85.『言葉のかたちをした音』
「すみませーん」
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
「ガーデンウルフの干し肉とポローのサラダを3つずつ」
「かしこまりました! お待ちくださいね!」
タマユラたちと合流し、いい具合に腹も減ってきたところで、本日の夕食タイムである。
この町の周辺は水辺がないので、メニューのほとんどが野草や獣肉を使ったものなのだが、これが中々食欲をそそられるのだ。
「……あっ、私これも食べたい。すみません」
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
「サンドピッグのシチューひとつ」
「かしこまりました! お待ちくださいね!」
誰が見ても違和感を覚えるやりとりではあるが、それも些細なものだ。
そういうものだと思ってしまえば、特に不都合があるわけでもない。
「……絶対おかしいですよね、これ」
ただし、「そういうものだ」と思うことがかなり高難度、という点が問題だ。
成り立っているフリをして成り立っていない会話が俺たちに与えるストレスは、思いのほか大きいらしい。
現にタマユラも、やりづらそうな顔をして声を潜めている。
ルリは……大したもんで、既に受け入れているようにも見えるが。
「……こういう特色の町なんでしょ」
「あんまり聞いたことのない特色だなぁ」
「まぁ、実害があるわけではありませんしね……明日にはこの町を出ますし、気にしない方がいいんでしょうけど、どうにも……」
アレだ、わかった。
タマユラは人とのコミュニケーションを大切にしてきた子だから、言葉さえ通じれば普遍的であるはずの「言葉のキャッチボール」という部分で躓くことに、気持ち悪さを感じているのだろう。
それに対しルリは人と関わってこなかった子だから、案外そういうところで図太さを発揮できて――、
「なんで俺の太ももつねったの?」
「……なんとなく」
ちなみに俺はどちらかと言うと、ルリ寄りのタマユラって感じだ。
なんだかんだ言って、常に一方的になる対話には違和感を覚えてしまう。
それでもやっぱりタマユラの言う通り明日には出る町だ。
今夜だけ我慢して、もしまたアマガサ領に用事がある際は別の町を中間地点に選ぼう。
「お待たせしました!」
「お待たせしました!」
「お待たせ――」
「――――」
運ばれてくる料理を見ながら、そう思うのだった。
■
「目的地であるアマガサ領の果てまで、順調にいけばあと6日で着く予定です。領主のシノツクアメ辺境伯には既にギルドから通達が行っているので、現地に到着次第、調査を開始して大丈夫みたいですね」
「よかった。辺境伯なんて……そんなすんごいお偉いさんに謁見して許可貰ってこいなんて言われてたら、緊張に耐えられなくて帰るところだったよ」
「……へぼ」
「え、今へぼって言った?」
腹を膨れさせた後は、宿に籠って作戦会議だ。
ちなみに、今回は3部屋押さえてある。
今はタマユラの部屋に全員集合している、というわけだ。
ちなみにアマガサ領というのは、面積だけで言えば王国最大の領地で、国境の実に4割をその領土に有している。
その広大な土地を手腕ひとつで治めているのが、かのコボク・マツヨイ・シノツクアメ辺境伯その人である。
ちなみに王国は世界でも最大の土地を有している国なので、言い換えればアマガサ領が世界最大の領地ということでもある……という感じか。
国境付近は発展している――というのが常ではあるが、ことアマガサ領においては例外に当てはまるという。
というのも、王都が東側に位置するという事情から、東の国境付近を優先的に開発、発展させてきたせいで、アマガサ領はまだ手付かずの荒れ地も多く残されている、というのだ。
今回赴く現場はその最たる例で、アマガサ領の中でもほとんど管理の行き届いていない、文字通り辺境そのものらしい。
――ということなのだが、ぶっちゃけなんのこっちゃである。
「俺、政治には疎いからなぁ……」
「冒険者はその傾向が強いですよね。まぁ、S級ともなれば知っておくべきことではありますが……仕方ありません」
「あれ、俺今たしなめられてる?」
なんかさっきから、いまいち釈然としない会合ではあるが、これも俺の無知の致すところ。自責である。
「でも理解したよ。つまりアマガサ領はめちゃくちゃデカい上に整備の行き届いてない土地で、それをシノツクアメっていう辺境伯がひとりでまとめあげてるんでしょ? 凄い人だね」
「まぁ、言葉通りの意味でたったひとりというわけではないですが……概ねは合ってます」
今回は辺境伯は絡んでこないそうなので、この話は帰ってからゆっくり聞けばいいか。
でも一応、気になるところだけ聞いておこう。
「辺境伯……ってことは辺境――国境付近を管理してるんだよね?」
「そうですね」
「で、アマガサ領は王国最大の領地……国境の4割を有している」
「ええ、そうです」
「ってことは、アマガサ領ってめっちゃ細長いの?」
俺の頭に浮かんだのは、国境をなぞるように囲う領地のイメージだ。
4割ってのは、そうする必要があるくらいには広いだろう。
だが現実は、俺の想像の上を行った。
「そんなことはありません。アマガサ領は、面積としても王国の3割以上を占めるほど広大ですから。王国西部のほとんどはアマガサ領です」
「そんなでかいの!?」
王国の土地面積について詳しいところはわからないが、歩いて回れるほどに狭くないことくらいは知っている。
その内3割がアマガサ領。端っこから歩き始めるとして……下手したら、一生歩き続けてもアマガサ領から出られないんじゃないか?
「ちなみに……ヒスイは、セドニーやグローを治める領主をご存知ですか?」
「知らない……」
「……ですよね。そんな気はしてました。まぁいいんです。知らなくても生きていけるということは、それだけ上手く回ってるってことですから」
「……くしゅん」
「タマユラ先生。そこにも知らなそうな子がいます」
さっきから全く会話に参加してこない若干一名は、暇そうにまぶたを擦っている。
まぁ、さすがに眠いのだろう。彼女に関しては普通に睡眠不足だ。ルリの審議は、また今度でいい。
ここらで話をまとめて、心地よい夢の中へ飛び込むことにしよう。
「で、そんなだだっ広いアマガサ領の端っこに行って、調査してくればいいのね」
「調査というのも、パッと見ただけでわかるようなものか、頭を捻らせて解決するものならいいのですが……成果無しで帰って、もう一度行ってこいと言われたら、私も頭が痛くなってしまいそうです」
「そりゃそうだ」
つまり、遠回しに一発で解決してこいと言われているのだ。つくづく、ギルドマスターも人使いが荒い……というか、俺使いが荒いものだが、ギルドの現状を考えると仕方なしとも言える。
実際、ギルドもまず諜報部を送ってから俺たちに依頼しているわけだし、手は尽くしているはずだ。
ここで依頼を断るようなS級冒険者なら、ギルドとしても使えない奴だと判断せざるを得ない、というのもある。
それに、魔王軍が絡んでいる可能性があるなら、やっぱり俺が行かないわけにもいかないし。
まぁ要するに、俺たちの正しい使い方ってわけだ。
「じゃあ、俺は寝ることにするよ。ルリも自分の部屋に戻って寝な」
「……ん」
そんなこんなで、集会は幕引きとなる。
ふかふかのベッドで眠るために、各々が自分の部屋に戻った。
■
なんとなく眠れなくて、お決まりのように夜空を見上げる。
窓から吹き込む風は随分と冷たくなっており、本格的な冬の到来がすぐそこまで来ている証明だ。
「早いもんだなぁ……」
冒険者をやっていると、日付感覚や季節感覚というのはじわじわと衰えていくものだ。
特に地下迷宮の攻略を生業にしている者なんかは、一度潜ったら平気で1ヶ月以上も陽の光を浴びないこともある。
幸い、俺はそこまでではないが、それでも自分の感覚と実際の時間の流れに齟齬があるように思えてならない。
そう、例えばアゲットに追放された日も、つい先日のように感じるのだ。
「でも、ルリとはもっと長くいる気がするな」
タマユラとの出会いは真新しい記憶として脳裏に焼き付いているが、ルリとの付き合いはむしろもっと古いものに感じている。
時の流れっていうのは、強烈な記憶を結びつけると途端に曖昧になるものだ。
まぁ、ひとつだけ言えることがあるとするのなら、
「濃かったな……この数ヶ月は」
きっと今後の人生で、この数ヶ月を超える密度はない。
充実もしていたし、苦悩もあったし、いいことも悪いことも沢山あった。
それを全部ひっくるめて、激動だった。
総合的に見れば、いい数ヶ月だったはずだ。
ついでだから、ひとまずの終着点――魔王討伐も、いい感じに終わらせたいものである。
「――ん? あの人……」
と、すでに更けきった夜の中、静かすぎるほどに静かな町を、俯きながら歩く人影が目に入った。例の門番の男だ。
見渡す限りにはその人以外に外を出歩いている者もおらず、どこの店も閉まっている。
宿の先、民家が立ち並ぶ方から歩いてきたのだろう。
このまま真っ直ぐ歩いても閉まっているギルドがあるだけだし、さらにその奥に進んでも別の民家が立ち並んでいるだけだ。
何が目的で、どこへ行くのか。
気になりはしたものの、どうせ問いかけても返ってくるのは、言葉のかたちをしているただの音。
そう思えば話しかける意味も見出せず、俺は窓からその男を見下ろしていた。
「――――」
半分ぼーっとしながら眺めていると、いつの間にか男と目が合っていることに気が付いた。
ただでさえこの町の人は俺たちを注視してくるし、今回に関してはジロジロと視線を送っていた俺が原因だ。気まずい沈黙が流れる。
「――おや、旅の御方。ここはリドートの町です。馬宿はすぐそちら。宿は通りの突き当たりを右、冒険者ギルドは突き当たりを左。冒険に必要な道具は、ギルドで取り扱っております」
その沈黙を破ったのは、やはりこの町の絶対的なルールだった。
この町にいる限り、抗えないのだろう。
俺も、住民も。
その男は、少しだけ儚げ笑顔を浮かべると、すぐに俺から視線を外し再び歩き始める。
俺は、男が角を曲がって見えなくなるまで、ただその歩調を眺めていた。
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