第55話 かのんちゃんを祝いたい!
「えっ? ……えっ?」
困惑を隠せない花音。
それもそのはず、花音が着替えるまでは運命ゲームは出しっぱなしだったが、今は綺麗に片付けられておりテーブルが置かれ、さらにはその上にケーキまで置かれているのだ。
生菓子のケーキは当然今日買った物。しかし、四人で戻る際に買ったのはクリスマスケーキ。テーブルに置かれているのは誕生日ケーキだ。
「いつの間に……?」
「ネタバラシすると、私が昼ご飯買いに行った時だよ! 私の家で保管してて、さっき運命ゲーム取りに行った時に持ってきたんだ!」
常に行動を共にして隙がないように見えていたが、実は隙だらけだった。
花音と虎徹は準備をしてから部屋で待っててもらい、そのタイミングを見計らって俺たちは虎徹の家に入り、冷蔵庫にケーキを入れてから虎徹の部屋に入ったという流れだ。
「もちろんクリスマスケーキとは別だよ! ケーキは冷蔵庫に入ってるし」
そう言って若葉は冷蔵庫に視線を向けるが、正直真っ暗でよく見えない。
「このまま話しててもなんだし、とりあえず火消さない?」
話しているうちにだんだんとロウソクが溶けてきている。『17』と数字の形のロウソクだが、かろうじて原型を留めてはいた。
「ささ、座って座って」
若葉が促し、ソファに花音を座らせる。
虎徹は携帯を操作し、誕生日の定番の曲を流す。
そして三人は曲に合わせて歌う。この年齢になって歌うのは気恥ずかしさを感じるが、花音に喜んでもらえるならという想いからだ。虎徹もぶっきらぼうに歌っている。
曲が終わり、「おめでとー!」と主役よりもテンションの高い若葉に合わせ、花音はロウソクの火を消した。
真っ暗になったリビング。電気が付けれずに最後は締まらなかった。……携帯のライトを使えば良かったことに気が付いたのは、明るくなってからのことだった。
主役の花音を中心として写真を何枚か撮った後、四人でも撮る。
ケーキを切り分けてそれぞれに配り、ようやく落ち着いくと花音は切り出した。
「クリスマスケーキ、チョコにしようって言ったのはこのためかぁ……」
「あはは、そうだよー」
誕生日ケーキとクリスマスケーキを合わせると、ホール半分となる。流石にクリームのケーキだけでは飽きてしまうこともあり、クリスマスケーキを決める際に若葉はチョコを強く推した。
「チョコが死ぬほど好きって言ってたけど、同じ味だと飽きちゃうからねぇ。あ、余った分は妹に食べさせるから、無理しないでね」
どうやら初花ちゃんは甘いものが好きなようで、若葉曰く「むしろ余らせてきて」とのことらしい。
「まあ、色々聞きたいことあるんだけどさ……」
理解が追いついていない様子の花音はどこか上の空だ。いつものような元気はなく、落ち着いている。
「ありがとうね。嬉しい」
力のない笑顔を見せた花音。ただ、本心からの笑顔にサプライズした甲斐があった。
「それで聞きたいことっていうのは、何で私の誕生日知ってたの?」
四人で話す時、一度も誕生日の話は出なかった。
「私たちって、三人とも夏とか秋なんだよね。だからまだ先だけど、かのんちゃんはどうなのかなって。聞いてみて近かったらサプライズとかできないし」
俺たち三人は普通に祝っている。なんとなく誕生日を教え合ったため、サプライズしようにも見破ったことがある。……見破ったのは俺だが。
それもあり、『全員が誕生日を知らないだろう』と思っている花音になら仕掛けられると考えた若葉が提案したことだった。
「それで知ってた理由だけど、先生に聞いた」
若葉はピースをしながら答える。
一番簡単で単純な方法。先生ならすぐに調べることができるため、『サプライズしたいから本人から聞きたくない』と言い、『サプライズは内緒にして』と念押しし、花音の誕生日を聞き出した。
もしかしたら個人情報としてアウトなのかもしれないが、許されたのは担任の後藤がズボラなのと、優等生の若葉の信頼があってこそだろう。
「人によると思うけど、クリスマスとか正月とかバレンタインとか、イベントが被る人ってまとめられること多いって聞くし。日にちは被っちゃってるけど、ケーキとプレゼントは別で用意したいなって」
そう言って若葉は口を手で隠す。
すでに祝った後のためバレてもいいが、プレゼントはもう少し後の予定だった。
「え? 本当……?」
花音は驚いた表情を浮かべ、俺と若葉はカバンの中からプレゼントを取り出す。虎徹はテレビ近くの棚に隠してあった。
「言い出しっぺの若葉からなー」
俺がそう言うと、虎徹も乗って「俺らの基準になるからな」と若葉を煽る。
「もー……。でもまあ、バラしちゃったの私だし、しょうがないか。……好みかどうかわからないけど」
若葉は紙袋を手渡す。中には小包みが入っている。
中を開けると、何種類かセットになっている香水だ。
「期間限定のだから使ったことないけど、私がよく使ってるメーカーと同じところのやつ。匂い色々あるから、一つでも好みに合うのあったら嬉しいな」
味や匂いなどの好みは人それぞれだ。ただ、女子らしいプレゼントというのか、少なくとも男子から付き合っていない女子には贈れないものだ。
気になった匂いがあったのか、花音は一つ手に取り手首につけてみると、ハチミツの甘い香りが漂う。最初こそ少しキツかったが、時間が経つにつれてほんのりと香る程度のものとなる。
「これ好きかも」
甘ったるすぎない香りに、花音はうっとりとしている。
「次は俺な。最後は颯太に任せたぞ」
「お、おい、ずるいぞ」
重要な大トリを押し付けるため、虎徹はさっさとプレゼントを渡す。
「若葉がそういうのを選ぶのはわかってたから、俺は俺らしいのにしてみた」
虎徹らしいプレゼント。それはゲーム機のコントローラーだ。
「前に付属のだと使いにくいって言ってたからな。いらないものじゃないだろ?」
誕生日サプライズ自体を企画したのはだいぶ前だが、虎徹はギリギリまで悩んでいるということを言っていた。花音がオタクバレをしてからはまだ一週間も経っていないため、共通の話題ができた虎徹はこれ幸いにと、この数日で用意したのだろう。
そしてコントローラーは微妙に手が出にくい値段だ。バイトをしているとはいえ、学生なら尚更だ。
「オタク的にはめちゃくちゃ実用的だね。大切に使わせてもらおっかな」
笑顔……というよりもニヤけた顔の花音。
「女友達に贈るものかっていうと微妙かもだけどな」
「オタク友達的には正解だからセーフ」
言い得て妙だ。趣味の物で欲しがっているが持っていない物というのは、わかりやすいくらい安パイだ。
しかし、そうなってくると最後に渡す俺は、『このプレゼントでいいのか』と考えてしまう。
無難も無難、安パイだと思ったものを選んでしまった。
俺からのプレゼントを待ち、花音はそわそわとし始める。
「……これ、二人に比べたら普通かもだけど」
「ありがと!」
花音は受け取ると、早速中を見る。
冬のプレゼントの定番と言えるだろう、マフラーだ。
ただ、せっかくの誕生日ということで奮発したものでもあった。
「え、これブランド物じゃん」
マフラーを見て、それだけでも嬉しそうだった花音。しかし、刺繍されているロゴを見て驚いた表情に変わった。
「どう、なんだろう。女子的にはもっといい物の方がいいかなって思ったんだけど、俺の限界」
「いやいや、十分すぎるって!」
値段は一万円は超えていた。どういう物が喜ぶのかわからなかった俺だったが、花音に似合いそうだと思った物で、出せる金額のギリギリを攻めた。むしろ予算オーバーだ。
凪沙との東京旅行や今回のクリスマスパーティーなど、出費が重なる予定があったため財布は痛かったが、それを理由にしたくないと考えた。誕生日とクリスマスを合わせてということにもなってしまうから。
「俺のは二人みたいに何かに
実際は制服を着た花音がマフラーを着けているところを想像したが、そんな妄想は言えるはずもない。
「あと、これ。東京のお土産」
そう言って花音に紙袋を渡し、若葉にも渡す。初花ちゃんにもあげたものと同じ、誕生日によってパッケージのデザインの違うハンドクリームだ。
「なるほどね……」
花音はそのハンドクリームを見て納得する。
「なに?」
「颯太くんって結構気遣えるというか、マメだなって思ってたから、お土産とか買ってきそうだなって思っててさ。もらう前提ってわけじゃないけど、朝とかに渡されなかったからちょっと意外だなーって」
それだけ評価してもらえているということだろう。
確かにちょっとしたことでプレゼントを渡すことが多かった。
小学生の頃はお小遣いも限られていたため、友達同士でプレゼントを贈り合うことはなかった。中学生になってもそれは同様で、買ったのはお小遣いが多くもらえる修学旅行の際、双葉や美咲先輩に買うくらいだ。
高校に入ってからバイトをしているため金銭的な余裕はあるが、散財するほどの趣味もないため貯まってく一方だ。それもあり、虎徹と若葉の誕生日……特に今年は奮発した。旅行は今回が初めてのため、お土産自体は初めてだ。
「まあ、そういうこと。誕生日に因んだもの買ってるってことは、サプライズがバレる可能性もあったから。でも逆にそれでバレてたかもしれないよなぁ……」
「気付かなかったけど、勘が冴え渡ってたら気付いてたかもね」
そう笑う花音。台無しにせずに済んで安心する。
ただ、やはり笑う花音の声や表情は、どこか力のない弱々しい姿だ。
俺たちはアイコンタクトを取り、花音の不自然さを確認する。虎徹も若葉も気付いている。
ここで切り出したのは、若葉だ。
「かのんちゃん……。元気ないように見えるんだけど、嬉しくなかった? それか何か嫌なことあった?」
サプライズの直前まではいつもと変わらない花音だった。
しかし、誕生日を祝ってから、よほど鈍くなければ気付くほどの変わりようだ。
花音は首を横に振る。嫌ではない、ということ。
「わた……、わたし……」
声が掠れている。声が出ない。
ポロポロと涙が溢れ始めた。
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