第64話 玲菜の逃亡

 side:玲菜



 美容室でお姉さん達に相談した時「付き合った時の練習になるから」と作戦を伝えられた。

 それは「手が触れる距離で歩く」と「さり気なく腕を掴む」に「服も選んでもらえ」だった。


 でも、最初の二つは失敗に終わる。

 近付いて手が触れると、藤堂くんは半歩離れちゃうし、腕を掴んでも途中ですり抜けてしまう。


 そして、服を選んでもらうのはできたけど、理由を聞かれてパニックになった。

 答えに困った私は、お姉さんの「付き合った時の練習になる」を思い出して──



「か、か、彼氏ができた時の、かな?」



 言ったのがコレだった。

『彼氏ができた時の練習』にすれば変じゃないよね。だけど、次はどうしよう……


「か、彼氏ができた時って言ったの!?」


 やっぱり藤堂くんが驚いてる。

 そりゃそうだよね、言った私が驚いているだもん。ホントにどうしよう……

 こうなったら勢いで乗り切るしかないかな。


「そ、そうだけどっ! 私に彼氏ができたら変ですかっ?」


「いや、変じゃないけど、九条さんって男が苦手なんじゃ……」


「苦手じゃありませんっ! 藤堂くんと居る間に慣れましたっ!」


「……そ、そうなんだ。知らなかったよ」


 ごめんなさい、嘘吐いちゃった。

 でも、どんどん変な方に行ってる気がする。

 嘘を重ねてるから、なにを言ってるのか分からなくなってきた。

 そうだ、このまま藤堂くんが知らない話にすれば大丈夫かも。


「藤堂くんが知らなくて当然だもん。だって、若菜ちゃん達と居る時の私を知らないでしょ?」


「あ、ああ、知らない。ちなみに島崎さん達となにやってんの?」


「……えっ、な、なにって……」


 知らない話なんだから、聞かないで終わらせてよ……どうして深堀りしてくるの……

 若菜ちゃんは何を言ってたっけ……あっ、前に聞いた話を言ってみよう。

 ──これなら絶対に話が終わる。


「いつも食べてるの」

「た、食べるって、なにを……?」

「お、男の子だけど」


 藤堂くんは目を見開いて言葉を失っている。

 その表情を見て「やっぱり私が思ったとおり」だと思えた。

 『食べる』と言えば、藤堂くんは興味を示さないと信じてたから。

 だって、お父さんや若菜ちゃんの彼氏は、変態だから食べられてるけど、藤堂くんは変態じゃないもん。


 ちょっと強引だったけど、終われて良かった。


「ということで、この話はこれでおしまい。そうだ『食べる』で思ったけど、そろそろお昼だよね? なにか食べに行こうよ」


 そう言って、さり気なくお姉さんの『作戦その2』を実行して、藤堂くんの腕を掴んだ。

 この掴み方なら不自然じゃない、と思って歩き出したら、藤堂くんは動かなかった。



 side:秋也



 さっきのは空耳だろうか?

 なんか『男を食べてる』って聞こえた気がするんだけど……

 頭が真っ白になっていたら、いつの間にか九条さんに腕を掴まれていた。


「ごめん、九条さん、なにか言った?」


「お昼にしないって言ったの。もしかして、まだお腹空いてなかった?」


 そっか『食べる』って昼飯のことだったのか。


「うん、そこまで空いてないけど、食べようか。昼が遅くなると、夕飯が食べれなくなりそうだから」


「ふふっ、夜は楽しみにしててね。でも大丈夫? 少し顔色が悪いよ」


「大丈夫。ちょっと空耳が聞こえただけだから」


「それなら良いんだけど……でも、空耳ってなにが聞こえたの?」


 空耳とはいえ『男を食ってる』とは言えない。

 まあ、言い方を変えれば良いか。


「ははっ、笑わないで欲しいんだけど、島崎さんと一緒に男と遊んでるって聞こえたんだよ。なっ、おかしな話だろ?」


 俺の言葉を聞いて、九条さんは少し怒ってるし、やはり空耳だったな。


「だから、空耳って言っただろ? 俺が悪かったから怒るなって」


「怒るなって言われてもダメですっ。藤堂くんは私が男の子と遊んでるように見えるんですか? 男の子とは遊んでませんっ! 私はさっき『食べてる』って言ったのっ!」


「──へっ?」


 ちょ、ちょっと待て。

 九条さんは何を言ってるんだ?

 男とは遊んでない。けど、男は食ってる?

 意味が分からず混乱していると、九条さんが軽蔑した眼差しで俺を見ていた。


「藤堂くん、もしかして……興味があったの? 私、藤堂くんは違うと思ってたのに……」


「……そ、そりゃ、俺も男だからな……」


 九条さんの言葉と眼差しに圧倒され、つい本音が出てしまう。


「えっ、男の子ってみんな変態なの?」


「へ、変態っ!? さっきから、なんの話してるの?」


 話が噛み合ってない気がして、頭の中がますます混乱していた。

 すると、九条さんは悲しそうな表情で謝ると、何故か俺の腕を叩いてくる。


「……な、なんで殴るの?」

「藤堂くんを襲ってるの」

「どういうこと!?」


 もう理解の範疇を超えていた。

 完全に思考が停止していまい、されるがままになっている。

 そして、九条さんの手が止まると、今度は腕を掴まれていた。


「く、九条さん、次はなにしてるの?」

「……食べてるの」

「いや、それは食べるというか……」


 九条さんは小さな口を開けたと思ったら、プルプルと震えながら俺の腕を噛んでいた。

 軽くだから痛くはない。まあ、そんなのはどうでも良い。

 もう分かった、九条さんは悪くない。この子に変な知識を植え付けた奴が悪いんだ。


「とりあえず落ち着こうか。で、昼飯の前に少し話をしよう」


 九条さんをベンチに座らせると、近くの自販機でお茶を買ってきて渡した。

 そして、タイミングを見計らって口を開く。


「九条さん、さっきの変態ってどういうこと?」


「若菜ちゃんが『男の子を襲って食べる』っていつも言ってるの。でも、叩かれたり噛じられたら痛いでしょ? だから、そんなのが好きな人は変態だと思って……あっ、あと、お母さんもお父さんを襲ったって言ってたよ」


 島崎さんは分かるとして、アリスさんまで出てくるの? ていうか、そういうことを娘に話したらダメだろ。


「そ、そうか、話の流れは分かった。だけど、それって少し意味が違うと思うよ」

「えっ、違うの?」

「ああ、言いにくいんだけど──」


 アリスさんのことは忘れて、今は九条さんだ。

 どう伝えるのが正解か分からないけど、オブラートに包んで説明する。


「えっ……じゃ、じゃあ、私って、と、とんでもないことを言って……」

「分かってる。九条さんは悪くない」


 混乱する九条さんを安心させるために、強く頷いて返事をした。


「あ、あのね、そういう知識はあるけど、そ、そんなつもりじゃ……も、もう無理……ちょ、ちょっと頭を冷やしてくるっ!」

「──ちょっ、九条さんっ!」


 九条さんは止める間もなく、お手洗いに走って行ってしまった。





 これからどうするか考えている。

 あれから二十分は過ぎたけど、九条さんが戻って来る気配すらない。

 俺は九条さんの荷物を持ったまま、ずっとベンチに座っていた。


 ……もっと他に言い方があったかも。


 いつもより距離がおかしくなってたし、今日の九条さんは無理をしていたと思う。


「そこのお兄さん」


 九条さんが戻ったらその話もしようかな。

 今日は体が触れるのが多かったし。


「ねえ、お兄さんってば」


 姉さん達は俺の気持ちを知ってるから、良かれと思ってやったんだろう。

 で、誰だよさっきから煩いなぁ。

 人が悩んでるのに、肩をトントン叩きやがって……


「ねえ、お兄さん、聞こえてる?」

「聞こえてるよ。なにか用でも……──っ!」



 顔を向けると、隣に島崎さんが座っていた。

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