれたとは、この女とて思ってはいない。

 ただ、一押し、二押しにはなったと、確信していた。

(別邸を交渉に使う……。

 父ルーベあれにしてはなかなかやるわね)

と地の底まで落ちていた父ルーベ・ソードルに対する評価が、ほんのわずかだが盛り上がったりもした。

 もちろん、父ルーベ・ソードルに女が思うような意図などあるわけがないのだが……。


 そんなことを思っていると、女の足下に一組の夫妻が両膝を突き、首を垂れた。


 そのような姿勢から、相手が木っ端下位貴族だと分かる。

 分かるのだが、突然だったので誰なのか分からなかった。

 これはこういう場で、貴族、大貴族で良くある事である。

 そういう場合は、上の立場の人間としても声を掛けることが礼儀とされていた。

 もっとも、傲慢な者の中には無視して立ち去ることもあったが。


 エリージェ・ソードルは”一応”、訊ねてみた。


「どなただったかしら?」

 すると、男性の方が名乗る。

「ご無沙汰しております。

 子爵位を賜っております、ペア・イーラでございます」

 その返答に、エリージェ・ソードルは少し、眉を顰めた。

 ペア・イーラ子爵は義母ミザラ・ソードルの父親だ。

 エリージェ・ソードルは冷たい声色で訊ねる。

「そのイーラが何か御用かしら?」

「謝罪をすることをお許し頂けませんでしょうか?」

 娘の件であろう事は容易に想像が付く。

 エリージェ・ソードルは冷たく突き離す。

「このような場所では許さないわ。

 日を改めなさい」

「畏まりました」

「取りあえず、立ちなさい」

「はい」

 イーラ子爵夫妻が静かに立ち上がる。

 エリージェ・ソードルはペア・イーラ子爵の顔を見る。

 凡庸な、誠実だけを売りにしてそうな顔である。


 だが、エリージェ・ソードルは、この男がそれだけの人物でないことは良く知っていた。


 娘が大貴族を引っ掻き回したにも関わらず、この男とイーラ家はしれっとした顔で残り続けた。

 ”前回”も、そして、恐らく”今回”もだ。


 ”こういう”場で謝罪しようとすることを含めて、女をして小癪と苦々しく思ったが、貴族として正しいとも評価していた。


「わたくし、今の段階であなたに望むことはただ一つ、ソードル夫妻あれらをそちらで面倒を見ること。

 お金はそちら持ちでね。

 ”娘が積んでいった”物でも切り崩しなさい」

 積んでいった物とは、義母ミザラ・ソードルがイーラ家に送った金品のことだ。

 恐らく、実家に自慢したかったのだろうそれは、かなりの額になっていた。

 ”前回”、義母ミザラ・ソードルの追放後すぐに、ペア・イーラ子爵はそれを返却している。

 全くの手つかずになっていたことからも、ある程度、予期していたことが窺えた。


 エリージェ・ソードルは”今回”、それを使えと言っているのだ。


 ペア・イーラ子爵は少し目を見開いた後に、「畏まりました」と深々と頭を下げた。

 エリージェ・ソードルはそれを見送ると、もう用はないと別の方に足を進めようとした。

 そこに、イーラ夫人が恐る恐るといった感じに声をかけてくる。

「あ、あのう……。

 弟君おとうとぎみはお元気でしょうか?」

 エリージェ・ソードルは踏み出した足をそのままに、視線をイーラ夫人に向ける。

 イーラ夫人がこちらを見る瞳は、恐怖のためか震えていた。

 だが、それでも反らさずにいる。

「……」

 エリージェ・ソードルは閉じた扇子を顎に当て、少し考えた。


 ”前回”、エリージェ・ソードルと良好な関係とは言い難かった弟マヌエル・ソードルは、どうやら女には内緒でイーラ夫人と何度か会っていたと聞く。


 エリージェ・ソードルとしては、イーラ家が何かを企んでいるのかと疑ったりもしたが、単なる祖母と孫の交流だったと報告を受けている。


 イーラ子爵家など、木っ端中の木っ端、弟マヌエル・ソードルにとって何かの助けになるとは思えないのだが……。

「元気にしているわ。

 そうね、マヌエルが望むのなら、面会の場を整えても良いわよ」

「ほ、本当でしょうか!

 よろしくお願いします!」

 期待に目を輝かせるイーラ夫人に、エリージェ・ソードルは一応、釘を刺す。

「イーラ夫人、あなただけよ。

 あと、マヌエルあの子や我が家に対して不利益なことをしたら、わたくし、絶対に許さないから」

「もちろん、そのようなことは致しません!

 なにとぞ、よろしくお願いします!」

 深々と頭を下げるイーラ夫人を背に、エリージェ・ソードルはその場を離れる。

 エリージェ・ソードルとしては、現状、味方が少ない弟マヌエル・ソードルに対して、まあ、物の数に入れるほどでもないにしても、増やしてあげようという気まぐれだった訳だが……。


 後に、とんでもない”もの”を引き寄せ、激しく後悔することとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る