第89話 春風双葉はかりだしたい!

 体育祭。

 注目される種目の部活対抗リレーを最後に午前を終えた俺たちは、教室で昼食を食べていた。


「……暑い」


 六月となるとやはり暑い。

 真夏と言うほどではない物の、微妙な暑さに俺は項垂れていた。


「そんなんで組別対抗リレー大丈夫かぁ?」


「……もちろん全力でやるつもりだよ」


 煽るように愉快そうに言ってくる虎徹。

 200メートル走の時の意趣返しだろうか。

 虎徹は200メートル走しか出場していないため、あとは午後にあるクラス全員の大縄跳びで終わりということでプレッシャーもあまりなく、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった様子だ。


 ただ、その大縄跳びも午後の部の一発目に行われる。

 食後に……しかもいきなり暑くなったこの気温の中、いきなりジャンプ運動をすれば気分も悪くなりそうだ。

 何でこんなプログラムにしたのか、説明が欲しいものだ。


「今更だけど、もうちょっと色々出ておけばよかったかなぁ……」


「二種目なら十分じゃない?」


「障害物競走とかも楽しそうだし、せっかくだから応援団とか入っても良かったかなって」


 応援団はクラスの男女一人ずつが参加し、午後の最終種目である組別対抗リレーの前に応援合戦を行う。

 クラスによって人気はまちまちで、応援団に入りたいと争奪戦になるクラスもあれば、全員がじゃんけんをして負けた人が強制的に選出されるクラスもある。俺たちのクラスの女子は後者のため、花音が立候補していれば参加できていた。


「最近、せっかくだから遠慮せずに学校生活を楽しみたいなって思ったりしてる。……もう三年生だけどさ」


 照れ笑いをしながら言う花音。花音の言葉に若葉は「おー……」と反応し、虎徹も驚いた表情を浮かべている。


 俺も少しだけ意外だと思った。

 花音も変わりつつあるのだ。


「……なんかやる気出てきた」


「えっ?」


「いや、俺も全力で体育祭を満喫したいなと思っただけだよ」


 俺がそう言うと、花音は不思議そうな顔をしている。


 今は赤組と白組、僅差ではあるが赤組にリードを許していた。

 いい思い出になるように、できるなら……俺のできる範囲で白組を勝たせるために努力をしたい。残りの種目に力を注ぎたいと考えたのだ。


 この体育祭は花音との……虎徹や若葉、友達との思い出を作りたい。

 今更かもしれないが、俺はそう考えていた。




 午後の部。

 昼食直後の大縄跳びは無事終えることができた。

 暑さによって体力が消耗するため、胃の中もすぐ消化してくれたのだろうか。


 そして障害物競走の後、花音が出場する借り物競走だ。


 そこで手を振って来たのは花音……ではなく双葉だった。


「せんぱーい、応援してください!」


「……なんで出てるんだよ」


「大縄跳びで体調崩した子がいたので、代打です!」


 悲しいかな。

 やはりこの体育祭のプログラムには問題しかないようだ。


「よく走るなぁ……」


「運動部ですし、文化祭よりも私の力が活きる時ですよ!」


 ――言いたいことはわからなくもない。


 多くの生徒は文化祭の方が楽しみだと考えている。

 しかし、スポーツコースや運動部の生徒が活躍することで、体育祭も見物客として盛り上がることができるのだ。


 特に双葉のように人気のある生徒は、活躍するだけで盛り上がる。

 マンガやアニメのようかファンクラブというのもは存在しないが、男子ウケのいい性格と容姿をしている。

 女子とも分け隔てなく接しているため、男女共から支持を得ている。


 友達や好きな人、気になる人が頑張っている人を応援したくなるのは自然だろう。


 実際、双葉が体育祭を盛り上げているのも事実で、現に双葉を見たいがために、かなりの生徒は競技に注目していた。


「とりあえず、先輩が当てはまりそうなら借りていきますねー!」


「えぇ……」


 一緒に走るのは面倒だ。

 しかし、真っ先に俺を選んでくれることには、先輩として嬉しく思うところはあった。


 そして、二年生女子の借り物競走がスタートする。


 純粋な足の速さで競うわけではないため、誰にでも勝機がある。

 ただ、足が速ければ、有利なのは間違いない。


 双葉は他の生徒よりも早く借り物のカードが置いてある場所に到着する。

 他の生徒よりもワンテンポ早く借り物を探すことができるのだ。


 そして、カードの内容を見た双葉は、宣言通り俺の方に向かってきた。


「せんぱ……颯太先輩! 来てください!」


「お、おう」


 手を伸ばして俺を求めてくる双葉に、慌てながらグラウンドに出る。


 普通ならここで手でも繋ぐものなのだろうが、双葉は俺の手首を掴むと走り出した。


「ちょっ……はやっ!」


「アクセル全開で行きましょう!」


「法定速度違反してるから!」


 足の速さ自体はあまり変わらないのだが、急に走り出したことと、引っ張られていること、そしてバランスを崩したままで走り出した俺は、まるで無理やり散歩に連れていかれる犬のようになっていた。

 ……男女の違いがあるのにそれはどうなのかというツッコミはなしだ。


「ってか、お題なんなのさ?」


 俺は引っ張られたまま、カードに書かれていた内容を尋ねる。

 そもそもお題と俺が一致しているのかという疑問もあるのだ。


 後ろからわずかに見える双葉の横顔から、不敵な笑みを浮かべるように口角が上がったのがわかった。


「愛しの人ってお題ですよー」


「そんなお題があってたまるか!」


 恋人がいない人は達成不可能なお題だ。

 お題の内容自体は、誰でも達成可能な内容になっているというのが毎年の恒例だ。


 ――友達がいない人が、『友達』という内容を引いてしまえば、ゴールできなかったということはあるかもしれないが。


 少なくとも、恋愛関連は時には人が傷つくため、お題に入れられないことは決まっているという話は有名なことだった。


「どうせ、ゴールしたらわかるので、その時のお楽しみで!」


 そう言った双葉は、さらにスピードを上げる。

 ――まだ本気じゃなかったのか。


 他の生徒たちも借り物を決めてゴールに向かっている。

 俺はゴール付近の応援席にいたため、二人でグラウンドをほぼ一周する羽目になった。

 ルール上では借り物を借りるとき以外は走路から外れるのは禁止されているため、直接ゴールに向かえば逆走してしまうのだ。


 ただ、距離自体は長くはなく、周りの緩い雰囲気とは違って本気の双葉は追随を許さずに一位でゴールした。

 あとはお題が合っているのか……という問題だ。


「春風さん、お題はなんですか?」


 係員の生徒にマイクを向けて尋ねられると、双葉はハツラツと答えた。


「お題は……『尊敬する人』です!」


 双葉がそう答えると、周りがざわついた。


 ――それもそうだ。


 校内では有名な双葉が『尊敬する人』で連れてきたのが俺なのだ。

 クラスメイト……せめて同級生などであれば関係性もわからなくもないが、学年も立場も違えば、疑問に思う生徒も多いだろう。


 しかし、係員の生徒は秋名と言い、三年生で女子バスケ部だ。

 双葉繋がりで話したことはあるため、顔見知りだった。


 もしかしたら双葉が俺に関する話を秋名たちにしていたのか、何か察するところはあったのだろう。

 平坦な声で「クリアです」とだけ言い、お題をクリアして一位が確定した。


「双葉ぁ、女子バスケ部の先輩じゃなくて青木くんを選ぶって何事だ」


「ひぃ、許してください!」


 そんなやりとりをしながら二人はふざけ合っている。

 もっとも、秋名はすぐに二位以降の人の元に向かったため、一瞬の話だが。


「……なんで俺?」


「一番尊敬してるのが先輩ですから!」


 ……わからん。


 今までも言われることはあったが、冗談半分かと思っていた。

 しかし周知の事実になっているということで、『実は本当に双葉は俺のことを尊敬しているのか?』という疑問を抱く。


 先輩に対するものとはいえ、ストレートに気持ちを伝えられると照れてしまう。

 むず痒い何とも言えない感情に、俺は振り回されていた。

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