第47話 青木凪沙は物申したい!
「お疲れ様、双葉」
「うへへ、ありがとうございます」
変な笑い声を出しながら、双葉は勝利の喜びからか、笑顔を見せた。
「せんぱーい。頑張ったのでご褒美ください!」
「えー……。じゃあ昼飯奢ってやるよ」
「別にそういうのは求めてませーん」
双葉は不服そうな顔を浮かべる。
そもそも大会のため、ご褒美を目的で頑張ったわけではないというのはわかるが、後輩として甘えたいだけだろう。
「頭撫でてくださいよ。……あっ、でも汗臭いかも」
そう言って双葉は自分の髪を嗅いでいる。
「それくらいならいいよ。気にしないし」
俺は双葉の頭を撫でると、嬉しそうに「えへへ」と変な声を出していた。
「……ちょっとー、妹の前でイチャイチャしないでよ」
冷たい視線を向けながら凪沙はむくれている。
「別にイチャイチャしてないだろ」
頑張った後輩を労っているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「いや、妹ならまだしも……妹でも公然の場で頭を撫でるっていうのは周りから見たらイチャイチャしているようにしか見えないからね?」
冷静なツッコミに俺は双葉の頭から手を退ける。確かに関係性がわからない人が見れば、イチャイチャしているカップルに見えるだろう。
双葉は名残惜しそうな表情をしている。
「凪沙ちゃんは嫉妬かな?」
「いえ、おにいのことは普通に好きですけど、ブラコンってほどじゃないです。おにいに彼女ができたとしても別になんとも思わないですが、せめて私のいないところでやれって話です」
辛辣な言葉に双葉は「むむむ」と顔をしかめる。
「ちなみに私的には双葉ちゃんが
「……性癖て」
中学生の妹の口から聞きたくない言葉だ。
凪沙は平然と言っているが、双葉は耐性がないのか顔を真っ赤にしている。
――話題逸らすか。
「とりあえず、注文しない?」
強引だが、もっともな話題だ。
双葉の試合後、安心安全の全国チェーン店のファミレスに入った俺たちだが、メニュー表を開いたまま注文をしていない。
最初は話しながら注文を決めようとしていたが、気付けば話がヒートアップしてきていた。
「「はーい」」
二人は本当の姉妹かのようにタイミングよく声が揃い、返事をした。
注文を終えると再び話が始まるが、話題は変わっている。
「そういえば凪沙ちゃんって、なんで敬語なの? 前までタメだったし、タメでもいいのに」
「高校生になったら上下関係とかもあると思ったので……」
「うーん、うちそんなに厳しくないよ? まあでも先輩にタメってあんまりいないし、目立っちゃうかもだから部活の時は敬語の方がいいのかなぁ? 普段は今まで通りタメでいいよ!」
先輩後輩という関係でもあるが、仲の良い二人は友達でもある。
初めて会ったのが部活の関係ないところ……俺が双葉と練習する時に渚を連れて行ったことがきっかけのため、先輩後輩よりも友達関係が先にきていたからこそ、ある意味微妙な関係なのだ。
双葉の勢いに押され、凪沙は頷いていた。
「話逸れるけど、俺としては双葉がタメで話すのが新鮮だな」
「そーですかー?」
俺と凪沙に対しての言葉遣いが全くと言っていいほど違う。年上と年下相手なのだから当然の話だが。
「まだ一年生だからかな、ここ二年は凪沙相手以外でタメ口使ってるの聞いてないな」
双葉が友達と会話しているところに、俺が混ざることはなかった。見かけたとしても邪魔をしないために声をかけることはない。
逆に双葉は俺が虎徹たちと話していたとしても話しかけてくることは多い。双葉は虎徹たちとも面識があるからこそ話しかけられるのだろう。
そして、上級生がいる状態で話す機会が多いため、おのずと敬語を聞く機会も多いのだ。
「確かにそうですね。先輩はタメ口の私の方がいいですか?」
「いや、敬語の方が慣れてるからそっちのがいいな。年下からのタメってないから、なんかビビる」
上手く言葉にはできないが、慣れていない中で年下からタメ口で話されると驚くだろう。
それだけの関係を築けていれば別に嫌というわけではないが、特に敬語をしっかりと使う双葉とタメ口で話すことを想像すると、どこか落ち着かない。
将来的には仕事をすれば変わるだろう。……あとは年下の人と結婚した場合くらいだろうか。
そんなことを考えていると、俺の思考を読んだのか、はたまた偶然か、双葉はにやけ顔で口を開いた。
「颯太くんはこうやってしゃべったらビビっちゃうの?」
俺は照れ臭さのあまり声を上げそうになるが、ここはファミレスだ。『声にならない声を上げる』というのを身をもって実感した。
さらに双葉の攻撃は続く。
「恥ずかしがる颯太くん、可愛いなぁー」
「や、やめてくれ。敬語の方がいい」
――違和感がすごすぎる!
今まで敬語だったからこそ、どこか恋人感のようなもあり、想像してしまって恥ずかしくなってしまう。
「ちぇーっ。面白かったのに」
いたずらっ子のような顔を浮かべている。
そのままだったら心臓がもたないだろう。
この空気に耐えられなかったのは俺もだが、それは凪沙もだった。
「だからー、イチャイチャするなー!」
そう怒った凪沙だが、ちょうど店員が注文した料理を運んでくる。
意味ありげに笑っていた店員が戻っていくと、それぞれ恥ずかしくなった俺たちは黙々と食べ始める。
唯一、無傷だった双葉の完全勝利だ。
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