第60話 アキちゃんに変身②

「3人が何の話をしてるのか分からないけど、そろそろ始めないか? 時間が無くなるぞ」


 時計を見ながら言うと、姉2人も時間に気付いたのか焦った様子になった。


「お姉ちゃんっ! 予定より15分過ぎてる!」


「もうっ! 秋也のせいで間に合わなくなるじゃない! って、いつまでボーっと突っ立ってるのよ、早く座りなさい! 始められないでしょ!」


「はあ? 俺は悪くないだろ」


「うるさい! さっさと座って!」


 えっ、遅れた原因は俺のせい? いやいや、俺は関係ないよな? 九条さんも苦笑いしてるし間違ってないはずだ。

 ただ、姉さん達に文句を言うと、更なる理不尽が返ってくるから黙って席に着く。


 これは俺と父さんの、藤堂家で生き抜く処世術だからな。


「秋也、先にカットをするからね。九条さんも自由に見学してて良いわよ。今回は写真撮影だけだから」


「ありがとうございます。じゃあ、藤堂くんの隣で見させてもらいますね」


 九条さんはカットする手元を眺めながら、夏美姉さんと話していて凄く笑みがこぼれている。

 そんな様子を鏡越しに見ていると、誘って良かったと思えた。


「姉さんの手元を食い入る様に見てるけど、そんなに面白い?」


「うん、美容師さんの手元をこの距離から見たの初めてだもん。凄い動きだなって思う。それに女の子が可愛くなる瞬間は楽しいし」


「いや、俺は男だからな」


 女の子が可愛くなるのは楽しいと思うけど、俺が可愛くなる場面だから複雑な気分だ。

 そんな俺の心境を察したのか、夏美姉さんはニヤニヤしながら口を開く。


「カットはこれで終わり! 九条さん、次はヘアメイクだから秋也がもっと可愛くなるわよ」


「いつも夏美さんのヘアアレンジを雑誌で見てるので楽しみです」


 えっ、もうカットが終わった……?

 空耳かと思ったが、夏美姉さんはヘアメイクを始めているし間違いないのか……

 と、疑問を抱いたのは理由があった。


「姉さん、ショートにするんじゃなかったの? これ完全にロングでしょ」


 2人でヘアカタログを見ながら決めたのはショートヘアーだった。急な変更はメイクにも影響があって小春ちゃんを困らせてしまう。


「そうなんだけどね、さっきロングの方が良いなぁ、と思っちゃったの」


「『思っちゃったの』って、小春ちゃんは良いのか? ショートでイメージしてたんじゃ……」


「こっちは大丈夫。もうメイクのイメージはあるから」


 カタログを見てる時に「夏だから絶対ショートでしょ」って言ってたよな?

 俺がロングを推しても「今回はショート」と譲らなかったのに……


 急な変更は初めてなので不思議に思っていたが、実演をするのは姉達だからと聞き流した。


 ──そしてヘアメイクが終了する。


「髪型はこんな感じかな。これなら秋也も変更の意味が分かったでしょ」


「うん、このアレンジはショートじゃできないな。夏に合いそうだし、可愛くて良いと思う」


 前や横から見ても良くできていて、これなら中高生にも流行りそうだ。

 サイドを少し遊ばせながら後ろに編み込み、それでいてフワッとした感じに仕上がっている。


「これがお姉ちゃんの実力なのよ。どう? 九条さんも可愛いと思わない?」


「可愛いです! この髪型ってどうやってるんですか?」


 そう言って九条さんは、俺の髪型を色んな角度から眺めていた。


「秋也、良かったわね。可愛いって言われてるわよ。九条さん、撮影が終わったらやり方を教えてあげるわ。それとね……小春のメイクも残ってるし、秋也は更に可愛くなるわよ」


「そうそう、次は私のメイクを良く見ててね。なんたって私は秋也の師匠だから」


 本音を言うと可愛くなりたくない、涼介や和真みたいな男らしい男になりたいんだよ。

 だけど、九条さんは「更に可愛くなる」って言葉に目を輝かせてるからなぁ……


 ……考えるのは止めて心を無にしよう。


 こうして、されるがままになった俺は小春ちゃんの解説と共にメイクが施された。





「可愛い、すっごく可愛い。持って帰りたい」

「……お持ち帰りは止めてくれ」


 予想はしていたが、九条さんが俺の可愛さに陥落していた。

 確かに今日は九条さんの家に行くけど、この格好では行かないから持ち帰りは断わる。


「こんな可愛い女の子は初めて見た……」

「さっきも言ったけど俺は男だぞ」

「絶対に違う。間近で見たら女の子だもん」

「……だから男なんだって」


 陥落どころじゃない。俺を女だと認識してるみたいだ。

 ……どう考えたら男から女になるんだろう。


「藤堂くん、お願いがあるの」

「お願いって何を?」

「声を出さないで、黙ってて欲しいの」

「……どうして?」


 その理由が分からない。


「可愛い女の子なのに、男の声じゃ変でしょ?」

「……」


 泣きたくなってきた。

 冗談かと思いたいが、本気で言ってる気がする。……だって目がマジなんだもん。


 仕方がないので、俺は心を鬼にした。


「もう見学に連れてこないからね……」

「えーっ! どうして!?」

「俺を女と勘違いするから」

「ごめんなさい、あまりにも可愛いくって……」


 そんな俺達のやり取りが面白かったのか、姉2人が笑いながら加わってくる。


「玲菜ちゃんに悪気はないから許してあげなよー。全て秋也が悪いんだからさー」


「そうよ、九条さんじゃなくて秋也が悪いのよ。ねえ、アンタは鏡を見て今の自分をどう思う? 可愛いと思わない?」


 やっぱり姉って存在は理不尽だと思う。

 さっきも敵に認定されてたから味方じゃないのは知っている。

 俺は男という事実を伝えたいだけなんだ。


 しかし、姉を敵に回して勝てる気はしないので、冷静になって鏡を眺める。


「……可愛いと思う」


 悔しいけど、確かに可愛い。

 他人と思い客観的に見ると良く分かる。


「九条さん、俺が悪かった。ごめん」


 鏡越しで九条さんと隣り合っているが、美少女が2人居て『間違っていたのは俺なのか?』と思ってしまう。


「ううん、私こそゴメンネ」

「あと、俺は男だから。これ一番大事」


「はいはい、まだ美少女2人の絡みを見ていたいんだけど、時間が無いから撮影を始めるよー」


 小春ちゃんの言葉もあり、やっと撮影が始まった。



──────────────────────

ごめんなさい。

キリが良かったので、ちょっと短いです。

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