六章 来訪者と怪しい青年ー①

「これは一体どうなっているんだ……」


 荷馬車隊を率いて先頭を走っていた豪華な馬車から降りた商人、マルコスは絶句した。


 色々と仕事のトラブルが続いたせいでいつもよりザッケ村に来るのが数日遅くなっただけだというのに村が廃墟と化し、少ないながらも明るく、いつも忙しなく働いていた村人達の姿が皆消えていたからだ。


「ローストン、セレーナ! レッカ、アッカ! 誰かいないのか!」


 マルコスは混乱しながらも、この村の村長であり、幼馴染である友とその家族の無事を祈りながら名を叫ぶ。


 家々が焼け落ちたせいですっかり村は様変わりしているが、記憶の中の建物の位置関係を頼りにマルコスは友の家へと急ぐ。


 狭い村なので友の家には直ぐに着いたのだが、様子がおかしい。


 周りの家のほとんどはとてもではないが住める状態ではないのに、この家だけは補修されている上に外には山積みの荷物があり、机に椅子まで置かれていて廃墟のような村の中では異質な生活感があるのだ。


 マルコスは村の惨状を見て諦めかけていた友の生存に期待を込めて扉をノックする。


「はーい、今出ます」


 ボロボロの扉が軋みながら開くと、中から友の愛娘が出てきた。


 その瞬間、堰を切ったように堪えていたものが一気に喉から溢れ、レッカを質問攻めにする。


 なぜ村が廃墟とかしているのか、他の住民はどこに行ったのか、何よりも友は無事なのか。


 質問責めにされたレッカは、戸惑いながらも一つずつ答えていった。


 途中、何度も泣きそうになりながらもレッカがマルコスに全てを語ると、マルコスは余程ショックだったのか、呆然と立ち尽くしてしまった。


「......あいつの墓に連れていってくれないか」


 長い沈黙の後、そう言ったマルコスを連れてレッカは墓地へと向かう。ただ地面に木を打ち付けただけの墓標を前に、マルコスの顔は悔しげに歪む。


「だから俺は言ったんだ。娘が生まれたんだからこんな明日も知れない開拓村での暮らしなんか辞めて街に戻って来いと。仕事も家も俺が用意しやったのに......」


 何度も何度もそう言って説得しようとしたが、頑固な友は「どんなに厳しい場所でもここがもう俺達の故郷なんだ」と聞く耳を持とうとしなかった。


「全く、くだらん郷愁なんぞに絆された結果が娘二人を残して土の下とは笑い話にもならん......大バカ野郎」


 悪態と共に流した涙を拭ったマルコスは頭を即座に切り替える。


 友とその妻は死んでしまったが、まだ娘達は生きているのだ。


 かつて命を救われた恩も返させずに逝ってしまった友の為にも、彼女達の面倒は自分が見なくては。


 彼女達は辛うじて生き残った3人の村人と、自分達を助けた通りすがりの男と共に村に残る気の様だが、他の村人が生きていた頃でも総出で働いてもギリギリの生活だったのだ。


 幼いアッカと精神が壊れてしまった者までいて実質働けるのがレッカを入れて3人しかいない現状では、どう考えても村に残るという選択は現実的ではない。


 しかもその内の一人は何処の馬の骨かもしれない男と来ている。


 例え恨まれたとしても、構わない。


 無理矢理にでも街に連れて行く、そうマルコスが覚悟した時、所々焦げた服を着た若者がやってきた。


 ほっかむりをして麦わら帽子を被りの、今から野良仕事でもするかの様な格好だが、肌の色は白く、一眼で外で仕事をしてきた人間では無いと分かる。


「コンイチハ、ハジマシテ、フリックイイマス」


「あ、ああ、こんにちは。君がレッカ達を助けてくれたフリック君か」


 似合っていない格好に片言の言葉、友の娘達の命の恩人という事実から多少贔屓目に見ても怪しいとしか言えず、自分が商人としての必須スキルである作り笑顔をマスターしていて良かったと思いながらマルコスは怪しい若者と握手を交わした。


「不躾な質問で悪いんだが、君は一体どこから来たんだ? この辺りの出身ではないようだが」


「トオイ、トコ。センソウマケ、ミンナバラ、バラ」


 この大陸ではいくつかの国が大陸統一という旗を掲げているせいで常にどこかで戦争が起きており、敗残兵がそのまま祖国を捨てて他国に流れるというのは珍しい話ではない。


 しかし言葉が片言なのがマルコスには引っかかった。


 大陸内の国では独自の言語で話す国は大昔に無くなっており、多少国ごとの方言はあるが今では皆共通語を話す。


「マルコスおじさん、フリックさんは海の向こうから船が難破して流れ着いて困っていたところを傭兵団に拾われたみたいなんです」


 大昔は自分達が住むこのヴィヴァス大陸が世界の中心であり、大陸の外、どこまでも広がる水平線の向こうには何もないと言われていた。


 だが、一攫千金や未知への探求心で大海に挑んだ者たちによって次々に島や大陸が発見され、今ではそこに住む人々との交流も深まり、交易の為に船が行き交っている。


 だから目の前の怪しい青年のような境遇の人間は珍しくは無いのだが、そのことを悪用して身分を偽り犯罪を働く者が多いのもまた事実で、人の良い村人達に育てられ、悪人どころか性根の腐った人間すら見た事のない姉妹が騙されている可能性は大いにある。


「不躾な質問で悪いが、君はどうしてレッカ達を助け、こうして生活の面倒まで見てくれているんだ?」


 質問された青年はほっかむりの下の耳を押さえ、考えこむようなポーズを取る。


 見兼ねたレッカが助け舟を差し出そうとするが、マルコスがそれ手で制する。


「レッカ、私は彼自身の言葉で聞きたいんだ。すまんが少し下がっていてくれ」


 マルコスから今まで感じたことの無い威圧感と迫力を感じたレッカはそれ以上何も言えなくなり、後ろに一歩下がった。


 一方の質問をされ、威圧感を一心に受ける張本人であるフリックはどう返答するべきか悩んでいた。


 事前の打ち合わせで自分の正体は隠すことにしたまでは良かったのだが、ここまで疑われた上にレッカからのフォローも受けられなくなることは想定外だったからだ。


 おまけにマルコスにジッと見つめられているせいでほっかむりの下のヘッドセットでフェアリーに助け舟を求めることもできない。


 対人戦闘の心得はあっても対話の技術は一切と言っていい程に持ち合わせていない彼にとっては、今の状況はカスボエジー宙域でたったの一機で殿を務めた時よりも不味い状況なのだ。


 マルコスの圧力からして、返答を誤ればこの村に滞在することは出来なくなるだろう。


 そうなってしまってはレッカ達の望み、村に残って復興することが叶わなくなってしまう。


 何よりもフリック自身驚いたのが、自分がレッカと一緒に居られなくなることに拒絶反応を示したことだ。


 いつかは元の世界への帰還方法を見つけ、この世界から去るつもりなのだから必ずレッカとは別れが訪れるのは当たり前の事で、ここで離ればなれになったとしても、別れの時が早くなっただけで何も問題は無い筈なのだ。


 寧ろマルコスに保護された方が彼女達の為になるのかもしれない。


 だから自分がレッカとの別れに拒絶反応を示した理由が分からず、ただでさえマルコスへの返答を考えるのに一杯いっぱいのフリックの頭はパンクしてしまう。


 それでもフリックは何とか絞り出した答えを、未だ習得途中のこの世界の言葉でたどたどしくマルコスに伝える。


「コマッテルヒト、タスケル、リユウイラナイ。ソレニワタシ、イクトコナイ」


 長い兆候の末に返ってきた怪しい青年の答えにマルコスはどうしたものかと考える。


 長年の商人としての勘が、フリックが何かを隠していると告げてはいる。


 しかし同時に、真っすぐな目をした彼からの返答に嘘があるとも思えなかった。


「さて、どうしたものか……」


 大きくため息を吐きながら、フリックの次はマルコスが長考へと入るのだった。

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