第42話 テスト発表

 ……昨日は本当に災難だった。


 母さんに弁当を食べてる写真を見せられて、呆然としていると──


「お弁当の写真も良いけど、母さんはこの写真が一番好きかな」


 そう言って俺にトドメを刺したのは、九条さんと写っている写真だ。

 寝ている俺が九条さんの肩にもたれていて、九条さんは笑っている──展望台に行った時の写真だった。



「シュウ。朝からボーッとしてるけど、どうした? 前を見て歩かないと危ないぞ」


 声をかけてきたのは涼介だった。


「悪い。少し考え事をしてたよ」


「ハハハ、何を朝から考えてるんだ……って、シュウ! あそこ見ろよ! 今日は一段と派手だと思わないか?」


 涼介は指を差していて、その先には九条さんの後ろ姿が見える。

 それと、いつもの日替わり定食が両隣を歩いていた。


「派手だけど、いつもの光景だろ」


 ていうか、隣を代われと言いたい。


「今日は違うって! シュウは気付かないのか? 男2人は赤い髪と青い髪だろ? それで真ん中に九条さんが居るから『赤黄青』で……ほら! どう見ても信号機だ! ハハハ! 面白すぎるな!」


 涼介は腹を抱えて笑っている。

 言いたいことは分かる。確かに『赤黄青』だけどさ──


「九条さんをアイツ等と一緒にするな」


「どうして怒ってるんだよ?」


「怒ってねーよ。日替わり定食と一緒にするなってだけだ。九条さんに失礼だろ」


 この言葉だけは許せない。

 九条さんが嫌そうにしてるのが分からないのか?

 それと涼介。口をポカンと開けてるけど、そんな顔をしてるとイケメンが台無しだぞ。


「そ、そうだな。九条さんも迷惑そうにしてるし……で、シュウも前は笑ってたのに、どうかしたのか?」


「どうもしない。ただ、教室で嫌そうにしてるのを涼介も知ってるだろ? だからかな……一緒にしたら悪いと思って」


 我ながら凄い言い訳だ。

 事情を知らないままだと、涼介と笑っただろう。


「──っと。学校に着いたな。俺は部室に用事があるから、涼介は先に行っててくれ」


 大きな木の下に着くと、いつもの場所に交換日記を置く。

 内容はお弁当の感想ばかりだけど、色々と書いてある。

 そして日向ぼっこをして時間を潰し、教室に向かった。


「はーい! おっはよー! 立ってる人は早く席に着いてー!」


 元気な声と同時に、担任の秋月先生が入ってくる。


「忘れてる人は居ないと思うけど、月曜日は体育祭だからね。優勝して焼肉……じゃなくて、学園祭の優先権を取って、最後の学園祭を楽しみましょう!」


 この人、先週も言ってたからな。

 その時も、家のリビングで夏美姉さんと酒を飲んでいて「焼肉食べたい。焼肉食べたい」と、念仏のように呟いていた。


 先生の言葉を聞いて全員が盛り上がっているけど、俺だけは冷たい視線を送っている。





 そして昼休みになり、俺は最近の日課になっている咲良の玉子焼きを食べていた。

 ……いや『食べさせられている』だ。


「──で、今日は何点?」


 聞いてくる咲良の表情は少し怖い。だけど俺は心を鬼にして正直に答える。


「65点だ」


「また下がってない? どういうこと? 今日のは前より美味しいんだけど! 涼介と香織もそう思わない?」


「美味しいわよ。私が作るより上手だし」


「俺も美味いと思うぞ! 咲良は料理上手で和真が羨ましいよ! 香織とは大違いだ!」


 咲良は2人の返事を聞いた後、険しい顔で詰め寄ってくる。


「ほら、私の味覚が変なのかと思ったけど、違うみたいよ? シュウくんが可笑しいんじゃない?」


 俺の味覚が間違ってるって?

 それよりも、涼介は大丈夫か? 遠回しに料理下手だと言ったから、香織に頭を引っ叩かれてるぞ。


「ちょっと! シュウくん、聞いてるの!」


「は、はい! 何でしょう?」


「『何でしょう?』じゃない! シュウくんの味覚の話をしてるのよ!」


「……さ、咲良。とりあえず落ち着け。わ、理由わけを話すから」


 咲良は立ち上がっていて声も大きい。

 目の前では香織が涼介を怒りながら引っ叩いている。

 そんなカオスな状況の俺達は、クラス中から注目されていた。


「咲良の『玉子焼き』は美味いと思ってるよ。点数が下がった理由は、めっちゃ美味い『玉子焼き』を食べて俺の基準が上がってしまった。それだけだ」


 俺は間違ってない。

 あれは俺の認識を変えた芸術品だ。


「シュウくんがそこまで言うなんて珍しいね。どこで食べたの?」


 その言葉に驚いたのか、咲良だけでなく涼介と香織も俺を見ている。

 香織の手も止まったみたいで良かった。


 ……それよりも今は咲良への返事だ。


「どこって、学校で食った弁当」


「お弁当ってことは……シュウくんのお母さん? 『から揚げ』も美味しいし、料理が上手だもんね」


 咲良が勝手に誤解しただけで、学校で食べたのは本当だから嘘じゃない。

 涼介と香織も、母さんの料理好きを知ってるから納得している。


「今度食べさせてね。どんな味か私も知りたいし」


「機会があったらな」


 とりあえず母さんには「弁当に玉子焼きを入れないで」と言っておこう。

 この後は4人で普通に弁当を食べた。





「俺は掲示板を見に行くけど、咲良は行かないのか?」


「載ってないと思うから今回は行かない。シュウくんが私の分も見てきて」


「分かった。咲良の名前があったら連絡するよ」


 弁当箱を片付けて席を立ち、職員室前の掲示板に向かった。


 その理由は、秋月先生が教室を出る時に「昼休みにテストの結果が貼り出されるからね」と、言い残したからだ。


 この学校ではテストが終わると、総合点の順に貼り出される。

 昔は全ての順位を発表していたみたいだけど、今は50位までしか貼り出されない。


 掲示板の前に着くと、自分の名前を探し始めた。


 ……俺の名前は……と、あった。5位か。


 前回は15位だったから少し上がった。今回は咲良の分も勉強したからな。

 そうだ、次は咲良の名前を探すか。


 そう思って、掲示板の順位を眺めていると誰かに肩を叩かれて──


「アンタ、やっぱり勉強できるんだね。5位って化物じゃん」


「誰が化物だ……って、吉村さんか。こんな場所で何してるの? 分かった。ここは職員室前だし、呼び出しを食らったんだろ?」


 肩を叩いたのは『ギャル2号』の吉村さんだ。


「呼び出されてないわよ! アンタは私をそんな風に思ってたんだ。ふーん、あっそ。だけど残念ね、私達は玲菜に誘われて掲示板を見に来たのよ」


 九条さんに誘われて?

 吉村さんに隠れていて分からなかったけど、後ろに九条さん達の姿が見える。


「そうだったのか。九条さんに、えーっと、3号……じゃなくて、ちょっと待って」


 誰だっけ? 九条さんが『若菜ちゃん』と呼んでたのは覚えてるけど……そうだ!


「思い出した、島崎さんだ。うんうん、島崎さん、島崎さん……今度こそ覚えた。じゃあ、俺はこれで──」


 九条さんには悪いけど、ギャル2人と必要以上に接するのは危険だ。

 俺はクルっと反転し3人に背を向ける。


「ちょっと待ちなさいよ」


 吉村さんの声と共に、俺の襟首が捕まれてしまい、更に反転させられた。


「どうした? 俺に用事でもあるのか? とりあえず手を離した方が良いぞ。職員室の前だし、この図柄はギャル3人に虐められてる一般人にしか見えないからな」


 ギャル3人が俺を囲っていて、俺は襟首を捕まれてる状態だ。

 俺の言葉を聞いて手が離れると、吉村さんの隣で島崎さんが笑い始めた。


「……ふふふ。何なの、めっちゃ面白すぎる。藤堂って面白い奴じゃん! しかも目の前で『3号』って呼ばれたんだけど! もしかして、私達が3人だから3号?」


 そうだ、島崎さんはギャル3号だぞ。


「ふーん。アンタやっぱり私達をそんな目で見てたんだー。じゃあ私は『1号』『2号』どっち?」


 島崎さんに続いて、吉村さんも笑いながら便乗してきた。

 そして九条さんは、2人の後ろで手を合わせて「ゴメンネ」と口を動かしている。

 どうするか迷ったけど、早く立ち去りたいから教えることにした。

 

「分かった。だけど、言っても怒るなよ? 吉村さんは『ギャル2号』で、島崎さんは『ギャル3号』。はい、これでおしまい」


 吉村さんと島崎さんは2人で『2号』『3号』と言って、更に大笑いしている。

 何が楽しいのか分からないけど、逃亡のチャンスなので反転して背中を向けた。

 そして歩き出そうとした時──


「藤堂くんは私を『1号』って呼んでたの?」


 九条さんの普段より低い声を聞いてしまい、俺の足は止まった。

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