七章 冬備えと噂話ー③

「すみません、お三方。私と軍曹にはドラゴン、というものの知識がありません。教えて頂けませんか?」


 机中央に置かれたヘルメットから三人の間に割って入ったフェアリーによって、フリックとフェアリーがこの世界の住人では無いのでドラゴンを知らない事を思い出した三人は口々にドラゴンの説明を始めるが、収拾がつかなくなってしまう。


 結局フェアリーの一喝により落ち着きを取り戻した3人は話し合い、年長者でドラゴン復活の報を持ってきたマルコスが代表して話す事になった。


「ドラゴンとはこの世界の生態系の頂点と言うべき存在だ。たった一匹で国を滅ぼしたという逸話も残っていて、御伽噺の悪役と言えばドラゴンと相場が決まっているくらい人間からは敵視されている」


 今から500年ほど前まではドラゴンは自由に空を飛び回り、人間を食料として腹が減れば村々や街を襲って満たしていた。


 だがこのままでは人類が滅びてしまうと考えた偉大な魔術師であるガルダゴアが立ち上がり、世界中を自ら旅して集めた勇敢な戦士や聡明な魔法使いで構成した軍を設立してドラゴンに戦いを挑んだ。


 それでもドラゴンを討伐するには至らず、軍の壊滅的な被害とガルダゴアの命を引き換えに現在の王国と帝国の国境を跨いで聳える霊峰に封印するのが精一杯だったと現代には伝わっている。


「どうやら帝国の馬鹿共が獣を操る魔法を元にドラゴンを操る魔法を開発して自分らの戦力にする為に復活させたらしい。だが案の定そんな魔法が効く訳もなくドラゴンをただ解き放っただけに終わってしまったそうだ」


 どこの世界の軍部も碌に信用性も確認せずに兵器を使用したがるのは同じなのかと呆れながらも、実際ドラゴンがどれ程の強さかフリックは気になって仕方が無かった。


「ドラゴン、ドレくらいツヨイ? ブキきく?」


「まあ伝説や御伽噺には尾ひれはひれがつくものだからな、正確なことは言えんが、それでも良いかね?」


 フリックが頷くと、マルコスは今まで聞いた話や実際に見た事をフリックに分かりやすく纏めると話し出す。


 体躯は城よりも大きく、見た目は太ったトカゲに巨大な蝙蝠の羽をつけていると言えば分かりやすい。


 また、ドラゴンの体はこの世のどの金属よりも硬いと言われている鱗で覆われており、通常の矢や剣などの武器では傷一つつかない。


 過去に一度マルコスはドラゴンからガルダゴアの軍との決戦時に剥がれたとされる鱗を見た事があり、持ち主の貴族が宴会の余興にと様々な武器で鱗を壊そうとした。


 だが切り付けた剣は砕け矢は跳ね返され、ハンマーですら欠けてしまい、何一つ傷すら付けられなかった。


 これだけでもSAどころか銃火器すら無いこの世界ではとんでもない脅威と言える。


 しかしドラゴンを生態系の頂点たらしめている理由はこれだけではない。


 それはドラゴンが吐く全てを焼き尽くす灼熱のブレスだ。


 溶岩よりも熱いと言われるそのブレスは鉄を容易く溶かし、石で出来た城ですら焼き尽くしたと言い伝えられており、実際今でもドラゴンに滅ぼされた国の跡地と伝えられている場所ではあちこちに焦げ跡が残っている。


「まあ大まかにはこんなところだな。しかし帝国の奴らも余計な事をしてくれたもんだ。あのガルダゴアですら世界最強の軍と己の命を引き換えに辛うじて封印した存在を操れる訳がないだろうに」


 一通り話し終えたマルコスは、彼が話している間手持ち無沙汰になったレッカが淹れてきたお茶で乾いた喉を潤す。


「とりあえず今は王国方面には被害が出ておらず、帝国が奴の狩場になっているらしいからこの辺りが襲われる事はまず無いとは思うが、一応用心に越したことはない。いざとなればあの巨人の手のひらにでも乗って逃げる準備をしておきなさい」


 ただでさえ村の事で手一杯のレッカ達にこれ以上余計な心配をさせぬようにと最後は冗談めかしたマルコスであったが、内心は本気でそう思っている。


 帝国では既にいくつかの都市が壊滅したという噂まで流れてきてはそう思うのも仕方がない。


 それにいくら鋼鉄の巨人がいようとも、鉄を溶かす火を吐くドラゴン相手では勝ち目が無いと考えたからだ。


「分かりました。ちゃんと準備しておきます」


「俺も頭は悪いが目はいいからな。ドラゴンが寄ってきたら直ぐに見つけて村中に響く声で叫んでやるよ」


 シェニーはどこまで本気か分からないがレッカは真面目な顔で答えると、早速荷造りをしに家へと入って行った。


「フリック君、冗談のように聞こえたかも知れんが私は本心から言ったんだ。もしドラゴンがこの辺りに来る事があればレッカ達の事、頼んだぞ」


「マカセテ。ドラゴンキテモみんなゼッタイまもル」


 フリック返答を聞いて少し安心したように見えたマルコスが、急に席を立って馬車の方へと行ってしまう。


 自分の返答が何かおかしく、またマルコスに敵対心を抱かせたのかと心配するフリックだったが、それは杞憂だったようで直ぐに戻って来たマルコスから一枚の地図を渡された。


「これを君に渡そうと思っていたんだが馬車に忘れてしまっていたよ。ドラゴンから逃げる事になったら使うといい」


 地図にはいくつかの地点に赤で丸が付けられており、エアレーザーでも身を隠せる渓谷や騎士団の駐屯地などの緊急事態の場合に逃げ込める場所の候補地であり、丸の隣には詳細な情報が書き加えられている。


 会話は少しずつフェアリーに頼らなくても出来るようになり始めてフリックだったが、まだ読み書きは出来ないので結局フェアリーが地図をスキャンして周辺地形と照らし合わせる事で避難用ルートのシミュレーションを始めるのだった。


 スキャンを終えた地図についてはレッカの用意している避難用の荷物に入れておくことになり、一先ずはドラゴンについての話はここで終わった。


「とりあえず私も今回の帝国のやらかしのせいで仕事の方で色々と忙しくなってしまったからすぐに帰らなければならないんだが、一日くらいなら大丈夫だから今日は手伝える事があれば何でも言ってくれ。部下達も自由に使ってくれて構わん」


 マルコスは今回、多数いる部下の中でも口が堅く信用を置いている部下を連れてこれるだけ連れてきており、村の復興を少しでも進ませる気でいた。


 復興計画はフェアリー主導で行っていると聞いて全てフェアリーに指示を任せたのだが、翌日の帰りの馬車でこの事を激しく後悔するのだった。

 

 これ幸いにと遅れている分を取り戻すどころかそれ以外に作業を進めようと考えたフェアリーによって倒れるギリギリまで全員休み無しで働かされ、自分は指示を出したり備蓄の確認などの書類仕事をする気でいたマルコスまで金槌を持たされたのだ。


 おかげで馬車の揺れでも痛む程全身筋肉痛となってしまい、部下達も一様にげっそりとしてまるで馬車隊がゾンビの集団になったかの様に見えてしまう程であった。


「通りでフリック君がやつれていた訳だ。……今度来るときは何か甘い物でも彼に差し入れてやろう」


 こうしてフリックの知らないところでマルコスの彼に対する評価が上がるのだった。


 どちらかと言えば評価されたと言うよりは憐れまれた、の方が正しいかもしれないのだが。

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