第62話 お姉ちゃんのお節介

「玲菜ちゃん。お母さんと3人で話してた時に『秋也は鋭いはず』と言ったのは覚えてる?」


「はい、覚えてます」


 お弁当箱を借りに来た時に、泣いたのがバレてしまい、恥ずかしかったので覚えてる。


「あの日は詳しく聞かなかったけど、秋也が鈍感になってる理由に『心当たりがある』って言ってなかった? 玲菜ちゃんは秋也に毎日お弁当作ってんだよね? 普通なら好かれてるって気付くと思うのよ」


「えっ、秋也に毎日お弁当作ってるの!?」


「お姉ちゃんは黙ってて。今、大事な所だから。……で、良かったら『心当たり』を教えてくれないかな? このままだと、玲菜ちゃんと秋也の関係は進展しないって感じたのよ」


 今の小春さんは、いつものフワフワした雰囲気とは違っていた。

 夏美さんは小春さんを見て驚いているけど、私はそれ以上にショックを受けている。


 ……これ以上、私達は進展しないんだ。


 お弁当作ったりして、ガンバってるつもりだった。でも、まだ足らなかったのかも。

 そのためには、お姉さん達を頼るしかない。


「もっとガンバります。どうすれば好きになってもらえるか教えてください」


「えっ、どうしてそうなるの……」


 あれ? 違ったのかな?

 頭の中で間違い探しをしていると、小春さんは私を見ながら苦笑いをしていた。


「『心当たりが』知りたいって言ってるのよ。もう玲菜ちゃんは十二分に尽くしてるでしょ」


 尽くしてるって言われちゃった。

 その言葉で表情が緩みそうになるけど、我慢して返事しないと。


「分かりました。全部話します」


 私は藤堂くんと出会った時からの出来事や、小学生の時から抱いているトラウマに、変装するきっかけになった家族の話をした。


「なるほどねー、分かった気がするー」

「秋也が悪いと思ってたけど、あの子も被害者だったみたいね」


 お姉さん達は納得しているけど、私にはサッパリ分からない。


「藤堂くんが被害者って何がですか? それで、これから私はどうすれば……」


「ごめんごめん、玲菜ちゃんはそのままで良いのよ。さっき聞いたけど、もうお父さんは邪魔しないんでしょ? それなら後は時間が解決すると思うからね」


「それに、今日は秋也が家に行くんでしょ? 九条さんのお母さんも味方みたいだし、大丈夫じゃないかな」


 まだ意味は分からないけど、お姉さん達の表情を見てると不安な気持ちがなくなってくる。

 そして「このままの私で良い」と言ってくれたのは嬉しかった。

 だけど、もっとガンバってみようと思えた。


 この後もお姉さん達と話していて、しばらくすると扉が開く音が聞こえた。





 side:秋也



 シャワーから出て服を着替えた後は、髪を乾かして整髪料でセットをする。

 そして鏡の前に立ち、自分の姿を再確認した。


「やっぱ男だよな。男にしか見えないし」


 さっきのは幻覚に違いない。

 『藤堂三姉妹』は、なにかの間違いだ。

 俺は身も心も軽くなった気分になり、軽やかなステップを刻みながら扉を開いた。


「あっ、部屋を間違えました」


 気分が高揚していたせいで、入る場所を勘違いしていたみたいだ。

 だって、扉の先にはアキちゃんと同じ格好をした女の子が居たからな。


 他にモデルを呼んでたっけ?

 でも、あれは九条さんだったような……


 再度ドアノブに手を伸ばし、扉を開けた。


「『間違えました』ってアンタはバカなの?」

「九条さんを見て言うことはないの?」


 どうやら部屋は合っていたみたいだ。

 俺はゆっくりと扉を閉めると、九条さんに目を向けた。

 そして軽く深呼吸をしてから口を開く。


「凄く似合ってて驚いた」

「ありがとう……」


 九条さんは恥ずかしがってるが、これは本心から出た言葉だった。


 でも、途中から変だと思ってたんだ。

 時間がないと言ってのに、どこか余裕な雰囲気だと感じていたし、なによりもショートからロングに変わったことが不自然すぎる。


 ただ、カットした長さが、九条さんの髪と同じ長さだとは気付かなかったが。


「最初から姉さん達の予定通りってわけか」

「あら、秋也は嬉しくないの?」

「秋也のためにガンバったのにー」


 俺の気持ちは姉さん達に話していないのに、何故かバレれるんだよな。

 百歩譲って、家で言われるのは我慢するけど、九条さんの前で言うのは止めてほしい。

 まあ、肝心の本人は気付かないから良いか。


「感謝してるよ。ありがと」

「藤堂くんは何に感謝してるの?」


 ほら、やはり気付く素振りすらない。

 だからこれくらいは言っても良いだろう。


「九条さんを可愛くしてくれたから」


 と、少し笑いながら伝えた。





「秋也、バイト代を忘れてるわよ」

「おっと、ありがと」


 普段ならあり得ないが、今日は九条さんが居たのもあり、すっかり忘れていた。

 夏美姉さんから封筒を手渡され、中を確認すると諭吉が四枚入っている。


 これで欲しかったラノベが買えるな……あとはなにか……あっ、良いことを思い付いた。


「九条さん、手土産を買っていこうと思うんだけど、アリスさんの好きな物ってなに?」


 吉宗さんの時はノーカウントだ。あの時は手土産とか考える余裕すらなかった。

 だからこそ、今回はちゃんとやりたい。


「うーん、お母さんは甘い物が好きかな」

「それなら、一緒に買いに行かない?」

「ふふっ、分かった。お母さん喜ぶと思うよ」

「じゃ、そろそろ行こっか」


 撮影見学の予定が入ってから、今日の行動予定も変わった。

 見学に誘った後、撮影から九条さんの家に行くまでの『空き時間』をどうするかが話題となる。

 その時に「一緒に夏服が見たい」と言われ、ショッピングモールに行く予定となった。


「秋也、少し出るのは待って。今日は九条さんの家に行くんだよね? その服も悪くないけど、こっちの方が良いわよ」


「分かった。九条さん、着替えてくるから少し待ってて。すぐ戻るから」


 夏美姉さんから渡されたのは、白色でVネックのスリムニットだった。

 俺も今日はシンプルな装いと考えて、薄いストライプのシャツを着ている。

 しかし、姉さんの「断らないよね?」という雰囲気に頷くしかなかった。


「あら、やっぱり良いじゃない。ついでに髪型も少し変えちゃおっか」


 と言いながら、すでに髪に触ってるだろ。

 そして、ため息を吐いていると、夏美姉さんが耳元に口を寄せて小声で話してくる。


「今の九条さんに合わせたのよ。これなら誰が見てもお似合いよ。ほら、イケメンくん、行ってらっしゃい」


 言い終わると背中をポンと軽く叩かれた。


 ったく、お節介な姉さんだ。

 これも予定通りなんだろうな。

 

「ありがと、じゃ、行ってくるよ」


 お礼の言葉を伝えると、夏美姉さんは手を振りながら笑っていた。

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