六章 来訪者と怪しい青年ー⑪
「信じがたいな話だが、こんな物を見せられてしまえば否定のしようが無いし信じるしかないか……」
鋼鉄の巨人を見上げながらマルコスは、あまりにも現実離れした話に混乱する頭の中を必死に整理する。
それなりに人生経験が豊富であると自負はあり、行商で訪れた先々で色々と奇妙奇天烈な体験もした事があるマルコスでもフリックとフェアリーの話は受け止め切れないものだった。
「俺も最初はびっくりしたけど慣れたら結構心強いぜ。フェアリーの奴も面白いしな」
自分の肩を揉みながら笑うシェニーを振り払いながら今度は彼女を見ながらため息を吐く。
「お前にも驚かされたよシェニー。まさかお前が赤の死神とはな」
商人としての顔が広いマルコスはいくつかの真っ当な仕事をする傭兵団とも取引があり、その筋の情報にも明るいらしく赤の死神の噂を知っていたようだ。
「その通り名で呼ばないでくれよ。恥ずかしいし、もう捨てた過去なんだからさ」
「その捨てた過去とやら、聞かせてくれませんか? 私と軍曹については全て話したのですから嫌とは言わせません」
赤の死神と呼ばれるのが恥ずかしいのか、顔を少し赤らめながらポリポリと頭を掻いたシェニーに、空気を読まずに最早隠れる必要の無くなったフェアリーがエアレーザーから話しかける。
「まあ別にいいけどさ。大して面白い話じゃねえぜ」
苦笑いしながらシェニーは、自分の過去を話し始める。
戦災孤児だったシェニー、当時はシェルナだった彼女はとある傭兵団に拾われた。
おかげで物心ついた時から傭兵達に鍛え上げられ、才能があった彼女はレッカと同じ年の頃には団の誰よりも強くなり戦場に立っていた。
だが、とある戦争で運悪くシェニーがいた傭兵団を雇った陣営が負け団員のほとんどが死ぬか行く不明となり、彼女はそれを機に独り立ちをして一匹狼の傭兵として活動を始めた。
その後は赤の死神と通り名が付く程有名なったことで調子に乗ったシェルナは、稼いでは豪遊して金が無くなればまた戦争に行って稼ぐという生活を送り、自分としては全ての欲が満たされ幸福な生活を送っていると思っていた。
だがどこか心が満たされず、それが何故なのか分からない事が彼女を少しずつ蝕み彼女が荒み始める原因となってしまった。
しかしそれ以外の生き方を知らないシェルナはしばらくそんな生活を続けたのだが、心の乱れは技の乱れに繋がり、とうとう彼女の命運は戦場で尽きた。
ギャンブルで作った借金を返す為に旗色が悪いながらも提示された高額報酬に釣られて雇われた軍が案の定負けた上に、戦場で深手を負ったシェルナは撤退の最中に味方と逸れてしまう。
それでも命からがら戦場から逃げる事に成功したまでは良かったのだが、街に戻れば借金取りに返す金が無くどんな目に会わされるか分からず、かといって所属していた陣営に戻ったところで負けた雇い主に払う金など無いだろう。
そうやってこの先どうしたものかと彷徨っている内にザッケ村近くの森に迷い込んでしまったシェルナは、とうとう傷が原因で森の中で倒れ気を失ってしまった。
「それで次に目を覚ましたらこの村にいたって訳さ。あん時ばかりは神様に感謝したぜ。いや、感謝すべきはローストンとセレーナだな」
偶然にも森に狩りに入ったローストンによって発見されたシェルナは彼に保護され、セレーナによって看病された事で一命を取り留めたものの療養する必要がある彼女に二人は村での滞在を勧めた。
シェルナとしてもこんな辺鄙な村にまで借金取りが来る訳もないと思い、ほとぼりが冷めるまで身を隠せる上に傷も癒せるならばと、素性の知れない怪しい人間に甲斐甲斐しく世話を焼くお人好し達を利用する事にした。
「最初はこんな辺鄙なド田舎でいつまでも隠れている気なんざさらさら無かったんだけどよ。ローストンとセレーナ、それに村の奴らと一緒に暮らしている内になんか今までの暮らしが嫌になったんだ。上手く言えないけどさ、何やったって満たされなかったここが満たされる気がしたんだ」
シェニーはそう言いながら自分の胸を叩く。
家族を知らず、人の優しを知らずに育ったシェルナは、この村で初めて家族と優しというものを知ったのだ。
こうして縁も所縁もない自らを家族の様に受け入れてくれたローストンとセレーナ、そして村人達のお陰で心の平穏を手に入れた彼女は赤い死神の武装と装束を封印し、シェルナの名を捨てシェニーとなった。
「これで俺のつまんねえ昔話はお終い。ご清聴ありがとうございました」
全てを話し終えたシェニーはわざとらしくお辞儀をした。
「シェニーの事はまあ分かったし、私は別にどうこう言う気は無い。だがフリック君、君は別だ」
シェニーの過去話は前座とばかりにマルコスは今度はフリックに話を振る。
フェアリーの通訳越しのシェニーの過去話を聞き入っていたフリックは突然話を振られて硬直してしまう。
もう全てを明かしたのだから今更話を振られるとは思わなかったのだ。
「君はこの先どうしたいんだ。中途半端に村に関わるだけ関わって帰る手段が見つかれば村を、レッカ達を見捨てて帰る気かね」
マルコスの問いは最もなもので、ここ最近フリックが悩んできたものだ。
正直元の、常に命懸けの戦場に身を投じなければならない世界にはさほど未練は無く、この世界での比較的穏やかな生活も悪くは無いとフリックは思いだしていた。
だが軍属として、また、貴重な試作機であるエアレーザーを預かる身としての責任も果たせなばならないという責任感もあり、その二つの思いの間で板挟みになっているのだ。
どうせ答えは早々出せるものでは無いのだからと、このところの作業の忙しさを理由に答えを出すのを先送りにしてきたが、マルコスの質問によって遂にフリックは答えを出す時を迎えてしまう。
五分、十分と時間が過ぎるが、それでもマルコスは何も言わずにフリックが答えを出すのを待った。
フリックの境遇を考えれば自分の問いは酷であり、簡単に答えの出るものでは無いと分かっているからだ。
それでも親友の忘れ形見の為に、フリックにはどうしても答えを出してもらわなければならない。
長い長い沈黙の後、自分の中で答えを出したフリックは、慣れないながらもフェアリーの通訳でなく自らの口で語り始める。
「オレ、ココスキ。ダカラミンナマモル。デモコイツグンノ。カエスシナイトイケナイ」
フリックの答えを聞いたマルコスは少し意外そうな顔をしながらも満足そうに頷いた。
「君が村に残ってくれるのなら、この巨人がいなくなったとしても十分に心強いよ。今まで疑うような真似をしてすまなかったね。これからもこの村を、皆を頼むよ」
にこやかにフリックの両肩に手を置いたマルコスの手に徐々に力が入り始め、笑顔が強張り始める。
「ただし、レッカに手を出すと言うのならそれ相応の覚悟をしておいた方がいいと思いたまえ」
父性の暴走という、マルコスからのプレッシャーを受けたフリックは冷や汗をたんまりとかきながら激しく頭を上下させた。
マルコスはフリックの戦闘中とは違う年相応な反応に少し満足したのか、手を離すと、部下達の元へと向かう。
傭兵達を街に駐屯している騎士団に引き渡し、村の現状を王国へ報告もしなけばならず、レッカ達の代わりにやらなければならない事が山積みなので急ぎ街へ戻る必要があるからだ。
「兄ちゃんも面倒なおっさんに目を付けられたな」
二人のやり取りに笑いが堪え切れなくなったシェニーが笑いながら励ますようにフリックの肩を抱いた。
「シェニー、ニラムヨリコワカッタ」
フリックの思わず出た本音が彼に更なる苦痛を与えた。
「誰が怖かったって言いやがったこの野郎」
「イタイ! アタマツブレル!」
フリックの言葉に怒ったシェニーが彼の頭を両手で挟み込んで万力の様に締め上げる。
こうしてザッケ村を守る戦いは何の被害を出すことも無くフリック達の完全勝利で、隠蔽作戦には失敗したもののマルコスに認められるというおまけ付きで幕を下ろしたのだった。
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