第40話 怒った理由

 side:秋也



「やっと午前中の授業が終わったー! シュウ! 腹が減ったから早くメシにしようぜ!」


 目の前で叫んでるのは涼介だ。

 ちなみにコイツはさっきまで寝ていて、チャイムが鳴った時には弁当箱を持っていた。


「涼介は休み時間だけは元気だな。午前中の授業は全部寝てなかったか?」


「ハッハッハ! テスト疲れが出たな。そのせいか今日は眠いんだ」


 いつもは起きてると言いたいみたいだけど、嘘だとバレてるからな。

 その証拠に、涼介は後ろから来た香織に「いつも寝てるでしょ」と怒られている。


「ほら、食べる準備をするわよ。涼介も早く机を持ってきなさい」


 そう言った香織も机を持っていて、俺達は机をくっ付けた。

 全部で机は4つあり、俺達3人の分と、違うクラスの咲良の分だ。

 その咲良は準備が終わる頃やって来た。


「皆、お待たせー! あっ、食べる場所を用意してくれてたの? ありがとー」


 涼介と香織は前に座っていて、咲良は俺の隣に座り弁当を食べ始める。


「咲良が来るなんて珍しいな。小説の執筆は大丈夫なのか?」


「うん、シュウくんのテスト対策のお陰で予定より書けたからね。今週の放課後を使って推敲する予定」


 この時、咲良の小説を読めていないことを思い出した。


 ……うーん、感想どうしよう。


 昨日の日曜日に読むつもりだったけど、何も読めていない。

 一昨日の出来事が頭から離れず、他の事は考えられなかった。


 一昨日は九条さんと出掛けた日だ。


 公園でトラブルがあった後、九条さんの様子がおかしかった。

 大丈夫と言っていたけど、ボーっとしていて、心ここにあらずって感じだ。

 怖くてショックを受けたんだろう、と思ったので帰宅を促した。


 その九条さんは、すぐ近くに居る。

 今朝「交換日記を書けていない」と連絡があり、今日は木の下にも行かないらしい。


「シュウくん、ボーっとしてるけど食べないの? 食べないなら『おかず』を交換しない? 久しぶりにシュウくんの『から揚げ』が食べたいし」


 土曜日のことを考えていると、咲良の声が聞こえてきて弁当箱に目を向ける。

 その時に『から揚げ』は咲良に食べられている最中だった。


「どうして返事をする前に食ってるんだよ」


「ごめんごめん。変わりに咲良ちゃんお手製の『玉子焼き』をあげるから。シュウくんは私の『玉子焼き』好きだったでしょ? はい、食べて良いよ」


 そう言いながら、咲良は弁当箱を差し出してくる。


「じゃあ、食べるからな」


 咲良の弁当箱から玉子焼きを1つ貰って食べた。そして、咲良は俺が飲み込むのを見届けると──


「──玉子焼きは何点? 今日は美味しく作れたし、最高点を更新すると思う」


 俺の好物は、ここに居る全員が知っていて、咲良の玉子焼きを食べる時は採点するのが恒例行事だ。


「……そうだな、今日は70点」


「70点!? 前は80点だったのに下がってるじゃん! 何で? 今日は美味しく作れたのに、採点方法が厳しくなった!」


 咲良は何故か怒っていて「もう良い」「次は負けない」と言っている。


 採点は厳しくなってないぞ。


 でも、考えたらそうかも……

 今日の玉子焼きは、咲良の作った中では一番美味しかった。


 ……じゃあ、なんだろ?


 そうか──九条さんの玉子焼きだ。


 間違いない。九条さんの作った玉子焼きが今までで一番美味しかった。

 それを基準に考えてたのかもしれない。


 思い出したら食べたくなってきてしまい、九条さんに目を向ける──


「──っ! ぶほっ! ゴホゴホ!」


 俺は驚いてむせてしまった。


「シュウくん、大丈夫? どうしたの?」


 咲良からお茶を手渡されたので流し込む。


「ありがとう。何でもない。弁当が変な所に入っただけだ」


 咲良には嘘を吐いた。

 それと同時に冷静になろうとしている。


 ……あれは見間違いだ。

 ……うん、絶対そうだ。


 冷静になれたお陰で『見間違いだった』と結論が出る。

 俺は改めて九条さんに目を向ける──


「──っ!」


 えっ、見間違いじゃなかった?

 俺の行動を不信に思ったのか、咲良も九条さんに目を向ける。


「──っ! ヒッ!」


 咲良も俺と同じ反応をしている。

 すると、咲良が俺の耳元に顔を寄せてきて、小さな声で呟いた。


「……ね、ねえ、あの金髪の子、コッチ睨んでない?」


 やっぱり見間違いじゃないらしい。

 九条さんが俺達をジーっと見ていて、その目は少し怖い。

 そして俺達は内緒話を続ける。


「……き、気のせいじゃないか?」


「ううん、違うって……ほら、今も私達を見てるもん。シュウくん、あの子に何かしたの? 私は話したことないし、シュウくんじゃない?」


「……お、俺がギャル軍団に近付くと思うか? 何もないって」


 お、思い当たる事が多すぎる。

 抱き寄せてしまったし、名前も『玲菜』と呼び捨にしちゃったし……えっと他には……


 ……色々ありすぎて分からん。


「それもそうだね……シュウくんがギャルと一緒に居るとか想像つかないし……」


「……だ、だろ?」


 とりあえず俺が原因というのは分かった。





 ──そして水曜日。


 あれから2日経ったけど、今日まで九条さんと話せていない。


 会おうとしても予定が合わず、それならRINEで聞いてみようとしたけど「怒ってないよ」と返事があって一蹴される。

 納得できず、もう一度聞いてみたら「怒ってないって言ってるの!」となってしまい、お手上げ状態。


 話したいけど話せない。

 だけど、それは今日までの我慢だった。


 理由は簡単。放課後、メイクを教える予定になってるからだ。


 そうだ、俺は今、美容室に向かっている。


 いつもの裏口から入り、休憩室に向かう。中に入ると、九条さんが居たので深呼吸をして──


「……く、九条さん、お待たせ。こ、これ……お土産」


 普通にしようと思ったけど無理だった。

 そりゃそうだ。この3日間、怒った表情しか向けられてないんだぞ?

 お土産のケーキを持って、ビクビクしながら九条さんを見る。


「あっ、ケーキだー! ありがとー! 後で買いに行こうと思ってたの。藤堂くん、今日も分けて食べようね!」


「……う、うん」


 九条さんはケーキの箱を開けて「ガトーショコラだ」と喜んでいた。


 えっ、怒ってたんじゃないの!?

 それとも、あれか? ケーキを見たら機嫌が良くなったって感じ?


 態度が違いすぎて戸惑ってしまう。

 そんな俺と違って、九条さんは冷蔵庫にケーキを入れると、嬉しそうに戻ってくる。


「藤堂くん、今日もよろしくお願いします。じゃあ、準備してくるから待っててね」


 九条さんは頭を下げて言うと、メイクを落としに洗面所へと向かった。





「うん、上手く出来てるよ」


「本当? 嬉しい。丁寧に教えてくれる藤堂くんのお陰だね」


 教わっている時の九条さんは、真剣そのもので、覚えるのが早い。

 最初に教えた時は抵抗があったけど、今では俺も楽しんで教えている。


「そう言われると照れるな。でも、教えた甲斐があって良かった。とりあえず今日はここまでにして、ケーキを食べないか?」


「うん、食べる! じゃあ、私は飲み物を用意してくるね」


 九条さんがキッチンでお湯を沸かし、俺はケーキを準備する。

 そして俺達はテーブルを挟んで座り、2個のケーキを半分ずつ食べた。


「ガトーショコラ美味しかったね。また食べたいから、次も買ってみない?」


「良いよ。1つはガトーショコラにして、他にもう1つ買っておくよ」


 それくらい美味しかった。

 濃厚なチョコレートだけど、後味は口に残らずサッパリしていて、一番人気になるのも頷ける美味しさ。


 ──ここで、あの問題に戻る。


 俺はこの雰囲気のまま、謎を聞いてみようと思った。


「九条さんが喜んでくれて良かったよ。昼休みなんて、怒ってると思ってたからさ──」


 これなら違和感がないだろ。

 と思ったけど、九条さんは下を向いてしまい、髪に隠れて表情すら分からない。


「……怒ってないもん」


 それは初めて聞く低さの声だった。

 ……やっぱり怒ってる。

 理由が多すぎるし、このタイミングで謝ってしまおう。


「ごめん、悪かったよ。だけど、公園の時は他の方法が分からなかったし、ぶつかりそうになった時は咄嗟だったから……って、九条さん、どうしたの?」


 理由を言えば言うほど、九条さんは不思議そうな表情に変わっていく。


「……藤堂くん、何のことで謝ってるの? 土曜日の話をしてたけど、私は感謝しかしてないよ」


 ますます分からなくなった。


「じゃあ、何に怒ってたの? 昼休みとか、俺達の方を見て怒ってたでしょ?」


 本当に分からない感じで聞かれ、俺は本当に訳が分からない。


「……玉子焼き食べてたから」


 た、玉子焼きに怒ってるの?

 確かに食べたよ。月曜日に70点と言ってから、咲良はムキになってしまい毎日採点させられたんだから。


「咲良が何点か聞いてくるから食べてたんだけど……えっ? それに怒ってたの?」


「だから、怒ってない! 私のお弁当にも『玉子焼き』があるもん! それと、山本さんの耳元で内緒話してるし……」


 頬っぺたを膨らませて言われても、今のメイクだと怖くない。

 可愛さが3割増しにしか見えないぞ。


 とりあえず整理しよう。

 土曜日の件では怒ってはいない、玉子焼きと内緒話に怒ってる……と。

 内緒話については「九条さんが怖い」って咲良が怯えてて、原因は九条さんだ。

 うん、内緒話の理由は黙っておこう。


「『玉子焼き』あるもんって言われてもな……教室で俺が九条さんの『玉子焼き』を食べてたら変だろ? そもそも学校では他人のふりをしてるし」


 本音を言うと食べたい。凄く食べたい。

 だけど、あり得ないだろ、無害な一般人がギャルの弁当をつまみ食いするとか。

 想像しただけで笑える構図だ。


「……じゃあ、木の下は? 今まで誰とも会ったことないから大丈夫だと思う」


 その言葉で俺の心は大きく揺らぐ。

 木の下ならバレないのか。


「木の下は大丈夫なの? それなら良いけど。でも、たまにしか無理だぞ? 涼介や咲良に怪しまれたら誤魔化すのは難しいから」


「──うん! 玉子焼き作ってくるね!」


 こうして週に一度だけ、九条さんとお弁当を食べることになった。



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ちなみに、玲菜ちゃんの怒った顔を涼介くんと香織ちゃんは見ていません。

2人の後方に居た感じです(〃´ω`〃)

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