第10話 リョウマとアリス


「……あの、青いノートが見えたので声をかけました。待ちましたよね?」


 隣から女の子の声がしたので、その方向に体を向けた。

 そして、女の子と顔を合わせた瞬間──



「──っ!」



 思わず息を飲んでしまう。


「あの、交換日記の人ですよね?」


 女の子の声で我に返るが、まだ信じられなかった。


「……そ、そうです」


「良かった。そのノートのしか見えなかったから、間違ってたらどうしようって思ってたんです」


 ノートの裏? 本当だ。

 壁を背に立っていたのに、ノートの表紙に書いている『交換日記』の文字も壁側だった。


「どうかしましたか?」


「……い、いや、何でもない」

 

 それよりも、この女の子にずっと魅入ってしまっている。



 ──金髪で碧眼の女の子に。



 金色のストレートロングの髪型に、吸い込まれそうな青色の瞳。


 春らしいワンピースで、その上からは薄いピンク色のカーディガン。

 控え目だけど、その髪と瞳の色に合っている。


 交換日記の相手は、もの凄く可愛い外国の女の子だった。


「そろそろ開演が近いから行きませんか?」


 こう言うだけでも緊張してしまう。

 映画館の中に入り、女の子の隣を歩いているだけなのに、俺の心臓はバクバクと音を立てている。


 そして、飲み物を買おうと売店に向かっていると、女の子は戸惑いの表情で俺を呼び止めた。


「す、すみません。どう呼べば良いですか? だって名前が分からないし……」


 そうだった、名前を隠すことしか考えていなかったからな。


「確かにそうですよね。俺は……」


 俺もどう言えば良いのか分からない。

 秋也しゅうやだから秋の字を取って別の言い方だと……アキか。


 いやいや、余計にダメだろ。

 そうだ、思い付いた──


「──リョウマ。……リョウマって呼んでくれたら大丈夫です」


 涼介と和真、悪いな……名前を借りたぞ。

 涼介の『涼』に、和真の『真』でリョウマの完成だ。


「えっと、じゃあ、リョウマくんと呼んで大丈夫ですか?」


「そ、それで大丈夫です。はどう呼べば良いですか?」


 上目遣いで、恥ずかしそうに『リョウマくん』って呼ばないでくれ。

 この子の破壊力は凄まじいな。

 でも、助かった……これで『秋也くん』と本名で呼ばれたら心臓に悪すぎる。


「えっと、私は、くじょ……じゃなくて、ア、アリス……アリスです」


「それなら、アリスさんと呼びますね?」


 彼女の姿を見てると、少し冷静になれた。

 俺が呼び方を聞いたら、何故か挙動不審だったからだ。


「あの、アリスさんって呼びにくい感じだから、アリスで良いですよ」


「分かりました。じゃあ、アリスって呼びますね」


 俺も呼びにくいと思っていた。

 それよりも……


「お互いに敬語は止めませんか? ほら、日記みたいな感じっていうか……もっと普通な感じで話した方が楽でしょ?」


 緊張してるから、少しでも話しやすくしたい。そうじゃないと、俺がHPがゼロになってしまう。


「そうですね、分かりまし……ううん、分かった。じゃあ、リョウマくんも普通に話してね」


 普通に話すと余計にもたないかもしれない。その笑顔は反則すぎる。


「分かった。俺も普通に話すから。飲み物も買ったし、席に行こうか」





 俺とアリスは席に座り、映画の上映を待っている。

 その間はお互いに無言だったけど、スクリーンに映る宣伝映像のお陰で耐えられた。


 アリスか……留学生の子だったのか。


 学校は海外との交流が盛んで、部活や学業で海外に行った人が何人か居る。

 反対に、海外からの受け入れも多く、留学生は各学年に10人は居たはずだ。

 アリスもその中の1人なんだろう。


 いつもは家族と映画に行くと聞いていたけど、留学生だから家族は海外か。

 1人で行ったらダメって理由も分かった。

 娘が海外で「1人で外出する」と言って、許可を出さなかったんだろう。


 1人で日本に来て、友達を作るのが上手くいかなかった。

 だから木の下で1人で居たのかな。


 アリスが日本に居る間は、俺が友達になって楽しませたい──そう思えた。



 しばらくして映像が変わり映画が始まる。



 始まりは現代の日本──


「今は織姫と彦星が会ってるんだよね。どの辺なのかな?」


「あの辺じゃないか」


 七夕の日に、2人の男女が天の川を見ながら語り合っているシーンだ。


 そして場面は織女しょくじょ牽牛けんぎゅうの2人に切り替わる。


 この後、天帝に直訴するんだよな。

 へー、この場面はこう表現したのか。

 ここは原作で俺も少し泣きそうになった。


 2人が「別の星で再会しよう」と約束をしていて、その願いが届く場面になる。


 それから、会えないまま輪廻転生りんねてんせいを繰り返しているシーンが続く。


 2人の主人公は同じキャストが演じていて、色々な時代で生まれ変わっても違和感を感じない。

 メイクや衣装で上手く表現されている。


 そして、クライマックスが近付く。


 俺は、この辺りから映画を見れなかった。

 


 ──アリスが泣いていたからだ。



 俺も泣きそうになったけど、アリスが泣いているのに気付き、その青色の瞳から流れる一筋の涙が、とても綺麗だった。


 アリスはハンカチを出すのも忘れて、スクリーンを見ている。

 俺はポケットからハンカチを取り出して、アリスにそっと差し出した。


 それに気付いたアリスは、潤んだ瞳を俺に向けてくると、恥ずかしそうにしている。

 俺が無言で頷くと、少し微笑んでハンカチを受け取ってくれた。



 それからは映画に集中できなかった。





 スクリーンに流れるエンドロールも終わり、観客は次々と席を立っている。

 アリスがずっと泣いてるから俺達は座ったままだ。


「アリス、大丈夫か?」


「……うん、大丈夫。ハンカチありがとう。でも、どうしよう。私が使っちゃったもんね」


「家で洗うから大丈夫だ。だから、気にしないで良いよ」


 そう言ったけど、アリスはハンカチを渡してくれない。


「私が洗ってくる。洗って返すから……」


「洗って返すって……どうやって返すの?」


 学校で1人のアリスと友達になろうとは思っているけど、クラスは教えられない。

 こんな金髪碧眼の美少女が俺を訪ねて来たら、クラスは大騒ぎになる……特に涼介と香織が騒ぐのは分かってるからな。


「交換日記と一緒に置くつもりだけど……もしかして、私と会ったから交換日記も嫌になった?」


「ち、違う。嫌じゃない。ア、アリスが続けてくれるなら俺は喜んで続けるよ」


 ……だから、その表情はダメだって。

 本の貸し借りをした時と同じ方法があったのを完全に忘れていた。


「ありがとう。じゃあ、洗って返すからね」


 アリスが泣き止んだので、俺達も席を立ち映画館を出る。

 そして、先日から言おうと思っていたことを思い出した。


「アリス。映画のチケットだけど、俺の分を払うよ」


 ポケットから財布を取り出して、アリスにお金を渡そうとする。


「私が行きたかったから誘ったんだよ? だから要らないよ」


「いや、でも……」


 アリスは何度言っても、お金を受け取ってくれなかった。

 何か方法はないか……と考えて、1つの方法が浮かぶ。


「お腹は空いてないか? 今は昼過ぎだし、何か食べない? 映画代の代わりに今度は俺が払うからさ」


 お金を受け取ってくれないなら、俺が別で払えば良い。我ながら良い考えだ。


「お腹? そういえば少し空いてるかな……うん、分かった。じゃあ、お昼はリョウマくんにご馳走になるね。ふふふ……何にしようかな? お寿司? それとも、コース料理も良いね」


 バイト代があるけど、俺の財布の中身は大丈夫なのか? 少し心配になってきた……





「リョウマくん。いただきます」


「ああ、好きなだけ食べてくれ」


 俺達はショッピングモールにある、バイキングの店に入った。

 さっきはアリスの冗談だったらしい。


「ふふふ、そんなに食べれないよ」


「そうか、それは残念だ。アリスが好きなだけ食べる所が見たかったんだけどな」


 それと意外に思ったのが、アリスは話しやすい女の子で性格も明るい感じだから、どうして友達が居ないのか不思議に思える。


 あと、もう1つ感じたのが──


「──アリスって、日本語が上手だな。ずっと思ってたんだ」


「えっ……う、うん、ありがとう」


 誉められて驚いてるのか?

 日本語が上手だと思ったのは本当だ。


 あれ? 考えたら交換日記をしてた時にも思ったけど、字が綺麗だった。

 それに、俺よりも文章を書くのが上手だったし……


 ……なにか変じゃないか?


 アリスって本当に留学生?

 聞いてみたいけど、聞けないからな……

 個人に繋がる情報を聞かない──この条件を出したのは俺だ。


 それと目の前に座っているけど目立っているせいか、周りの人もアリスをチラチラと見ている。


 留学生でも、こんな金髪で碧眼の可愛い女の子は見たことない。

 会った時も直視できなかったし、映画館では隣だったから、目の前に居るとそう思う。


「……あの、食べてる所をジッと見られたら恥ずかしいんだけど」


「あっ、ごめん」


 それに、この声も聞き覚えがある。

 何処で聞いたんだ? それも最近……

 俺の知ってる金髪の女の子って、1人しか居ない……クラスに居る子だ。



 目の前のアリスの顔を見て気付いた──



 ──九条さん?



 ──アリスは九条さんだ。



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