第七章
それぞれの結末
平民たちを迎えに云った翌日、午前中の執務が早めに終わり、エリージェ・ソードルは庭園でお茶を楽しんでいた。
そこへ、家令マサジ・モリタが面談の許可を求めてきた。
了承すると、家令マサジ・モリタは妻である侍女長ブルーヌ・モリタを伴いやってきた。
夫婦であるものの、公私をしっかり分ける二人である。
勤務時間に並んで歩いているのは非常に珍しい。
その常時には無い気配に気づき、エリージェ・ソードルは少し姿勢を正して、二人を待った。
女の前に立つと、侍女長ブルーヌ・モリタが膝を地に付け
不可解な行動に眉を寄せるエリージェ・ソードル対して、家令マサジ・モリタが話し始める。
「お嬢様、ブルーヌは反逆計画に荷担した甥ヴィリ・ツィーゲの不祥事の責任を取り、職を辞したいと申しております」
ヴィリ・ツィーゲはホルンバハ商会の甘言にそそのかされた騎士の一人で、侍女長ブルーヌ・モリタの実兄であり実家ツィーゲ男爵家の当主の三男であった。
混乱を避けるために、反逆した騎士の発表は家令マサジ・モリタに一任していたのだが、それが行われたのだと、女は当たりを付ける。
エリージェ・ソードルはこの女にしては珍しく侍女長ブルーヌ・モリタに対して険しい表情で「不要よ」と切り捨てた。
それに対して、侍女長ブルーヌ・モリタが頭を低くしたまま、進言する。
「お嬢様、領の乗っ取りなど本来であれば三族皆殺しでもおかしくない大罪でございます。
仮に未遂であっても、親族を罰せないのでは示しが付きません。
特に、お嬢様のお側に仕える――」
「不要と言ってるの。
ブルーヌ、別にあなただけではないわ。
当人以外の誰かを罰するつもりは無いから」
「お嬢様――」
「ねえ、ブルーヌ。
わたくし、何か悪いことをしたかしら?」
「……どういうことでしょうか?」
エリージェ・ソードル以上に表情を変えぬと言われた侍女長ブルーヌ・モリタが顔を上げ、目を瞬かせる。
「わたくし、何もしていないのに何で”あなた”を取り上げられなくてはならないの?
理不尽だと思わない?」
「お嬢様……」
呆然とした顔でしばらく女を見ていた侍女長ブルーヌ・モリタだったが、翻意が覆らない事を悟ったのか、「畏まりました」と頭を下げた。
「ブルーヌ、悪いと思うならクラーラをしっかり鍛えてね」
エリージェ・ソードルの言に、侍女長ブルーヌ・モリタはこれまた珍しく苦笑した。
「なかなか、困難なご命令ですが、畏まりました。
お嬢様のご期待に応えて見せます」
クリスティーナの母、クラーラは侍女長ブルーヌ・モリタをしても手を焼いている事を知り、エリージェ・ソードルの表情にも侍女長ブルーヌ・モリタと同じものが浮かんだ。
――
侍女長ブルーヌ・モリタが退出した後も、家令マサジ・モリタは報告のために残った。
エリージェ・ソードルは彼に席を勧め、侍女ミーナ・ウォールにお茶の用意をさせた。
家令マサジ・モリタは席について早々、話を始めた。
「ご推薦の彼ら、なかなか良いですね。
ヨナスについては元々分かっていましたが、他の三人も凄い勢いで仕事をこなしています。
彼らに加えて、取りあえず潰した別邸の使用人が揃えば何とか回すことが出来ると思います。
特に、ザンドラは良いですね。
頭の回転、知識量、ともに即戦力となりそうです」
「それは上々ね」
と女は一口お茶を飲むと、思い出したことを話した。
「あ、ミラは王都に連れて行くつもりだから、よろしくね」
「ミラを、ですか?」
家令マサジ・モリタが不思議そうな顔で見るので、エリージェ・ソードルは頷きつつ答える。
「建前上とはいえ、わたくしが後見人になったのだから、出来るだけ近くに置いておこうと思うの。
そうね、従者みたいな事をさせようかしら」
オールマ王国でいう従者とは高貴な子息の公務を補助する役目の者を指す。
また、身心の管理や、場合によってはお目付役の様な存在でもあり、共通していえることは、常に共にいる使用人だということだ。
因みに、この女が従者”みたいな”と言っているのは、オールマ王国の常識では令嬢に従者は付かないからだ。
それは、従者には側近候補という意味合いが含まれているからだ。
ただ、政治に関わることの少ないご令嬢には側近は不要なので、多くの場合、専属侍女がその代わりとなっていた。
なので、”前回”のこの女にも従者はいない。
公務をするこの女に対して、例外として付けてはどうかという話はあった。
ただ、常に側にいることを考えたら異性では問題が生じる可能性があった。
その事も有り、同性でそれに見合う人材を探したのだが見付からず、結局、それぞれの館の執事か侍女長にその代わりをして貰っていた。
だが、”今回”は少女ミラが手に入った。
成人前であり、そのまま勤めさせるよりは、後見人である自分の手元に置きつつ働かせようと考えたのであった。
家令マサジ・モリタが少し考え込み始めたので、この女、小首を捻る。
「どうしたの?
何か不都合でもあるかしら?」
「いえ、不都合と言うほどの事ではありませんが……」
家令マサジ・モリタは女に向き直り言った。
「お嬢様、出来れば最初はミラではなく、ザンドラをお連れ下さい」
「何故かしら?」
「理由は二つほどあります。
一つはミラが貴族に恐怖心を抱いていることです。
そんな彼女が、上級貴族すら相手にしなくてはならないお嬢様の側仕えをするには不安があります。
出来れば、ここで慣れさせておきたいと思います」
「なるほどね」
「二つ目は、ザンドラの事です。
彼女はミラとは違い、ブルクの下位貴族であればある程度慣れています。
なのでお嬢様、出来れば彼女に中級、上位貴族とはどんな存在なのか見せてあげて下さい。
そうすれば、その高い才に見合う大きな仕事をする時に、必ず役にたちます」
「そういうことね。
では、そのようにしましょう」
実は家令マサジ・モリタの提案には別の考えもあった。
ミラは未成年であり、経験も豊富とは言いづらい。
なので、主の言うことをすべて信じ込んでしまう可能性が高かった。
主が正しく導くことが出来る”大人”であれば良かったのだが……。
残念ながら、その主はミラより若く、突飛な事をしがちなエリージェ・ソードルである。
ミラが、この女のやることが当たり前な事と勘違いをして、変な風に染まってしまうことを家令マサジ・モリタは危惧したのだ、
だから、理由を付け、まだ多少若いとはいえ経験豊富なザンドラに置き換えたのだ。
ただ、そんな思考が読めるはずのないエリージェ・ソードルは、(流石、マサジね)とその慧眼を感心するのであった。
「そうそう、マサジに渡しておかなくてはならない物があるわ。
後で届けさせるから、目を通しておいてね」
「どのようなものですか?」
家令マサジ・モリタの問いにエリージェ・ソードルはなんということでもないように、続ける。
「他の官職候補生よ。
こちらはさほど急ぐ必要は無いけれども、早めに引き上げて頂戴。
あと、勧められても登用する必要がない者の一覧もあるから、そちらも目を通しておいて」
家令マサジ・モリタが目を丸くする。
「お嬢様、お嬢様にはまだ隠し玉がいるのですか?」
「これで全部よ。
あと、情報の出先は内緒だから」
淡々と告げる女に、家令マサジ・モリタは「畏まりました」と頭を下げた。
「そうそう」とエリージェ・ソードルは話題を変える。
「新しい護送車だけど、問題無さそうよ」
女の言に家令マサジ・モリタは苦笑する。
「お嬢様、問題がなかったのは良いですけど、これから働いて貰う者で試すのはお止め下さい」
「あら?
でも新品よ」
家令マサジ・モリタは頭痛を堪えるように顔をしかめた。
「新品でもです。
下手をすると、彼らが犯罪者扱いされますよ」
エリージェ・ソードルは「なるほど」と頷いた。
「
「彼らには”手当”を渡しておきましたから良いですが、他の者には使わないようにお願いします。
もしどうしても見つからない場合は、町の貸し馬車を使って下さい」
「そのようにするわ」
とエリージェ・ソードルは頷いて見せた。
そして、少し考える。
(取りあえず、今、領ですべき事は……。
紙の生産準備も、洪水対策の指示もしたし……。
ホルンバハ商会の婦人を実家に送り返したら終わりかしら。
人材については”あの四人”以外は別段、急ぐことも無いし、これでいいでしょう)
”前回”の事だ。
エリージェ・ソードルは老人ヨナスが繁華街で”発見”されたことを聞いた。
その日、彼は外食を楽しむために夫人を伴い繁華街に足を延ばしていたのだが、突然目の前に現れたレーヴ侯爵家の騎士爵の男に妻がぶつかってしまい、怒り狂うその男から庇おうとして殺されたとの事だった。
どれだけ踏みつけられても、妻に泣きながら懇願されても、老人ヨナスは最後の最後まで妻に覆い被さり守り続けたという。
エリージェ・ソードルは青年マルコがブルクの貴族街で”発見”されたことを聞いた。
医療魔術師に直談判をしようとして、その護衛に殴る蹴るの暴行を受け、死んだのだという。
青年マルコは護衛の足にしがみつき、最後の最後まで頼み続けたという。
エリージェ・ソードルは娘ザンドラがブルクの南西の門近くで”発見”されたことを聞いた。
ある旅商人が、上半身だけになった娘ザンドラが魔獣に
その旅商人は偶然にも娘ザンドラと”知己”で、変わり果ててはいるものの薄金色の長い髪と特徴的な泣き
その後、娘ザンドラの父親の友人である法務組合長が執念で調べた所、娼館を営む男が梅毒と暴力とで頭がおかしくなった娘ザンドラを森に捨てた事が分かった。
エリージェ・ソードルは少女ミラがホルンバハ商会長の弟、フリックの屋敷で”発見”されたことを聞いた。
少女ミラは他の少女たちと同じく、屋敷の地下に吊されていたという。
四肢を切断され、内蔵を取り出された彼女は、死後三年近く経っているにも関わらずまるで眠っているかの様だったという。
エリージェ・ソードルは勿論、たかだか平民の末路に対して、哀れむなどということは一切無い。
だが、純粋に勿体ないと思った。
どうせそんな”くだらない”死に方をするぐらいなら、公爵領のために働いてくれれば良いのに、と本気で思った。
だから”今回”、彼らを拾った。
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