王家主催の園遊会1
王城の停車場にて、エリージェ・ソードルが女騎士ジェシー・レーマーに手を取られながら馬車から降りた。
女を包む青地の衣裳、そこに描かれた黄金色の細工が真夏の陽光で輝く。
その降り注ぐ日の光に比べ、空気からは熱気を余り感じない。
「城内に空調魔術がかけられていなければ、とても正装ではいられないわ」
「正に
などと女騎士ジェシー・レーマーと話していると、白い鎧を身につけた男性が走り寄ってきた。
王家親衛隊である。
”前回”の最後に女を取り囲んだ者達が彼らなのだが、エリージェ・ソードルにはもちろん、思うところはない。
むしろ、よくぞやってくれたという思いでいた。
唯一、騎士リョウ・モリタに対してだけは、無いこともないが……。
今はどうでも良いことである。
その王家親衛隊の男性は壮年で、女の見覚えのない人物であったが、その白い鎧を身に纏っているだけで、そこらの木っ端貴族より敬意を払うべき人間であった。
王家親衛隊の男性は女の前に立つと、丁寧に頭を下げた。
そして、上品に生やした口ひげ、その口元を緩ませながら柔らかな口調で話し始める。
「ソードル公爵代行様、王城へのご足労、ありがとうございます。
ここから先は、わたしがご案内させていただきます」
それに対して、エリージェ・ソードルは「よろしくお願いしますわね」と軽く頷く。
そして、女騎士ジェシー・レーマーに視線を向ける。
「ではジェシー、控え室の件、よろしくね」
それに対して、女騎士ジェシー・レーマーは「畏まりました」と頭を下げた。
貴族が集まるお茶会や夜会では、礼服などの乱れを整える為の場所を用意されていた。
大貴族となれば、一人一人に対して個室が用意される事もある。
これは、前記の理由だけではなく、休憩や対談、商談の為の場所という意味合いもあった。
エリージェ・ソードルは”とある”理由から、その場所を使用するために、準備をさせていた。
エリージェ・ソードルは移動する女騎士ジェシー・レーマー達を見送った後、視線を戻す。
すると、いつの間に現れたのか、父ルーベ・ソードルと義母ミザラ・ソードルが通路門前に立っていた。
二人とも相変わらず豪奢な衣裳に身を包んでいて、父ルーベ・ソードルなどは気障ったらしく胸元に真っ赤な薔薇を挿している。
エリージェ・ソードルの側から剣や護衛騎士がいなくなったからだろうか、父ルーベ・ソードルはなにやら尊大な態度で、王家親衛隊の男性に
「おい、さっさと案内しろ」などとやっている。
隣にいる義母ミザラ・ソードルはそんな父ルーベ・ソードルと手を組みながら、値踏みするように王家親衛隊の男性を見つつ「惜しいけど、とうが立ってるわね」などと呟いていた。
エリージェ・ソードルは片眉をイラリと跳ねさせ、ずかずかと二人に近づく。
そして、父ルーベ・ソードルの太股を扇子(鋼鉄製)で叩いた。
「はぎゃ!?」などと奇っ怪な声を上げて、ぶっ倒れると「足がぁぁぁ! 砕けたぁぁぁ!」などとごろごろ転がっている。
エリージェ・ソードルがその隣にギロリとした視線を向けると、義母ミザラ・ソードルが「ひやぁ!」と言いながら、腰から落ちていった。
止めとばかりにエリージェ・ソードルはそれぞれの前で威嚇のように扇子を振り上げると、二人とも「ヒイヒイ」言いながら頭を押さえうずくまった。
エリージェ・ソードルはそんな二人を軽蔑したように見下ろすと、王家親衛隊の男性に視線を戻した。
そして、何事もなかったかのようにもう一度「よろしくお願いしますわね」と言った。
呆然とした顔の王家親衛隊の男性であったが我に返り、父ルーベ・ソードルらをさっと見渡した後に、関わり合う愚を避けたのか、面倒になったのか分からないが、エリージェ・ソードルに対してにっこりと微笑みながら「どうぞこちらに」と
「皆様、ソードル公爵代行、ソードル卿夫妻、ご入園されます」
との声を背に、エリージェ・ソードルは庭園の中に歩を進めた。
貴族の集まりである。
入場や入園は爵位の低い者からと決まっている。
なので、王族とその分家を除く貴族の中で、もっとも高位に位置するソードル家の登場時には、招待された全ての貴族がそろっている事を意味する。
大貴族を除く、何百も居並ぶ貴族らが、女に向かって深々と頭を下げた。
壮観な眺めであったが、エリージェ・ソードルは気にしない。
この女にとって当たり前の事だったからだ。
さっさと前に進む。
王家主催の園遊会は王城の庭園で行われる。
中央の広場に真っ赤な絨毯が敷き詰められ、夏真っ盛りという事もあり、巨大な天幕が張られていた。
その脇には巨大な氷が並んでいて、日陰から外れると光り輝かんばかりに陽光が照りつけているのだが、天幕の中はひんやりとした空気が流れていた。
立食と着席、両方選べるように配置され、頭を上げた貴族達が談笑しながら茶菓子や色とりどりの切り分けられた果物を摘み始めた。
因みに、公爵代行であるエリージェ・ソードルのような例外を除き、成人前の令息、令嬢はこの場にいない。
城内の会場で子供達の社交を勤しんでいるはずだ。
「また間違えてるぞ。
どうなってるんだ、王家は!」
などと、後ろでブツクサ言っていた父ルーベ・ソードルの気配が、突然消えた。
訝しげに振り向くと、砕けたとか喚いていた足を使い、凄い勢いで離れていった。
義母ミザラ・ソードルも何やら慌てて別方向に離れていく。
すると、「あいつらは挨拶もできんのか?」という良く響く男性の声が聞こえてきた。
エリージェ・ソードルが向き直ると、祖父マテウス・ルマがしかめっ面のまま、こちらに向かってくるのが見えた。
その隣には、エミーリア・ルマ侯爵夫人を伴っている。
エリージェ・ソードルは姿勢を正すと、軽く頭を下げ、そして、戻す。
「お爺様、エミーリア様、ご無沙汰しております」
祖父マテウス・ルマはそれに対し、頷きつつ答える。
「エリー、息災そうで何よりだ」
オールマ王国での公爵家と侯爵家の家格は、前者の方が上である。
仮にエリージェ・ソードルが代行であっても、侯爵家の方が頭を下げる立場にある。
ただ、祖父マテウス・ルマは侯爵であると同時に、法務大臣である。
大臣は大貴族相当というのがオールマ王国の不文律となっている。
さらには、エリージェ・ソードルにとってマテウス・ルマは母方の祖父に当たる。
そのこともあり、エリージェ・ソードルの方が軽く頭を下げたのである。
ただ、エミーリア・ルマ侯爵夫人はあくまでも侯爵家の夫人に過ぎない。
なので、「ご無沙汰しております。公爵代行閣下」と上品に微笑みながらスカートの左右を軽く摘み、左足を斜め後ろに引きながら腰を落とした。
ほぼ同格とはいえ、このあたりは厳格にするのが当たり前であった。
その時、「お立ちください」とすぐに立たせるのも暗黙の決まりとなっている。
平民にとって非常に煩わしいと思えるやりとりでは有ったが、格の上下を明確にすることで争いを避ける意味合いもあり、必要な事でもあった。
因みにエミーリア・ルマ侯爵夫人とエリージェ・ソードルとは血の繋がりはない。
エミーリア・ルマ侯爵夫人はマルガレータ王妃の母親に当たる人物である。
エリージェ・ソードルの母サーラ・ソードルの母親が病のために亡くなった後、正妻となっている。
中年にさしかかったぐらいの貴夫人で、少し垂れた目尻が何処と無く優しげに見せていた。
「お爺様、先日はお力添え、ありがとうございました。
大変助かりました」
エリージェ・ソードルの
「構わん構わん。
それはそうとエリー、マガド領ではなかなかの暴れっぷりだったらしいな」
「はて?
暴れたのは、
「それを指示したのはお前だろう?
あと、怪我をした者ばかりか、関係ない病人までも治療して回ったとか……」
それに対して、エリージェ・ソードルが珍しく露骨に顔をしかめる。
「それは、
そこに、ルマ侯爵夫人が面白そうに口を挟む。
「あら、わたし、エリージェさんが遂に聖人の道を目指すようになったと、感動しておりましたのに」
「エミーリア様、違います!
全く、お爺様!
ルマ家の騎士見習いに対する教育には問題が有りすぎると思います。
もう少し、基本的な常識を教えてください」
「ハッハッハ!
聞いた聞いた、その話!
まあ、その辺りはそちらで頼む」
「はあ」と頭痛を堪えるようにこめかみを押さえていると、祖父マテウス・ルマが視線を別の方向に向け「エリー」と顎で差した。
エリージェ・ソードルが視線の方を向くと、元ルマ家騎士であるレネ・マガド男爵が近寄ってくるのが見えた。
隣には彼と腕を組み、硬い顔をしながぎこちない所作でこちらに向かってくるカタリナ・マガド令嬢が見えた。
本来であれば色々と手順が必要になる平民への男爵位叙爵だったが、マガド領の緊迫具合から特例として速やかに行われることとなった。
因みに、カタリナ・マガドとは現時点では婚約とされている。
レネ・マガド男爵とカタリナ・マガド令嬢が女の前まで来ると、膝を地に突き、
エリージェ・ソードルはそれを見下ろしながら声を掛ける。
「レネ、カタリナ、お久しぶりね」
「はっ!
ソードル公爵代行閣下におかれましては――」
とレネ・マガド男爵が挨拶をし始めるのを「ああ、そういうのは良いわ」などと制し、エリージェ・ソードルは立たせた。
エミーリア・ルマ侯爵夫人が口元に閉じた扇子を当てながら、
「あら?
そういうのは必要だと思うけれど」
と意地の悪そうに目元を弛ますが、エリージェ・ソードルは「レネにされると、むしろからかわれている気がするのです」などと答えた。
そんな二人のやりとりに流石のレネ・マガド男爵も苦笑した。
エリージェ・ソードルが視線を戻しながら言う。
「レネ、少し痩せたかしら?
領地運営は大変かしら?」
それに対して、レネ・マガド男爵は疲れたように微笑んだ。
「あそこまでお膳立てをして頂きながら情け無い話ですが……。
閣下とお嬢様の偉大さを痛感してます」
意地の悪い笑みが似合う優男だったレネ・マガド男爵だったが、今は心底疲れた顔になっている。
それを見た祖父マテウス・ルマが豪快に笑う。
「ハッハッハ!
”
楽しんで貰えて何よりだ!
なあ、エリー?」
「ええ!
わたくし、レネの
「うわぁ~
ご勘弁を!
最近、お嬢様が
「まあ、そんな言い方をしては可哀想よ。
あの子だって頑張っているんだから」
窘める様にいうエミーリア・ルマ侯爵夫人に対して、エリージェ・ソードルは首を横に振りながら言う。
「エミーリア様、明後日の方向に頑張る馬ほど、始末に悪いものはないのです」
「まあ……困ったものねぇ。
ところで、カタリナさんは如何かしら?
何か、困った事とかあるかしら?」
「は、はい!」と突然、話を振られたカタリナ・マガド令嬢はビクッと体を震わせた。
そして、金色の瞳を微かに揺らしながら、苦悩するように眉を寄せた。
それに一瞥を入れたレネ・マガド男爵が代りに話し始めた。
「カタリナの場合は王都の”淑女”方の洗礼を受けております」
カタリナ・マガド令嬢は情けなさからか、小さく縮こまっている。
分家の娘であり、王都に足を運んだことが無い彼女である。
洗練された王都社交界を飛び回っていたご婦人方から見たら、”いじり”がいがあるだろう。
エリージェ・ソードルは閉じた扇子で掌を一度叩く。
そして、周りをギロリと見渡した。
様子を窺っていたらしき者達が、慌てて明後日の方向を向く。
エリージェ・ソードルはカタリナ・マガド令嬢に視線を戻すと、周りにも聞こえるように声高く宣言する。
「カタリナ、今のマガド家はソードル家が後ろ楯となっているのよ。
下らない者達が何か言ってきたら、ソードル家の名を出して追っ払いなさい。
それでもしつこく絡むなら、わたくしに報告しなさい」
それに、エミーリア・ルマ侯爵夫人が和やかに続く。
「そうね、社交に慣れるまで、こういう場にはわたしに同行しなさい。
暗黙の決まり事もあるから、その都度教えてあげるわ」
ソードル公爵家、ルマ侯爵家が後ろに付くこと、それはオールマ王国の社交界では最強の布陣と言っても良い。
王家ですら、なかなか手が出せないだろう。
自身の後ろに付く家の強大さに、カタリナ・マガド令嬢は安心するより脅えてしまったようで、感謝を述べる声が
「あ、ありがとうござい、ます」
と上擦っていた。
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