第28話 男友達と女友達

「その方が自然に使えるだろ?」


「うん、使いやすい。藤堂くんって凄いね」


「凄くはない。俺も小春ちゃんに教えてもらっただけだから」


「それでも凄いよ、私より上手だし。本当に良いのかな、無料タダで教えてもらっちゃって……」


 そう言った九条さんは、少し元気がなくなった感じに見えた。


「教えると俺の勉強にもなるから大丈夫だ。正直に言うと、俺も最初は小春ちゃんに言われた時は驚いた。だけど、やってみて分かったよ。メイクが上手になって、教えた子が可愛くなっていくのは見ていて楽しいと思った」


 今では小春ちゃんに感謝すらしている。

 好きな子と2人で居れる口実にもなってるし。


「……か、可愛くって……本当に私って可愛くなった?」


 九条さんは下を向いて顔が赤くなっていた。

 道具の使い方を変えるだけで上手くなったと思う。それもあって、次回メイクを教えるのが楽しみだ。


「うん、可愛くなった。あっ……元が可愛くないってことじゃないぞ。九条さんは前から可愛いけど、それがもっと可愛くなったっていうか──」


「──と、藤堂くん。も、もう良いよ。何度も可愛いって言わないで……」


「わ、分かった」


 可愛くなったかと聞かれたから、教えた立場として感想を伝えただけなのに。

 やっぱり九条さんって面白い子だ。


「でも、可愛いといえば、藤堂くんがアキちゃんになると本当に可愛いよね。女の私から見ても、羨ましいって思うもん」


 さっきまで下を向いていた九条さんは、俺の顔をジッと見始めた。

 今日はプライベート用のメイクを教えていたから、九条さんは髪を下ろして、コンタクトも外している。


 九条さんの気持ちが少し分かった。

 ジッと見られると恥ずかしいな。


「男だから『可愛い』って言われても嬉しくないけど、今はメイクの誉め言葉として受け取っておくよ。今日は教えてる立場だからね。とりあえず、今日はここまでにして片付けよう」


 テスト前という理由もあって、門限ギリギリまで教えたりはしない。

 九条さんもテスト勉強をしていると聞いていたからだ。


 そして、俺はメイクを落とすために席を立ち、洗面所に行こうとすると制服の袖を掴まれてしまう。


「藤堂くん、ちょっと待って。実はお願いがあるんだけど……」


「お願い? どうしたの?」


 言いにくいのか、少し深刻そうに見える。

 好きな子の頼みだ。できる範囲なら何だって叶えるぞ。


「あのね……」


 意を決したのか、九条さんは真面目な表情になったので俺も真剣に聞こうとした。


「私の制服を着て欲しいの! 私の方が少し背は低いけど、アキちゃんなら着れるでしょ? それで、写真を一緒に撮りたい!」


「イヤだ! 絶対に着ないからな!」





「あーあ。アキちゃんじゃなくなった……可愛いかったのにー」


 俺はメイクを落として、カツラも外した。

 それを見た九条さんは不満そうだ。

 そこまで制服を着せたかったのか……それよりも、言いたいことがある。


「あのさ、百歩譲って制服を着たとしよう。だけど、九条さんは恥ずかしくないのか? 脱いですぐの制服を俺が着るんだぞ」


 俺は想像しただけでも恥ずかしい。女の子の脱ぎたての制服──しかも、金髪碧眼の超美少女のだ。

 金を払ってでも着たいって奴も居るだろう……俺は絶対に着ないけど。


「他の人なら恥ずかしいよ。だけど、藤堂くんなら大丈夫。着るのはアキちゃんだから」


 そうか、今度こそ確信した……やっぱり男だと認識されてないと。

 悲しいけど、良い機会だから聞いてみよう。


「九条さんは、俺が男だって知ってる? もしかして女だと思ってないよね?」


「男の子だって知ってるよ。でもアキちゃんでしょ?」


「そうだけど……結局どっちなんだ? 俺は男友達か女友達のどっち?」


「うーん……どっちも? 藤堂くんは男の子にもなるし、女の子にもなるかな」


 それって見た目だけだろ……

 だけど少し分かった。九条さんの中では男にもなって女にもなるのか。

 女の部分があるのは悲しいけど、そこは問題じゃない。


 少しでも『男』だと認識されてるってことが重要だ。


「そうか、女友達と勘違いしてるかと思ってたよ」


「ふふふ、そんなことないよー。変な藤堂くん」


 変なのは九条さんだからね?

 メイクは小春ちゃんに言われて始めたし、映画や展望台は九条さんから誘われた。

 実は、俺から誘ったことは一度もない。


 だけど今日からは違う──


「九条さん。話が変わるけど、中間テストが終わったら遊びに行かない?」


「テストが終わった後? 良いよ。でも、どこへ遊びに行くの?」


 遊びに誘うという、第一段階はクリア。


「前に星が見たいって言ってたでしょ? だからプラネタリウムはどうかなって。少し遠いけど行ってみない?」


 ポケットからスマホを取り出して、画面を見せた。

 場所は西城駅から電車で1時間の距離で、近くには中華街もあってプランは完璧だ。


「……この場所」


「もしかして嫌だった?」


 スマホを見た九条さんの表情が少し暗くなったのに気付いた。


「ううん、違うの。昔のことを思い出しちゃって……このプラネタリウムのある街って、私が小学校の頃に住んでた場所なの」


「そ、それなら止めておこうか」


 やってしまった。九条さんのトラウマを思い出させる場所だった。


「……あっ、でも……行ってみたい。だからテストが終わったら行こうよ」


「本当に良いの? 無理してない?」


 九条さんの笑顔を曇らせてまで、行きたいとは思わない。


「大丈夫、藤堂くんと一緒だから平気。そうだ、中華街もあったから、星を見て美味しいご飯も食べたい」


「分かった。じゃあ、テストが終わった次の休みに行ってみよう」


「ふふふ、テストが終わるのが楽しみだね」


 俺と一緒なら平気……か。

 本当なら嬉しい言葉だけど少し複雑だな。

 九条さんが楽しいなら今はそれで良い。


 そして俺達はお互いの家に帰った。





 ──週末の中間テストの最終日。


「よっしゃー! これで終わったぞー! シュウのノートは凄いな! おかげで赤点は回避できたと思う!」


 隣で叫んでいるのは、サッカー部のエースストライカーだ。


「そうか、それは良かったな。とりあえず叫ぶのは止めてくれ。皆が見てるぞ」


 涼介はテストの手応えがあったんだろう。

 それは俺も同じだ。間違いは少なかったはずだ。


「ハハハ。シュウよ……それは無理だ! やっと地獄から解放されたんだぞ。叫ばずにはいられない。そうだ! クラスの皆、聞いてくれ! この前も言ったけど、この後は体育祭の練習をするからな! 黒板に練習する種目を書くから、見て欲しい」


 黒板を見ると、香織が練習種目を書いていて『玉入れ』も入っている。

 先にリレーの指導をして、その後に玉入れを練習する予定だ。


 強制参加じゃないけど優勝を目指しているから、ほとんどの人が参加する。


 そして、更衣室でジャージに着替えてグラウンドに向かった。

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