宿敵の来訪3

 オールマ王国は元々狩猟民族を取りまとめて国と成した経緯がある。


 故にと言うべきか、大国と称される現在であっても、どことなく粗暴な気質は受け継がれているようで、例えば芸術や食に精通するフレコやオラリルといった貴族や豪商から見るとその一つ一つの言動から粗を見いだしてしまうのは致し方がないことでもあった。


 なので彼らはあざけ笑う。

 文化後進国の蛮族と彼らは小馬鹿にするのだ。


 もっとも、大陸は彼らが言う蛮族――オールマ、ガラゴ、セヌの力の均衡によって平和が保たれている。

 三国が力を誇示し合うからこそ、フレコやオラリルなど中堅国は、芸術や食お遊びに興じられ、それ故に文化を豊かにしている。

 教養あるものにとってそれは常識であり、さらにはいつそれが崩れ、野蛮国のどれかの視線が自分たちに向くか分からない事を知っていた。


 よって、”分別”のある者は、自国の自室に戻ってから『恥ずかしい国だ!』と”声を潜め”、大いに笑うのだった。


 彼らの言う文化後進国の代表貴族、エリージェ・ソードル、この女が晩餐に招待した男、大商人ミシェル・デシャは非常に困惑していた。

 彼は大商人であり、故に貴族の晩餐に招待されることなど日常の事であった。

 母国であるフレコは元より、フレコでいう蛮国、オールマ、セヌなどの貴族にもよく呼ばれた。

 特にオールマなどは下手をすると拠点であるフレコよりも良く呼ばれているかもしれない。


 そこには、文化的と呼ばれる国の大商人を呼びつけることで自身らの家格を上げようとする意図”のみ”が存在した。


 よって、その扱いは雑になった。


 むしろ、商人とはいえ所詮平民、貴族我々に招待されて名誉に思ってるに違いないと、そのような扱いをしておきながら、恩着せがましい態度に出てきた。

 たとえ、一銅貨の価値にもならなくてもだ。


 そんな大商人ミシェル・デシャ達が今、”普通”の扱いを受けていた。


 普通というか、美味しく”食べられる”食事が出されていた。

 無論、華やかな食文化でその名を轟かす母国フレコの物とは違い、色彩豊かとは言い難い。

 フレコでは様々な色の食材を巧みに使い、皿の上に物語を浮かべ上げることこそ最善としていた。

 そこまでいかなくても、最低限の美しさを求められていた。

 それが、フレコの食であり、そこまで食に神経を尖らせるからこそフレコともいえた。


 だが、オールマ王国は違う。


 特に男が、ではあるが、基本的に雑なこの国は食べ物の盛りつけ方など特に気にしない。

 最低限、それこそぐちゃぐちゃでさえなければ、気にしない。


 味がうまければ良いではないか?

 そう言ってしまうのだ。


 そんな違いが、オールマ、フレコ両国が友好国などといいつつも、いまいち親しみを感じきれない理由ともなっていた。


 ただ、問題は盛りつけにはなかった。


 大商人ミシェル・デシャは腸詰めをナイフとフォークで切り取ると、口へと運んだ。

 皮を噛み破ると、たっぷりの肉汁が舌の上に流れて来る。

 そこには、香辛料と香草が主張しすぎないように混ざっていて、味の深みを与えると同時にくどさを抑えていた。

 フレコで美食を味わい尽くした大商人ミシェル・デシャをして、「旨いですな」と素直に言葉を漏らすほどの物だった。

 だが、それに対して主の位置に座るエリージェ・ソードルからは「あらそう?」とだけ返ってくる。

 ただ、ふと何かを思いついたのか、大商人ミシェル・デシャの方を見た。

「ああ、言い忘れていたけど、あなた達の前にある壷には香辛料が入っているから。

 好きなだけ入れて頂戴」


 その言に、大商人ミシェル・デシャは内心でぎょっとする。


 隣に座る娘ソフィア・デシャからも動揺する気配を感じた。

 ただ、流石は大商人ミシェル・デシャ、そのようなものおくびにも出さず、にこやかに礼を述べる。

「公爵代行様、ありがとうございます。

 我々のようなものにとって、恐れ多いことです」


 香辛料、特に胡椒は特定の地域でしか栽培できない貴重なもので、必然、その価格は高価であった。


 流通が整っていない時代には同じ量の砂金と同等の価値があるとまで言われていた。

 現在はそこまではいかないが、そこらの平民では手には入らないものである。

 そのこともあり、いつしかそれらは豊かさの、特に貴族の象徴のように扱われるようになっていた。

 だからだろう、貴族が平民を呼びつける時、必ず香辛料の入った食事が出される。

 ただ、出されるのではない。


 ”たっぷり”と出されるのだ。


 そうして、貴族は自身の財力を見せつけ威信を得ようとした。


 それは特にいわゆる野蛮国の貴族に多い。


 大商人ミシェル・デシャが招かれたものの中には、料理の上に胡椒を山のように積んだものもあった。

 余りの雑さに、大商人ミシェル・デシャですら、呆然としたほどだった。


 勿論、食べられたものではない。


 香辛料はそもそも、味付けの為にあるのであって、それその物を食べるためにはない。

 むしろ、過ぎれば毒にもなる物だ。

 にもかかわらず、貴族達は自身の威光を示すつもりでそれを出している。

 そして、致命的な事に、貴族達彼らの中には、平民達への歓待として出している節があるところだ。


 そう、貴族達彼らは彼らなりに心証を良くしようとしているのだ。


 そこに害意は一切ない。

 ただ、平民では口にすることの出来ないだろう”それ”で”もてなしている”だけなのだ。


 そして、貴族達は大量の汗を流しながらそれを食べる平民の苦しさなど知らない、知ろうともしない。


 平民は身分差ゆえに、それを伝えることが出来ない。

 ただ、絶叫する内心を潜めながら、にこにことそれを食すしかない。

 それが”成功例”となり、繰り返される。

 こうして、貴族は高価な香辛料を無駄に使い、平民は拷問に近い時間を過ごすだけのやりとりが、半ば習わしのように行われる事となったのだ。


 だから、(今回は免れるか?)と期待していた大商人ミシェル・デシャ達は心の内で動揺したのだ。


 だが、そんな親子の内心を察することが出来なかったのか、エリージェ・ソードルは「前々から思ってたんだけど」と視線を皿に戻しながら言う。

「平民と貴族は舌の構造が違うのかしら?

 山盛りの香辛料なんて、よく食べたいと思うわね。

 わたくしにはとても真似できないわ」


 エリージェ・ソードルの言に、大商人ミシェル・デシャをして、否定は出来ない。


 平民とて、とても食べられるものではないと。

 多くの場合、会食後に腹を下すと。


 言えない。


 言えるはずがなかった。

 それは、今まで招きを受けた貴族を貶めることになるからだ。


 だが、流石は百戦錬磨の大商人ミシェル・デシャである。

 代わりにこのように言った。

「恐れながら公爵代行様、貴族高き方々が我々の料理に香辛料を沢山入れるのは、平民が香辛料を好んでいるから――だけではございません」

「そうなの?」

「はい。

 我々商人としては、商売上、お付き合いするのは財力があり、そして、それを必要とあれば惜しみなく投入できる方であって欲しいのです。

 なので、高価な香辛料を惜しげもなく使われる姿に、我々は安心するのです」

「なるほどね」

「はい。

 そして、それは実際に料理に使用する必要はありません。

 公爵代行様のように、自由に使えるように壷を渡してくださるその姿勢、我々のような卑しい身分の者にとって何よりも心強く思えます」

「そうなの?」

「はい」と大商人ミシェル・デシャは大きく頷いた。

 そして、エリージェ・ソードルが「なるほどねぇ」などと言っているのを眺めながら、この幼い大貴族様が少しでも改善してくださればと、己が信仰する商売を見守るという物の神に祈りを捧げるのであった。

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