第57話 本宮花音は暴露する

「じゃあ、颯太は本宮送って帰れよ」

「そのつもりだけどさ……」

「俺は若葉送ってくから」

「隣じゃんか!」

 片付けを済ませて解散して。ちょうど予定していた十時前のことだった。

 夜も遅いため、花音を一人で帰らせるつもりもなく、俺は送っていくつもりだった。

 しかし、虎徹は元々花音を送るつもりもなく、家が隣の若葉を送っていくだけのようだ。それはそれで釈然としない。

 ただ虎徹にも考えがあったようだ。サンタコスから私服に着替え直している花音がこの場にいないこともあり、虎徹はぶっちゃける。

「俺らの中でさ、本宮が一番心を開いてるのって颯太だろ?」

 そう言われてしまうと、俺は自覚があった。

 虎徹と若葉も、花音の本性がバレて以来少しなりとも仲が深まってはいる。そして今日だけでも距離はだいぶ縮まっただろう。

 それでも花音が本当のことを話したのは俺が初めてだ。色々と流れもあったとはいえ、黙っていてもいいことを自ら話したのは俺だけで、素を出していても一番遠慮がないのは俺だった。

「今日も色々あったからな。俺らがいるよりも、颯太だけの方が話しやすいこともあるだろうし。……まあ、送っていくのがめんどくさいっていうのもあるけどな」

「そういう素直なところ、俺は好きだぞ」

「あ、男子は恋愛対象じゃないから」

「そういうことじゃないんだが……」

「……まあ、フォローは任せた。

 茶々を入れながらも虎徹は真剣に考えてのことだった。俺はその意図を汲み取り、頷いた。

「お待たせー」

 着替えを終えて戻ってきた花音。

 俺たちは今日を惜しみながら、虎徹の家を後にした。


「いやー、楽しかったね」

「そうだなぁ」

 色々とあったものの、楽しい一日というのは変わらない。そのあったも、決してマイナスな出来事ではないからだ。

 そしてプロポーズ……ではないが、意図せずともそのように聞こえる発言をしてしまったこともあり、気まずい沈黙が流れる。

 この状況を変えたいところだが、どうにもままならない。俺はしばらく沈黙したままだったが、何も話さないというのは味気なく、口を開いた。

「花音はさ、冬休み暇な時間ある?」

「え!? あ、うん」

 さっきの今でこの発言は勘違いを生む気がしたため補足する。

「結局みんなで遊ぶ予定とか立ててなかったなって思ってさ。今のうちにある程度決めておこうかなって」

 四人で遊ぶには、俺と花音の予定が合うことが前提だ。二人で日程を絞っておいて、後で虎徹と若葉に聞けばおのずと合うのだ。

 やはり勘違いしていたのか、花音は「あ、そういうことね」と言うと考えた後、口を開いた。

「明日とかは暇だけど急だし、年末年始とかはバイトも入ってないよ。短い時間で結構入れてるからそれまではあんまり空いてないけど。……あとは学校始まる直前も、宿題やりそびれてた場合のために空けてある」

 そうやってすり合わせてみると、俺たちの予定が合うのは三十、三十一と二日、五日の四日間だ。

「じゃあ連絡……っていうか、グループ作っておくか」

「確かに作ってないね」

 メッセージアプリのグループ機能を俺たちは使っていなかった。

 今日のクリスマスパーティーもそうだが、若葉が主導して連絡しているため、個人で連絡するだけでも事足りていたのだ。

「じゃあ、今から作るか」

 学校近くまで来ていた俺たちは、休憩がてら近くのコンビニに入る。念のため個人に『冬休みの予定相談したいし、グループ作るわー』とメッセージを送り、グループを作った。

 早速入ってきた二人と予定を合わせつつ、せっかく入ったコンビニのため肉まんを買ってから出た。

 熱々の肉まんを頬張りながら、花音は感慨深く呟いた。

「予定結構埋まったなぁ」

 俺も花音もバイトくらいしか予定がなかったため、一気に予定が埋まる。

 部活がある若葉はあまり予定が合わないが、四人で遊ぶ予定もできた。

「なんかさ、最初は怖かったけど、藤川くんって良い人だよね」

「そりゃ、俺の親友だからな。俺も最初はヤンキーかと思って怖かったよ」

 誤解を生みやすい虎徹だが、その性格を知ってみれば無愛想で目つきが悪いだけで、良いやつなのだ。目つきが悪いのは気にしているが、それを利用することもある面白いやつだ。

「虎徹こと好きになったとか?」

「それはないけど、趣味は合うからそこは嬉しいかなって。ほら、今まで共感してくれる人いなかったし。もちろん、颯太くんも話せるし、若葉ちゃんも理解してくれてるから嬉しいんだけどね」

 普段は猫を被っている花音にとって、オタク趣味というのは辞められないものなのだろう。それでも完璧を求める花音にとって、イメージにない趣味は隠さなくてはいけないのだ。

 辞めれば済む話ではあるが、辞められないというのは、それだけ花音にとってオタク趣味は譲れない大切なものなのだ。

「……っていうかさ、藤川くんのこと好きかどうか聞くって、プロポーズしてきた人が言うことじゃないよね」

「だ、だから違うって!」

 俺は慌てて否定する。花音はニヤニヤと笑いながら俺の方を見ていた。これはわかってて言っている顔だということがすぐにわかった。

「まあ、真剣な話。私が今一番信頼してる人って颯太くんなんだよな」

 率直にそう伝えられ俺は顔が熱くなる。

 またしてもからかっているのかと思ったが、その顔は言葉通り真剣そのものだ。

 花音は肉まんの最後の一口を平らげると息を吐く。寒さを象徴するような白い息だ。

「私だって女子高生だから、恋愛に興味はあるよ。恋愛はしたいけど、……でもしたくないと思ったりする。初恋もまだだし、大切にしたいと思ってる」

 その気持ちはわからなくもない。

 美咲先輩と似たような話をしたが、恋愛したいからと言って、とりあえずで適当に付き合いたいとかはしたくないのだ。

「なんで言うかね、裏切られたくないってことかな。友達でも喧嘩したら仲悪くなったりするけど、基本的にはなんだかんだで縁はある。恋人同士って喧嘩とかそういう理由がなくても一緒にいられなくなるじゃん? 友達って関係なら続いてた関係が、恋人ってなるとダメになる」

「……関係が壊れるのが嫌ってこと?」

「そう、なのかな? 確かにそうかも。普通に付き合って別れてって色々あると思うけど、そういうのは嫌だなって。学生の恋愛なんて、学生の私が言うことじゃないけど続くもんじゃないし。大人になってもそれは変わらないにしてもさ、少なくとも色々と違うじゃん?」

「……恋愛するなら結婚したいってこと?」

 俺がそう尋ねると、花音は耳まで真っ赤にし、「遠回しに言ったのに」と呟いた。

「花音は裏切られるとか、そういうのが嫌だから恋愛しないってこと?」

「それはあるかな。そんなこと言ってずっと怖がってたら、一生できない気がするけどね」

 どれだけ信頼していようとも、結局裏切られる可能性は全くないわけではない。その理由が相手が嫌だからとか、他の人が好きになったからだとか、色々あるにしても『絶対』なんてものはないのだ。

「話は戻るけどさ、颯太くんのこと、意識してないわけじゃないんだよね。……って本人に言うことじゃないけど」

 流石に聞いてて照れることだ。高揚する気分を抑え、花音の言葉の続きを聞く。

「藤川くんは正直、恋愛関係とかはないかなって。その辺の価値観合わなさそうだし。だから颯太くんのことは嫌でも意識しちゃう」

「嫌なのか……」

「言葉の綾だよ。……なんだろ、意識はするけど恋愛感情がないって言うか、アニメでよくある『気付いてない』とかはあるかもしれないけど、付き合いたいとかは思わないって言うのかな?」

 つまり、花音が俺にしている『意識』というのが、恋愛感情なのかどうかわからない……恐らくは違うと言いたいのだろう。例えるなら、可愛い子を見ててドキドキしたとしても、だからと言って実際に付き合いたいと思うかどうかは別の話ということだ。

「想像できないんだよね。手を繋いだり……くらいはまだ良いかもだけど、それ以上のこととか。キスしたりえっちなこととか、別にしたいと思わない」

「そんなこと考えたことあるの……?」

「……口が滑った。でも、颯太くんは私とそういうことするの考えたことないの?」

 そう言われてしまうと否定ができない。そこまで考えてはいないが、頭をチラつくことは少なからずあった。

 俺は肯定も否定もしなかった。

「そもそも、そういうの想像されるの嫌じゃないの?」

「まあ、良い気分ではないけど。颯太くんだからぶっちゃけるけど、想像して口に出さなければ自由かなって。言わなければ誰も傷つけないわけだし、想像したかどうかなんてわからないし。知らない人でも知ってる人でもそんな話聞きたくはない。私は言っちゃったけど」

「言っちゃったなぁ……」

 話を逸らしている時点で花音にはバレているだろう。ただ、それはお互い様だ。

「想像してたかどうかなんてわからないし、想像されたくないなら誰とも会わないとか、外に出ないとかしか無理なんだよ。実際されてないかもしれないわけだし、そんなのわからない」

 気にしすぎても、ただの被害妄想だってあり得る話だ。

「また逸れちゃったから戻すけど、少なくとも想像してみる相手にはなってるってことかな? 他の人とは想像したくもないし」

 その話を聞くだけで、一応恋愛対象には入っているのかもしれない。花音は否定しているが、候補の候補くらいにはなっているのだろう。

「なんか変な話になっちゃったけど、私もぶっちゃけたんだから颯太くんもぶっちゃけて」

「そんな無茶な」

 意図してか、していないのか、どちらにしても勝手に話しておいて聞かせろというのは酷い話だ。

 それでもなんとなく、答えておかなければいけない気がしていた。

「まあ、花音と付き合ってみたいとか、そういうのは考えたことあるよ。素を知らなくても人気者の『かのんちゃん』だったわけだし、素を知ってからは仲の良い女友達の『花音』なわけだし。付き合ったら楽しいだろうなって」

 俺が言える精一杯のこと。と言うよりもその程度のことしか考えたことはない。

「結局さ、花音って付き合うなら遊びじゃなくて、結婚前提ってことだよね?」

 答えとしては最初の方の話でわかっていた。花音が恋愛をしたくないと思うのは、花音自身言っていたように別れたくない……裏切られたくないからだ。

 それを考えれば、結婚が前提という話になってくる。

「だいたいはそんな感じ。でもちょっと違うかな」

 そう言った花音は少し考えて口を開く。

「前提ってことは別れるかもしれないし、なんか違う。いや、意味としてはそうなのかもしれないけど、『絶対に結婚する!』ってなってから付き合うっていうのかな。少しでも別れる可能性があるのは嫌。結婚しても離婚するのは嫌。言ってることはちゃめちゃかもだけど」

 付き合うというのは、結婚を見据えて相手を見極める期間だと俺は思っている。花音は友達の間にそれを済ませておきたいということらしい。

 なかなかおかしなことを言っている。

「自覚してるけど、私って重くてめんどくさいんだよ。だから少なくとも、誰かと関係を進展させたくない。……少なくとも、今は」

 小さく呟きながらも強調した『今は』という言葉が重く感じられた。その『今』がいつまで続くのか、それは花音にさえわからない。

「恋愛って絶対にしないといけないわけじゃないしな。無理する必要はないよ」

 そこに尽きる。

 誰が相手だとしても、それは今じゃなくても良い。

 そしてしばらく、また沈黙する時間が続く。花音は立ち止まると、「ねえ、颯太くん」と言い、俺の目を真っ直ぐ見た。

「さっきのプロポーズの話……違うってことはわかってるんだけど、もし本気なら少しくらい考えてもいいよ」

 花音はそんなことを言う。

 その眼差しは真剣そのもので、決して誤魔化せるものではなかった。

「……俺は花音のことは好きだけど、俺も恋愛感情ってわけじゃないから。簡単に『本気』なんて言えない」

 お互いがお互い、告白に近いことを言っている。しかし、そこに恋愛感情はない。

「ごめん、私が言えることじゃなかったね。そもそも最初に『勘違いしないで』って言ったのは私の方だ」

 そう言われて、俺は花音と仲良くなったきっかけ……花音の素を知った時のことを思い出した。カラオケに行き、その帰りに言われた言葉である。

「だからさ、この話は忘れよ。このぶっちゃけた話とかは何もなかったっていうことでさ、これからも今まで通りが良い」

 花音はそう言って苦笑いをする。自分で言って、結局自分で否定しているのだ。そんな顔もしたくなる。

「だからさ、颯太くん。これからも、『勘違い」しないでね?」

「……わかった」

 俺の答えを聞いた花音は満足そうに笑うと、スッキリした表情でいつも通りに戻っていた。

「今日、クリスマスパーティーの時に色々としてた話のことにもなるけどさ、私は颯太くんのこと信頼してるから、今まで言わなかったこと一つだけ教えてあげる」

 そう言った花音はくるりと振り返り、俺とは逆の方を向いた。そこには立派なマンションが建っている。

「私の家、ここなんだ。何号室かは教えないけど」

「お、おぉ……?」

 外からは部屋の入り口が見えないオートロックのマンション。俺の実家は一軒家のため家賃などは想像もつかないが、相当高いのだということはわかった。

 そして花音の家は、いつも送って行っていた公園よりも手前……学校寄りに位置していた。徒歩一分程度だが。

「言いたくなかったんじゃないの?」

「そりゃね。この家に住む前に……小学生くらいかな? ストーカーされたことがあったから念のため用心して。そのストーカーも気づいたから交番に案内してあげたけど」

 普通ならトラウマものの出来事だが、花音はあっけらかんとしている。サラッと言っていたが、俺は動揺を隠せない。

「そんなことあったら教えたくもないよな……。逆に知って良いのか不安になるんだけど」

「颯太くんがストーカーとかする度胸あるなら、夜道に送ってってもらったことなんて何回もあるし、その時に襲われてるよ。信頼してるとか、口では簡単に言えるけど、行動しないとって思ったからまずはこれからね」

「そうか。まあ、家の前まで送っていけた方が心配しなくても良いし安心だけど」

「なら良かった。これからも色々と言いたくなったら言うから、楽しみにしててね」

 何を楽しみにしておけば良いのかわからないが、俺はとりあえず頷いた。

「じゃあ、送ってくれてありがとう。また今度。……気をつけて帰ってね」

「ああ、また今度」

 そう言って花音はマンションの中に消えていく。俺もその場を後にし、帰路についた。


 少しだけ、ほんの少しだけ、俺のラブコメは動いた気がする。

 それは時計の針、しかも秒針くらいの僅かなものだった。

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