第54話 玲菜の決意

「ご馳走さまでした」


 九条さんは手を合わせて言うと、弁当箱を片付けていた。

 その様子はさっきまでとは違い、見慣れた姿だったので安心する。


 ……結局、何だったんだ?


 会話になってたけど、違和感しかない。

 俺と九条さんの話している内容が、どこか違うように思えていた。

 考えても分からないし、聞いてみるか。


「頑張るって言ってたけど、何を頑張るの? 俺は弁当の事しか分からないんだ」


「えー、教えない。内緒だから」


 九条さんは表情を変えず、鞄に弁当箱を入れながら返事をしている。

 普段と変わらない様子だけど、どこか追及するなって雰囲気を醸し出していた。


 聞いたらダメたったの?

 表情も態度は普通なのに、空気が重くなる感じがするんだけど……


 困惑する俺を余所に、九条さんは今も片付けている。

 そして、手が止まったかと思うと、顔を上げて俺を見ながら言葉を繋いだ。


「藤堂くんは見ててくれたら良いよ」


 見てるってなにを……弁当を、か?

 そうか、分かった。弁当の中身だ。

 今日のおにぎりなんか俺達に似ていて、凝っていたからな。


「分かった。俺は見ておくよ」


「お弁当作りは、私を変える最初の一歩なの。……それで……の……を……」 


 最後の言葉は小さくて聞こえなかった。

 聞き直そうとしたけど、九条さんは拳を握りしめて遠くを見てるので諦める。


 自分の世界に入っちゃったな。

 今も何かを呟いていて「玉子焼き」や「胃袋を」って言葉が聞こえてくる。


 そして九条さんは俺の視線に気付くと、何故か挙動不審になっていた。


「も、も、もしかして聞こえちゃった?」


「少しだけ聞こえてたよ。弁当の中身を考えてたんだろ?」


「……お、お弁当の中身? ……そ、そう、おかずを考えてたの! あっ、お弁当で思い出した。お弁当箱は体育祭の日みたいに、机の中に入れておくね」


 そうか、その問題があったな。

 体育祭の日も他の人に見られない為に、早く来たって聞いていた。


「机の中って……まあ、それしか方法が無いけど、朝が早いと大変じゃない?」


「朝はいつも早いから大丈夫。それに、通学時間は変えようと思ってたの。藤堂くんは知らない? 赤い髪と青い髪の人……最近、通学中に纏わり付いてくるから困ってて……」


 そう言うと九条さんは、何かを思い出しているのか肩を落としている。


 赤と青の髪って、涼介が信号機って言った時に居た2人だ。

 そういえば、玉入れの練習中に九条さんが逃げてきた時も見た気がする。


 でも、どうしよう。何かないかな……


 九条さんはうんざりした様子で、疲れ切っているのが目に見えて分かる。

 元気になる方法を探していると、伝え忘れていた事を思い出した。


「九条さん。話は変わるけど、予定が合えば撮影に来てみない?」


 その言葉を聞いて九条さんは一変する。

 そして、目を輝かせながら、目の前まで迫って来ていた。


「行く! 絶対に行く! 予定があってもポイってするもん! えっ、これって、もしかして私へのご褒美!?」


 元気になったのは嬉しい。

 だけど、変化に着いていけないのと、勢いが凄すぎて圧倒されてしまう。


「……ご、ご褒美って、何の?」

「私が頑張ってたから!」

「……も、もう頑張ってたのか?」

「さっきも頑張ってたよ!」


 そして更に迫って来てしまい、とうとう俺達の距離はゼロになる。

 触れない様に後ろに下がっていたが、木にが壁となって身動きが取れなくなった。

 そして、とうとう九条さんと密着する。


「九条さんっ、ち、近いって……!」


「ねえねえっ『やっぱり止める』とか『嘘でしたー』とか言わない?」


「い、言わない言わないっ! 色々と危ないから離れてっ!」


「危ないって何が……あっ……ご、ごめんない」


 九条さんは顔を真っ赤にして離れていく。

 そして「気にするな」と言っても、慌てているのか落ち着きがない。


 さっきご褒美って言ってたけど、どう考えても俺へのご褒美じゃないのか。

 好きな子が弁当を作ってくれて、しかも密着までしてくれて。


 この出来事を考えると、俺への好意だと勘違いしそうになる。

 吉宗さんから『距離感の件』を聞かされてなければ……だけど。


「もう謝らなくて良いよ。あと……こういうのは、他の奴にはするなよ?」


「……他の人? しないけど、どうして?」


 九条さんは意味が分からないのか、不思議そうな表情で俺を見ている。


 やっぱり分かってないか。

 吉宗さんが心配するのも分かる。俺も同じ気持ちになってるから。


「ほら、俺達は高校生だろ? 年頃の男に近付きすぎると……勘違いというか、何というか……」


「しないよ。藤堂くんだけだもん」


 俺だけって言われても、九条さんの男友達は一人しか居ないだろ。

 どう伝えたら良いのか悩んでいると、九条さんが俺を見据えているのに気付く。


「藤堂くんだけだよ。他の人なんてない。誤解されてる気がするけど、その原因は今までの私だと分かってる。……だからね、今までの私じゃなくて、これからの私を見てて」


 その言葉は、訴えかけているようにも思えてしまい、返事ができなかった。

 九条さんは無言のまま俺を見ていて、予鈴の音と共に表情が緩んだ。

 

「あっ、もうすぐ昼休みが終わっちゃう。そうだ、藤堂くんは先に戻って良いよ。私はお父さんに電話した後に戻るから。……ほら、早くしないと遅れるよ」


「わ、分かった。先に戻るって。だから押さなくても良いから」


 九条さんに「早く」と言われながら背中を押されてしまい、足早に歩き始める。


 そして、途中で足を止めて振り返ってみると、電話をしながら笑っている九条さんが見えた。





 side:玲菜



「玲菜は今日も彼氏の所に行くの?」


「ううん、今日は用事があるから行かない」


 最後の授業が終わって片付けている。

 そして、私に話しかけてきているのは、友達の若菜ちゃん。


「ふーん、珍しいね。じゃあさ、彼氏を私に貸してくれない? 試してみたいから」


「若菜ちゃん、試すって、何をしたいの?」


「そんなの決まってるでしょ。私を満足させる人かどうか……って、痛ったい!」


 若菜ちゃんは話していると、千佳ちゃんにノートで頭を叩かれていた。


「千佳、頭を叩かないでよ。髪型が崩れちゃうじゃない」


「アンタが変な事を言うからでしょ。そのせいで、クラスの飢えた男どもが、アンタをいやらしい目で見てるわよ」


 千佳ちゃんに言われてクラスを眺めると、ほとんどの男の子が若菜ちゃんを見ている。

 でも、藤堂くんは神城くん達と話していて、若菜ちゃんを見てなかった。


 若菜ちゃんは別れるのが早いけど、すぐに次の彼氏ができる。

 いつも、どうやって好きになってもらってるだろう。

 自分を好きにさせる方法があるのかな?

 うん、絶対に何かあると思う。


「若菜ちゃん、彼氏ができるのが早いでしょ? どんな方法を使ってるの?」


「気になるの? そんなの簡単よ、襲っちゃえば良いのよ。男なんて一発で堕ちるから」


「……わ、若菜ちゃん、襲うの?」


 それって、叩いたら好きになってくれるって事だよね。

 若菜ちゃんの彼氏って変態なのかな。


「そうよ、食べちゃえば良いのよ。そうだ、今日は彼氏に会わないって言ってたけど、倦怠期なの? 解消したいなら襲っちゃえば? そして、美味しく食べれば解決するから」


「……えっ、食べるの?」


 どう考えても人は食べれないし、口で噛るって意味だと思う。

 やっぱり若菜ちゃんの彼氏って変態かも。


「玲菜、真に受けなくて良いからね。若菜はただの肉食系バカだから」


 若菜ちゃんが肉食系?

 そっか、この前の祝勝会でも焼肉をずっと食べてたもんね。

 若菜ちゃんの彼氏って、変わった人みたいだから参考にならないと思う。


「大丈夫、私には無理だって分かったから。じゃあ、私は用事があるから帰るね」


 そう言って立ち上がり、二人に手を振ってから教室を出た。



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玲菜ちゃんの下校後を描こうとしてたのに、どうしてこうなったんだろう……

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