第12話 名探偵と助手

「……ただいま」


「秋也、どうしたの? そんな顔をしてるけど、涼介くん達と何かあったの?」


 そうだった、母さんには涼介達と会うと言ってたな。


「何もないよ。少し考え事をしてただけだから」


 九条さんと別れて家に帰ってきた。

 もう会わない様にしようと思っていたのに、どうしてあんな約束をしてしまったんだろう。


 自室に入ると、買ってきたラノベを机の上に置いて、ベッドに寝転んだ。


 本を読むのを楽しみにしていたけど、全く読む気になれない。

 そして、九条さんとの会話を思い出していた──





「良いよ。一緒に行ってみよう」


「本当? ありがとう。1人だと行ったら駄目って言われるから、今回は諦めるしかないかなって思ってたの」


 九条さんは凄く嬉しそうな表情だった。

 1人だと駄目……その言葉が本当なのか嘘なのか俺には分からない。


「だからって、そんな遠方に行く相手が俺で良いのか? 今日初めて会って、俺がどんな奴か分からないんだぞ? 遠方だと帰りも遅くなるかもしれないし、もっと自分を大事にしろよ。それに……そういう場所は俺じゃなくて、彼氏と行った方が良いんじゃないか?」


 聞かないと決めていたけど、聞かずにはいられなかった。

 個人に繋がる情報を聞かない条件を出していたけど、こんな聖地になってる場所には彼氏と行った方が良い。

 それに、帰りが遅くなるかもしれないのに……俺の考えは間違ってないはずだ。


 学校ではギャル友達やチャラ男達と一緒に居るから、知らない奴と遅くまで遊び歩くのは普通なのかもしれない。


 やっぱり「一緒に行っても良い」と言ったのは失敗だった。


「……居ないよ。彼氏なんて居ない……今まで彼氏なんて居たこと無い。それに、私は『誰でも良い』と思って誘ったりしないよ。映画だってリョウマくんだから誘ったんだよ」


 そう言った九条さんは、少し悲しそうな表情になっている。


「……俺だったから?」


「うん。さっき『俺がどんな奴か分からない』って言ってたけど知ってるもん」


 俺を知ってる? リョウマと呼んでるけど、俺が『藤堂秋也』だと知ってるのか?

 じゃあ、俺の秘密のことも……


「交換日記……会ったのは今日が初めてだけど、してたでしょ? それで、この人なら誘っても大丈夫と思ったからだよ。日記にはリョウマくんの人柄が出てたから……」


 ……焦った、そういう理由か。


「でも、良かった……リョウマくんが映画を面白かったと思ってくれて……そうじゃなかったら遠くの展望台まで行ってくれないもんね」


 アリス……いや、九条さんは『俺が映画を面白いと感じたから、舞台になった展望台も行ってみたい』──そう思ったらしい。





 でも、本当はそうじゃない。

 あの時「一緒に行っても良い」と言ってしまったのは、悲しそうな表情では無く、笑顔でいて欲しいと思ってしまったから。


 九条さんが、勘違いしてくれて助かった。


 そういえば……理由を聞いている時、彼氏なんか居ないって言ってたな。


 じゃあ、モデルの彼氏は?


 アリスが作られた姿だと思っていたけど、やっぱり逆なのか?

 あの時の九条さんを見ていると『アリスの姿が本当の姿』と思えた……違う、俺がそう思いたいのかもしれない。


 表情が豊かで、笑顔も可愛くて、少し恥ずかしがりやで、話していても楽しいと思えた女の子だから……


 香織や咲良と居る時には感じることの無い、不思議な感情だった。

 学校で見る九条さんには何も感じないけど、アリスにだけ抱いた感情。


 ……まいったな。


 映画に行くだけだと思っていたのに、こんなにも考えるとは思ってもいなかった。


 どちらにしても、九条さんと展望台に行くのは決まってしまったし、俺の秘密だけはバレない様に気を付けよう。


 ラノベを読む気にもならないし、勉強も集中できないから走りに行くか……


 この後は空が暗くなるまで走っていた。





 映画に行った日から2日が過ぎ、今日は涼介達と会う予定になっている。


 和真と久しぶりに会えるから、この日を楽しみにしていた。

 最後に会ったのは春休みだったから、1ヶ月ぶりか……


 待ち合わせ場所に着くと、咲良と和真の姿が見えた。


「和真、久しぶりだな。野球の調子はどうなんだ? 咲良に足を引っ張られてないか?」


「シュウ、久しぶり。咲良の呼び出しが多くて大変だけど、野球部の調子は良いぞ。そうだ、咲良から聞いたぞ。文芸部員になったんだってな」


 こいつの名前は『朝倉和真あさくらかずま

 咲良の彼氏で、俺のもう1人の親友だ。

 和真だけ同じ学校じゃないけど、同じ西城駅に学校があり、西城高校という公立の進学校に通っていて、その高校の野球部でキャプテンをやっている。


「野球部はそんなに良いのか? 今年の夏は期待できそうだな、予選は応援に行くから」


「甲子園はシュウ達の学校が同じ地区に居るから無理だけどな。でも、今年は良い所まで行けそうなチームだから、楽しみにしててくれ」


 俺達の通う東光大学附属高校は、涼介のサッカー部と同様に、野球部も甲子園の常連校として有名だ。


「和真がそこまで言うのは珍しいな。応援するのを楽しみにしてるよ」


 俺と和真が話している間、咲良は黙ったままだったけど急に話し始めた。


「私の呼び出しが大変なんだ。ふーん、そうなんだー。じゃあ、夜は1人で帰るから来なくても良いよ」


 その声は少し怒っている様にも聞こえる。


「あ、咲良。大変じゃないからな? 俺は喜んで一緒に帰ってるからな? おい、シュウも何とか言ってくれ!」


 とりあえず俺は『和真ガンバレ』と心の中で応援してあげた。




 咲良の機嫌が良くなった頃、涼介と香織も合流したので、俺達はファミレスに向かっている。


「そうだ、涼介。今年の夏は休みがありそうなのか? 野球部は引退してるから大丈夫だけど、涼介はまだ分からないんだろ? 予定が決まったら教えろよ?」


 涼介に言ったのは和真だ。

 夏の予定、それは毎年恒例の海水浴のことを言っている。


「たぶん大丈夫だぞ。1週間は休みが貰えるって聞いた。俺達は冬まで引退しないからな」


 涼介はJリーグと大学からスカウトが来てるから、受験勉強とは無縁だ。

 俺達も大学進学を予定してるから、来年から5人で会う機会が減るだろう。

 だから「絶対に今年の夏は海水浴に行こう」と話していた。





 ファミレスに入り、食事をしながら色々と話をしている。


「──涼介も和真も連休中なのに、休みなんて良く取れたな。おかげでこうして集まれたんだけどさ」


 涼介と和真、2人の休みの予定が合うのは珍しい。


「俺の野球部は昨日、練習試合を2試合やったから、それで休みが取れたんだ」


「サッカー部も似た感じだぞ。俺も昨日試合があったから、今日は休みになったし」


 やっぱり運動部は大変みたいだ。

 俺も中学の時は同じ様な感じだったから分かる。


「それで、シュウは連休中は何をしてたんだ?」


 聞いてきたのは和真だった。


「えっ、俺か? お、俺は……ラノベを読んでたぞ。後は走ったりしてたよ」


 本当は1ページも読んでいない。

 買ったラノベは、今も机の上で袋に入ったまま冬眠してるし、勉強すらやってない。

 ずっと外で運動をしていた……運動してる時だけは無心になれたから。


「走ってるって……だから言ったのに……だったら部活をすれば良かったんだ」


「部活はもう良いよ。走ったりトレーニングは1人でもできるからな」


 和真も涼介と同じことを言ってくる。

 その時、和真の隣に座っている咲良が話に割り込んできた。


「……ねえ、シュウくん。本当にラノベ読んだの?」


 いきなりどうした?

 実はずっと気になっていた。さっきから咲良は俺をジーっと見ていたからだ。


「読んだぞ。どうしてだ?」


「じゃあ、どんなタイトルの本?」


 本のタイトル?

 買った本のタイトルって何だっけ?

 3冊選んでいて、1冊を九条さんが買って、俺が2冊買ったよな。

 俺が買った2冊はどれだったかな……


「やっぱり、シュウくんが変だ! ……いつもと何か違う……女の匂いがする!」


「──っ! さ、咲良! な、何を急に……ある訳ないだろ!」


 咲良は何者だ……どこの名探偵だよ……

 さっきの会話の何処にそんな要素があったのか教えてくれ。


「本当に? タイトルも言えないし、連休の話になったら少し挙動不審になってたよ?」


 挙動不審って、一瞬考えただけだろ? ……そうか、咲良は小説のネタ探しで観察する癖があった。

 座席も目の前だし、何か気になったのかもしれない。

 とりあえず『名探偵咲良ちゃん』から全力で逃げるしかないな。


 そう思っていると『名探偵の助手』が颯爽と現れた。


「あー! 分かった! あの時のの話だ!」


 ヤツだ。普段は眠っている『眠っている小太郎』じゃなかった……涼介だ。


 あの時は話を理解してなかっただろ?

 どうしてこんな時だけ頭が起きるんだよ。

 それと、涼介……理解できていない香織に説明しなくても良いからな。


「──で、秋也隊員。どういうことかな? どうして隊長に報告しないの? 報告の義務を忘れたの?」


 そんな義務はない、勝手に作るな。

 俺は黙秘権を行使して、何も話さないし、何も言わない、口も開かないぞ。


 そうすると、また助手が余計なことを言い始めた。


「あれか! 青色のノートの女の子か? シュウ、そうなんだろ?」


 頼むから、授業中みたいに寝てろよ……


「涼介、青色のノートってなんだ? 俺にも教えてくれ。俺以外は知ってる感じだし、仲間に入れろよ」


 和真、ここで仲間に加わらないでくれ。

 そして、どうしてこうなった? 

 黙秘権を行使している間に、何故か4対1で俺が犯人みたいな扱いになっている。


「分かった、話すよ。話すけど……咲良、ネタ帳には書くな。見えてるからな」


 咲良はいつもと変わらない。


「シュウ、ノートは終わったって言ってたよな? どういうことだ?」


「まあ、そうだな。実はノートの交流は終わってなかったんだよ。皆には内緒にしてたけど、交流は続いてた。それで……一昨日、その女の子と映画館に行った」


 名探偵に追い詰められた俺は白状することにした。女の子の正体だけは絶対に言わない。


「シュウ、それってデートじゃないか! それで、可愛かったのか? 映画はどうだったんだ?」


 助手からの尋問だった。


「女の子は……凄く可愛かったよ。映画も楽しかった」


「それで、シュウくん。女の子の名前は? それと映画は何を観たの?」


 名探偵から更なる追及が来たけど、どう答えようかな……そうだ……


「映画は『幾千年の時を越えて──』を観た。女の子の名前は『アリス』だ」


 アリスと名乗ってたのは本当だからな。

 うん、嘘は吐いてない。


「あのチケット取れたの? 良いなー。私も観たいけど、連休中のチケットは完売してるんだよ」


 咲良は映画が見たかったらしい。

 このまま、アリスのことは忘れてくれ。


「そうか、アリスちゃんかー。不思議の国から来たって言ってたか?」


 涼介には『アリス』の名前がウケていた。

 でも不思議の国か……上手い言い方だな……今でも、あれは本当にあったことなのか信じられないから。


「シュウ、さっき涼介が変装って言ってたけど、それならシュウは偽名を教えたんだろ? なんて名乗ったんだよ?」


 ……今度は和真か。


「……リョウマって名前にした」


 これだけは言いたくなかった。


「リョウマ!? もしかして俺と涼介の名前から取ったのか? ハハハ、リョウマか!」


「おい、シュウ……リョ、リョウマって……プププッ……頼むから俺の腹筋を壊さないでくれ……ダメだ、腹が痛え……」


 絶対にこうなると思ったからな。


「シュウくん、アリスちゃんの連絡先は聞いたの? それと次の予定は?」


「連絡先は聞いてないし、次の予定なんてないぞ。映画だけ行って帰ったからな」


 九条さんと展望台に行くのはだ。

 こうして、4人の尋問が終わった。

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