第35話 名医は時に無茶をする

 私は、目の前で倒れた少女に駆け寄る。


「大丈夫ですか! 医師のサクラと言います聞こえますかー」


 少女は首の位置を押さえて苦しそうな息をしている。


「サクラさん、彼女は?」

「チアノーゼを起こしています。すぐに気管挿管しないと。ライムントさんすみません、手を貸してもらえますか?」

「もちろんです。人命が最優先です」


 チアノーゼとは、血中の酸素不足が原因といわれる。

皮膚や粘膜が青みがかった紫色になってる。


 しかし、呼吸困難に陥った原因入って他にあると思われる。


「こんなこともあろうかと」


 私は、カバンの中を漁る。

そこには、医療セットが入っている。


 帰還挿管するには喉頭鏡で喉を開いてチューブを通す必要がある。


「喉頭鏡なんて持ってきてませんよね」


 チューブはあるが、喉頭鏡なんていう医療器具は私のカバンには入っていない。


「体の向きを変えます」

「はい」

 

 少女の体の向きを仰向けに直す。


「少し、落ち着きましたね。ちょっと触るよー」


 私は少女の腹部を触診する。


「これは……」


 彼女の腹部にはわずかな膨らみがあった。


「そこの衛兵さんたちも手を貸してください!」

「「はい!」」


 衛兵二人に声を掛ける。


「あなたは、呉服店でハンガーを借りてきてもらえますか? できれば硬くて丈夫なものを」

「分かりました!」

「あなたは、担架をお願いします。ここで応急処置をしたらすぐに病院に運びます」

「了解!」


 私の指示で二人の衛兵はすぐに走っていく。

誰かの命を救いたいという思いはみんな一緒なんだろう。


「サクラさん、ハンガーなんて何に使うんですか?」

「喉頭鏡の代わりにします。それで喉を開いてチューブを通します」

「なるほど。さすがです」

 

 この手の応急処置なら何度もやってきた。


「すぐ楽になるからね。絶対二人とも助けるから大丈夫だよ」

「二人って彼女……」

「ええ、妊娠しています」


 先ほど触診した時に確信した。

彼女は妊娠している。


「ハンガーです!」


 その時、頼んでいたハンガーが衛兵によって届けられた。


「ありがとうございます」


 そのハンガーを受け取り、私は少女の頭の上に移動する。


「もう一度横になるよー。少し苦しいけど我慢してね」


 そう言って、ハンガーでゆっくり舌を持ち上げる。


「よし、見えた。チューブを」

「はい」


 そのまま、チューブを通して、固定する。

すると、呼吸困難が落ち着いた。

チアノーゼも収まってきていた。


「担架です!」

「ありがとうございます。すぐに病院へ運びましょう」


 少女の隣に担架を置く。


「123、で行きます。せーの、123!」


 少女を担架に乗せるとそのまま病院へと運ぶ。


「ここから一番近い病院は?」

「確か、市場を抜けたところに総合病院があります!」

「じゃあ、そこに運びます。手を貸してください!」


 ライムントさんと衛兵二人の力を借りて病院へと急ぐ。


 しかし、そこでもトラブルが発生した。


「ちょっと待ってください! うちは未受診妊婦さんの受け入れはしない決まりです!」

「状況が悪化すれば緊急帝王切開になります。少しでも早く処置しなければいけません! あなたも医者ならそのくらいのことわかるでしょ!!!!」


 私は珍しください声を荒げた。

それに、ライムントさんは一瞬驚いた表情を浮かべる。


「未受診妊婦さんは胎児も母体もリスクが高くなる。だから受け入れられないんです!」

「今はそんなこと言っている場合じゃない! 私が処置します! どいてください」


 私はそこを強行突破しようとする。


「だめです!!」

「いい加減にしてください!」


 医師や看護師にそこを止められる。

その時だった。


「その患者はうちで引き受ける!」


 その場をピシッと引き締めるような声。

それは、何度も聞いてきた声だった。


「相変わらずだなサクラ、患者のこととなると平気で無茶をする」

「師匠! 相変わらず病院のルールは無視ですか」

「院長権限で許可する! 早く運べ」

「ありがとうございます!」


 私は院長の先導の元、少女を処置室へと運んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る