第38話 思い出の場所

 プラネタリウムを出ると中華街に向かって歩いていた。


「プラネタリウム綺麗だったね! 最後の映像なんて感動したもん! 藤堂くんもそう思ったでしょ?」


 九条さんのテンションがいつもより高い。

 さっきから前を見ずに歩いていて、上を見たと思ったら、今度は周囲をキョロキョロと見ていて……かなり危なっかしい。


「思った思った、感動したよ。……それよりも危ないって、真っ直ぐ歩けてないからね──って、ほら!」


 咄嗟に右手を伸ばして九条さんの肩を抱き寄せた。


 前を見てからこうなるんだよ。

 もう少しで信号待ちの人に突っ込むところだ。


「だから、前を見ないと危ないって……あっ、えっと……ごめん」


 この状況に気付いてしまい、九条さんから急いで手を離した。


 危ないと思って手が出たけど、抱きしめる形になってしまった……

 いや──それよりも九条さんだ。


 九条さんを見ると俯いてるし、怒らせてしまったかもしれない。


「……えっと、ごめん。悪かった」


 もう一度謝りながら、九条さんの顔を覗き込んだ。


「……だ、大丈夫。す、少し驚いただけだから。そ、それよりもお腹空いちゃったから早く行こうよ」


「そ、そうだな。早く行こう」


 九条さんは大丈夫と言っていたけど、そうは見えない。

 目も泳いでたし顔も真っ赤だった。





「えっ、お店って……ここなの?」


「──そう、このお店!」


 九条さんは戸惑う俺と違って、笑顔で返事をしている。


 さっきの『トラブル』の後、早く中華街に行こうと早歩きになった。

 その時に「どの店で食べるか決まったの?」と聞いて連れて来られたのが


 数日前、中華街のサイトで店を2人で調べていた時に「私が行きたい店でも良い?」と聞かれて「良いよ」と答えた。

 たけど、店名や場所を聞いても「分からない」と言われて混乱させられたのを覚えている。


 こうした出来事があって、連れて来られたのが──目の前の店だ。


「……本当に、この店なの?」


「──このお店で合ってるよ!」


 再確認をしようと、もう一度聞いてみた。

 九条さんの返事はさっきと変わらない。違うのは楽しそうな笑顔が増えている……ってだけだ。


「ほらほら、早く入ろうよー」


 中華料理店に入ろうとしている九条さんに手招きされて、俺も中に入った。

 店内に入るとレジに居る店員さんに案内されて席に座る。


「本当にこの店で良かったの?」


 やっぱり気になったので、また聞いてしまった。


 入った店はどう見ても街の中華料理屋にしか見えないからだ。

 外観も内装も、近所にある店と変わらない感じに見える。


 場所は確かに中華街で間違いない。


 中華街に入る門を潜ったし、豪華な造りで美味しそうな中華料理店を何件も見た。

 それなのに、九条さんに先導されて細い路地に入り「着いたよ!」と言われたのが──どこにでもある中華料理屋さん。


「このお店で間違いないよ。でも懐かしいな……昔と全然変わってないもん」


「知ってる店だったの?」


「うん。に住んでた時に何度も来てたお店だから。家で中華街のサイトを見て探してた時、お父さんが『まだ店はあるよ』って教えてくれたの。思い出のお店だから藤堂くんと行きたいなって思って……お店は普通だけど美味しいよ」


 ……俺と一緒に思い出の店に?


 九条さんは楽しそうに話しているけど、俺は返事ができなかった。


 ガッカリしたというか、拍子抜けしたというか……「中華街まで来たのに、どうしてこの店なの?」って気持ちがあったからだ。

 しかも、何度も聞いた時は表情にも出ていたかもしれない。


 申し訳ないと思うのと同時に、嬉しいと思う両方の気持ちになった。


「……もしかして違うお店に行きたかった?」


「ううん、この店が良い。九条さんの思い出の店なんだろ? そんな場所に来れて良かったと思ってただけだ。連れて来てくれてありがとう──って、何を言ってるんだろうな」


 自分の言っている言葉が恥ずかしくなってしまい、メニューを手に取って広げた。


「そ、そうだ、早く注文しよう。九条さんのオススメってどれなの?」


「ふふふ、今日の藤堂くんって面白いね。このお店は餃子が美味しいよ」





 テーブルに九条さんオススメのメニューが並べられている。


「おー。本当に美味しそうだな」


「うん、美味しそうだね」


 目の前にあるのは『水餃子』に『蒸し餃子』に『焼き餃子』……この三種類だ。

 餃子は他の種類もあったけど、九条さんが食べたいメニューを優先した。


「一番好きだったのは、どれなの?」


「『焼き餃子』が一番好きだったかな。家族全員も好きで、来る時はいつも食べてたよ」


「そんなに美味しいのか。じゃあ早速──」


 一番好きだというので、焼き餃子から食べることにした。

 まだ九条さんは食べておらず、俺が食るのを待っているのかジーっと見ている。


「美味しいな……焼き餃子って、こんなに美味しかったっけ?」


 焼き面はカリカリだけど、皮はモチモチしていて、中の具も肉汁で溢れていた。


「良かったー。美味しいって言って貰えて。ここの焼き餃子は、焼く前に蒸してるから美味しいの。じゃあ、そろそろ私も食べようかな……うん、やっぱり美味しい!」


 九条さんも美味しそうに食べている。

 久しぶりの味だからか、凄く幸せそうだ。


「じゃあ、次はこっちを──」


「あっ、私もそっちを食べる──」


 この後も並んだ餃子を2人で食べた。





「もう食べれない。お腹いっぱいだ」


「私もお腹いっぱいだけど、藤堂くんは食べ過ぎだと思うよ。いつもそんなに食べるの?」


 他のメニューを頼む予定だったけど、俺達は三種類の餃子しか食べていない。

 というよりも、焼き餃子を何回も注文してしまった。


「ここまで食べたのは初めてかも……普段食べれない味だったからな。ニンニク入りじゃないから気にせず食べれるし……何よりも美味しいのが悪い」


「ふふふ、食べ過ぎた藤堂くんが悪いのに餃子のせいにしてるー。そんなに美味しいならまた今度来ようね」


「ああ、また今度食べに来よう」


 ……また今度、か。


 どういう意味で言ったんだろう。

 友達としてなのか、それとも……


 聞いてみたいけど「次はいつ来ようかな」と、普段と変わらない雰囲気で言っているから深い意味はなさそうだ。


「藤堂くん。この後ってどうする? どこか行きたい場所とかある? 無ければ私の行きたい場所でも良い?」


 色々と考えていると、違う話に変わっていた。


「行きたい場所? 俺は良いけど、どこに行きたいの?」


 前に調べたけど、近くに遊べそうな場所はなかったはずだ。

 九条さんは「ちょっと待ってね」と言いながらスマホを取り出すと、画面を俺の方へと向けてくる。


「この公園に行きたいの。ここから遠くないよ。歩いて15分くらいの距離かな」


「公園? 俺は良いけど……何かあるの?」


 スマホに地図アプリが開かれていて、体育館と公園が表示されている。

 だけど、規模は大きくないから「この場所も何かあるのでは?」と思えた。


「分かっちゃった? この公園は小学生の頃に遊んだ場所……だから懐かしいなと思って」


 この公園も九条さんの思い出の場所か。


 嫌な記憶のせいで日本に帰国してからも、この土地には来れなかったと言っていたのを思い出した。


 ……これは良い機会かもしれない。


「俺も九条さんが遊んでた場所を見たいから行ってみよう」


「ありがとう。じゃあ、もう少し休憩したら行こっか」


「ハハハ、そうだった。お腹が苦しいのを忘れてた」


 この後の予定が決まり、休憩が終わると俺達は店を出た。

 公園に向かう九条さんの足取りは軽く、見覚えのある場所があると色々と教えてくれる。


「それでね、ここでお兄ちゃんが──あっ、公園が見えてきた」


 九条さんが指差した先に公園が見えた。

 すると九条さんは俺に手招きをしていて、今にも走り出しそうになっている。


「ほら、藤堂くん。早く早く!」


「分かったから。昼前に同じことを言ったけど、前を見ないと危ないって」


 こうして俺達は公園の中に入った。

 地図アプリで見ていたけど、どこにでもある普通の児童公園だ。

 体育館があるけど、他には子ども達が遊んでいる遊具があるだけ。

 道もあるけど、遊歩道と呼べる立派なモノじゃない。


 そんな小さな公園だけど、九条さんは「懐かしい」と呟きながら嬉しそうにしている。


「昔と変わってないか?」


「うん、昔と一緒。砂場もブランコも……私が遊んだ時のまま変わってない」


 九条さんの表情は嬉しそうに見えるし、泣きそうにも見える。

 俺はただ「良かったな」とだけ言うと、九条さんは目の前のベンチに座りながら「うん」と一言だけ返してきた。


 何分経ったか分からないけど、九条さんの視線は公園で遊ぶ子ども達を眺めたままだ。


 ……今は1人の方が良いかもしれない。


 九条さんはこのまま眺めていそうだし、飲み物でも買ってくるか。


「自販機で飲み物を買ってくるけど何が飲みたい?」


「そうだね……ミルクティーって言いたいところだけど、食後だからお茶にする……藤堂くん、ありがとう」


 俺は「ああ」とだけ返事をすると、入口の外にある自販機に向かいお茶を2本購入する。

 公園に続く道を引き返しながら、ベンチに座る九条さんに視線を向けた。



「──は?」



 意味が分からず、そんな声が出てしまう。


 俺が見たのは九条さんだ。


 だけど2人の制服姿の男も一緒に居て、九条さんと合わせて3人が視界に入っている。

 2人の男は九条さんの前に立っていて、内容は分からないけど何か言っている様子だ。

 その証拠に九条さんの表情がさっきまでとは全然違う。



「──なんだ、あいつらは。ふざけんな。泣きそうになってるだろ」



 そう呟くと、気付いた時には走っていた。



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この回は大変だったよ(*´・ω・)

納得できる表現にならなくて何度も書き直したからね…

ちょっと今も書き直すか迷ってる感じ。

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