第38話 思い出の場所
プラネタリウムを出ると中華街に向かって歩いていた。
「プラネタリウム綺麗だったね! 最後の映像なんて感動したもん! 藤堂くんもそう思ったでしょ?」
九条さんのテンションがいつもより高い。
さっきから前を見ずに歩いていて、上を見たと思ったら、今度は周囲をキョロキョロと見ていて……かなり危なっかしい。
「思った思った、感動したよ。……それよりも危ないって、真っ直ぐ歩けてないからね──って、ほら!」
咄嗟に右手を伸ばして九条さんの肩を抱き寄せた。
前を見てからこうなるんだよ。
もう少しで信号待ちの人に突っ込むところだ。
「だから、前を見ないと危ないって……あっ、えっと……ごめん」
この状況に気付いてしまい、九条さんから急いで手を離した。
危ないと思って手が出たけど、抱きしめる形になってしまった……
いや──それよりも九条さんだ。
九条さんを見ると俯いてるし、怒らせてしまったかもしれない。
「……えっと、ごめん。悪かった」
もう一度謝りながら、九条さんの顔を覗き込んだ。
「……だ、大丈夫。す、少し驚いただけだから。そ、それよりもお腹空いちゃったから早く行こうよ」
「そ、そうだな。早く行こう」
九条さんは大丈夫と言っていたけど、そうは見えない。
目も泳いでたし顔も真っ赤だった。
◇
「えっ、お店って……ここなの?」
「──そう、このお店!」
九条さんは戸惑う俺と違って、笑顔で返事をしている。
さっきの『トラブル』の後、早く中華街に行こうと早歩きになった。
その時に「どの店で食べるか決まったの?」と聞いて連れて来られたのがこの店。
数日前、中華街のサイトで店を2人で調べていた時に「私が行きたい店でも良い?」と聞かれて「良いよ」と答えた。
たけど、店名や場所を聞いても「分からない」と言われて混乱させられたのを覚えている。
こうした出来事があって、連れて来られたのが──目の前の店だ。
「……本当に、この店なの?」
「──このお店で合ってるよ!」
再確認をしようと、もう一度聞いてみた。
九条さんの返事はさっきと変わらない。違うのは楽しそうな笑顔が増えている……ってだけだ。
「ほらほら、早く入ろうよー」
中華料理店に入ろうとしている九条さんに手招きされて、俺も中に入った。
店内に入るとレジに居る店員さんに案内されて席に座る。
「本当にこの店で良かったの?」
やっぱり気になったので、また聞いてしまった。
入った店はどう見ても街の中華料理屋にしか見えないからだ。
外観も内装も、近所にある店と変わらない感じに見える。
場所は確かに中華街で間違いない。
中華街に入る門を潜ったし、豪華な造りで美味しそうな中華料理店を何件も見た。
それなのに、九条さんに先導されて細い路地に入り「着いたよ!」と言われたのが──どこにでもある中華料理屋さん。
「このお店で間違いないよ。でも懐かしいな……昔と全然変わってないもん」
「知ってる店だったの?」
「うん。こっちに住んでた時に何度も来てたお店だから。家で中華街のサイトを見て探してた時、お父さんが『まだ店はあるよ』って教えてくれたの。思い出のお店だから藤堂くんと行きたいなって思って……お店は普通だけど美味しいよ」
……俺と一緒に思い出の店に?
九条さんは楽しそうに話しているけど、俺は返事ができなかった。
ガッカリしたというか、拍子抜けしたというか……「中華街まで来たのに、どうしてこの店なの?」って気持ちがあったからだ。
しかも、何度も聞いた時は表情にも出ていたかもしれない。
申し訳ないと思うのと同時に、嬉しいと思う両方の気持ちになった。
「……もしかして違うお店に行きたかった?」
「ううん、この店が良い。九条さんの思い出の店なんだろ? そんな場所に来れて良かったと思ってただけだ。連れて来てくれてありがとう──って、何を言ってるんだろうな」
自分の言っている言葉が恥ずかしくなってしまい、メニューを手に取って広げた。
「そ、そうだ、早く注文しよう。九条さんのオススメってどれなの?」
「ふふふ、今日の藤堂くんって面白いね。このお店は餃子が美味しいよ」
◇
テーブルに九条さんオススメのメニューが並べられている。
「おー。本当に美味しそうだな」
「うん、美味しそうだね」
目の前にあるのは『水餃子』に『蒸し餃子』に『焼き餃子』……この三種類だ。
餃子は他の種類もあったけど、九条さんが食べたいメニューを優先した。
「一番好きだったのは、どれなの?」
「『焼き餃子』が一番好きだったかな。家族全員も好きで、来る時はいつも食べてたよ」
「そんなに美味しいのか。じゃあ早速──」
一番好きだというので、焼き餃子から食べることにした。
まだ九条さんは食べておらず、俺が食るのを待っているのかジーっと見ている。
「美味しいな……焼き餃子って、こんなに美味しかったっけ?」
焼き面はカリカリだけど、皮はモチモチしていて、中の具も肉汁で溢れていた。
「良かったー。美味しいって言って貰えて。ここの焼き餃子は、焼く前に蒸してるから美味しいの。じゃあ、そろそろ私も食べようかな……うん、やっぱり美味しい!」
九条さんも美味しそうに食べている。
久しぶりの味だからか、凄く幸せそうだ。
「じゃあ、次はこっちを──」
「あっ、私もそっちを食べる──」
この後も並んだ餃子を2人で食べた。
◇
「もう食べれない。お腹いっぱいだ」
「私もお腹いっぱいだけど、藤堂くんは食べ過ぎだと思うよ。いつもそんなに食べるの?」
他のメニューを頼む予定だったけど、俺達は三種類の餃子しか食べていない。
というよりも、焼き餃子を何回も注文してしまった。
「ここまで食べたのは初めてかも……普段食べれない味だったからな。ニンニク入りじゃないから気にせず食べれるし……何よりも美味しいのが悪い」
「ふふふ、食べ過ぎた藤堂くんが悪いのに餃子のせいにしてるー。そんなに美味しいならまた今度来ようね」
「ああ、また今度食べに来よう」
……また今度、か。
どういう意味で言ったんだろう。
友達としてなのか、それとも……
聞いてみたいけど「次はいつ来ようかな」と、普段と変わらない雰囲気で言っているから深い意味はなさそうだ。
「藤堂くん。この後ってどうする? どこか行きたい場所とかある? 無ければ私の行きたい場所でも良い?」
色々と考えていると、違う話に変わっていた。
「行きたい場所? 俺は良いけど、どこに行きたいの?」
前に調べたけど、近くに遊べそうな場所はなかったはずだ。
九条さんは「ちょっと待ってね」と言いながらスマホを取り出すと、画面を俺の方へと向けてくる。
「この公園に行きたいの。ここから遠くないよ。歩いて15分くらいの距離かな」
「公園? 俺は良いけど……この場所も何かあるの?」
スマホに地図アプリが開かれていて、体育館と公園が表示されている。
だけど、規模は大きくないから「この場所も何かあるのでは?」と思えた。
「分かっちゃった? この公園は小学生の頃に遊んだ場所……だから懐かしいなと思って」
この公園も九条さんの思い出の場所か。
嫌な記憶のせいで日本に帰国してからも、この土地には来れなかったと言っていたのを思い出した。
……これは良い機会かもしれない。
「俺も九条さんが遊んでた場所を見たいから行ってみよう」
「ありがとう。じゃあ、もう少し休憩したら行こっか」
「ハハハ、そうだった。お腹が苦しいのを忘れてた」
この後の予定が決まり、休憩が終わると俺達は店を出た。
公園に向かう九条さんの足取りは軽く、見覚えのある場所があると色々と教えてくれる。
「それでね、ここでお兄ちゃんが──あっ、公園が見えてきた」
九条さんが指差した先に公園が見えた。
すると九条さんは俺に手招きをしていて、今にも走り出しそうになっている。
「ほら、藤堂くん。早く早く!」
「分かったから。昼前に同じことを言ったけど、前を見ないと危ないって」
こうして俺達は公園の中に入った。
地図アプリで見ていたけど、どこにでもある普通の児童公園だ。
体育館があるけど、他には子ども達が遊んでいる遊具があるだけ。
道もあるけど、遊歩道と呼べる立派なモノじゃない。
そんな小さな公園だけど、九条さんは「懐かしい」と呟きながら嬉しそうにしている。
「昔と変わってないか?」
「うん、昔と一緒。砂場もブランコも……私が遊んだ時のまま変わってない」
九条さんの表情は嬉しそうに見えるし、泣きそうにも見える。
俺はただ「良かったな」とだけ言うと、九条さんは目の前のベンチに座りながら「うん」と一言だけ返してきた。
何分経ったか分からないけど、九条さんの視線は公園で遊ぶ子ども達を眺めたままだ。
……今は1人の方が良いかもしれない。
九条さんはこのまま眺めていそうだし、飲み物でも買ってくるか。
「自販機で飲み物を買ってくるけど何が飲みたい?」
「そうだね……ミルクティーって言いたいところだけど、食後だからお茶にする……藤堂くん、ありがとう」
俺は「ああ」とだけ返事をすると、入口の外にある自販機に向かいお茶を2本購入する。
公園に続く道を引き返しながら、ベンチに座る九条さんに視線を向けた。
「──は?」
意味が分からず、そんな声が出てしまう。
俺が見たのは九条さんだ。
だけど2人の制服姿の男も一緒に居て、九条さんと合わせて3人が視界に入っている。
2人の男は九条さんの前に立っていて、内容は分からないけど何か言っている様子だ。
その証拠に九条さんの表情がさっきまでとは全然違う。
「──なんだ、あいつらは。ふざけんな。泣きそうになってるだろ」
そう呟くと、気付いた時には走っていた。
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この回は大変だったよ(*´・ω・)
納得できる表現にならなくて何度も書き直したからね…
ちょっと今も書き直すか迷ってる感じ。
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