56.『覚醒』


 空から見渡せば、すぐにセドニーシティの異変に気付いた。


 街のあちこちから煙が上がっているし、街の外に豆粒のように蠢くのは人の群れだろうか。




 もう既に、あの街は魔王軍の手に落ちているのかもしれない。


 そんな焦りとともに、俺は魔力の出力を上げた。




 少し近付いてみると、震えるほど強大な存在に気付く。


 俺には感知系のスキルはないはずなのに、絶対的なオーラがそれを可能にさせているのだろうか――、




「――タマユラ!?」




 と、よく見てみればそれと対峙するひとりの剣士がいることに気付く。


 あの黄金色の鎧は知っている。俺が待ち続けたその人で間違いあるまい。まさか見間違えることなどありえない。




 それと同時に、焦りはさらに強くなる。


 いかにタマユラであっても、魔王軍七星バエルには勝てない。




 一刻を争うと判断した俺は、持てる限りの力でその場所に向かう。







「もう戻られたのですか、さすがは魔王様のお気に入りだ。どうです? この街は」




「どうもこうも、とっととお前にはくたばってもらうよ」




 こいつと顔を合わせるのは3度目だが、4度目はない。


 ここで終わらせることは覆らないが、聞きたいこともある。


 対話ができるなら、戦う前に寄り道してもいいだろう。




「――【治癒】」




「……ありがとうございます」




 タマユラはルリに任せて大丈夫だ。


 ルリの回復魔法がどの程度かは分からないが、俺が何を言わずともその任を請け負っている時点で、そう判断した。




 さて、俺の役目はこいつ――バエルだ。


 色々と知りたいことはあるが、まずは最も大事なことを問う。




「魔王はいないのか?」




「ええ、ここは一任されているので」




「……いつから俺を――この街を狙ってた?」




「アスモデウスがやられてからですよ。アレを倒せる人間がいては、我々の計画に支障が出ますからね」




 馬鹿正直に俺の質問に答えてくれるのは有難いが、情報をそんなにベラベラ喋っていいのだろうか。


 俺には負けないという自信の表れだろうか。




 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 真偽は吟味する必要があるが、情報はあればあるだけいいのだ。




「あの鈴は?」




「ああやって人間を『鏡の世界』に誘い込んで、改造するのですよ。それだけです」




 概ねは予想通り。


 ということは、やはりあの車椅子の老人は危うかったのだ。


 いや、どちらかというと招かれた客の方が危ないのか。




「それでは、答えて差し上げた分、私からもひとつ」




「……なんだ?」




「我々と共に来ませんか?」




「しつこい男は嫌われるよ。キッパリ断ったはずだ」




 それが美女からのお誘いであれば、俺だって吝かではないが、危険な臭いをプンプンさせた野郎はノーセンキューだ。


 おっと、今は美女に着いて行ったらルリにどやされそうなので、どちらにせよお断りだった。悪いね。




「それにしても――この短時間で、どこまでお強くなられたのですか?」




「ん? そうだなぁ……こういうのはどうだ? ――お前を片手で殺せるくらい」




「――ふ、ふはははは! 自信は大事ですが、いき過ぎると身を滅ぼしますよ。……と言いたいところですがね。あなたなら有り得ると、そう思えてしまうのが怖いところです」




「そりゃまた、どうも。褒められても手しか出ないけどね」




 図らずも、だが。


 先ほど、俺のレベルのタガは外れたらしい。




 自分でもどれほどレベルが上がっているか把握していないが、もしあのペースのまま上がり続けていたら、それはもうとんでもない数字になっているだろう。




 だが、俺にとってはそれよりも、ここにたどり着く直前――ルリを背負って、今まさに地面と仲良く押し相撲しようとした時。




 その時に、俺の頭の中で鼓膜を震わせたメッセージが気になっていた。




『――スキル【解呪】を入手しました』




 再確認するが、今の俺に呪いは効かない。


 だから、解呪スキルなんてものは必要ないと思っていたし、実際に手に入れるまで頭によぎることもなかった。




 呪いを解こうなんて考えてもいなかった。


 ――そもそも、俺に呪いがかかっていることなんて、すっかり忘れていたのだ。




 足が震える。ビビっているわけじゃない。


 これは、武者震いだ。




 そして、俺の人生の景色が変わる、重大な瞬間となる。




 思わず笑みが零れる。


 あまりにも場違いなそれに、バエルは眉をひそめる。


 恐らく、俺の横顔を眺めるルリとタマユラも同じ顔をしていただろう。




 だが、構わない。だってこんなにも、胸が高鳴って仕方がないのだから。


 魔王軍七星との戦いだというのに、ワクワクが止まらないのだから。




「――【解呪】」




 解き放つ。全てを。


 今まで俺が縛られていた、全てを。




 聖なる光に包まれた俺は、数秒後に光が止んでも、変わらぬ姿で同じ場所に立っている。


 変わらないのは、姿だけだ。




「――――ヒスイの魔力が」




「爆発的に増えていますね、これは一体……」




 気分がいい。本当に気分がいい。


 ずっと、まとわりつくようにのしかかった重りが外れたようだ。


 これが、本来俺が見ていた景色か。




「……何をしたのですか? 【解呪】とは? あなたに呪いが? 何故こんなにも絶対的な存在となり得たのだ!?」




「――昔パーティを組んでた馬鹿野郎がな、俺に嫉妬して呪いをかけたんだよ。そのせいで、俺はスキルも魔法も何も使えなかった――ただひとつを除いてね」




「――馬鹿な」




 アゲットのしたことは許されないが、記憶を失いながらもアリアは生きていたし、俺の呪いもこうして解けた。


 よし、死刑で許してやろう。もう執行済みだけどな。




 ともあれ、アゲットのせいで俺はスキルも魔法もそのほとんどを使ったことがない。


 だから、少しばかり加減を覚える必要があるし、使い勝手も確かめたい。




「だからさ、実験台になってくれ。――魔王軍七星、バエル」




「――クソがあ! 【黒炎炎】!」




「――【聖寵焔】」




 地面を走る黒い炎を、赫い聖火が包み込み、さらに勢いを増してバエルを襲った。


 これが人間ならあっという間に蒸発させてしまうだろうが、さすがは魔王軍七星と言ったところか。


 地べたを必死に転がりながらも、どうにか鎮火に成功した。




「へぇ。ちょっと込める魔力が少なすぎたかな。まぁ、これだけで死なれてもつまんないしね。お前くらい遊べる奴、なかなかいないから」




「――クソが、クソが! クソがクソがクソが! 馬鹿げてる! こうも簡単に実力差がひっくり返ることがあるか!」




「あるんだよ。ほんと、馬鹿げた話だよな。文句なら天に向かって、髪の長い女の形をした性悪を想像しながら言うといいよ」




 あいつが全部悪いから。


 だってさ、俺が最初から最強になるように出来てるらしいぜ?


 もしかしてこの【解呪】スキルを習得するのも織り込み済みだったりするのかな。だとしたら尚更ムカつくな。




 まぁ、あんなクソのことはどうでもいい。




「何を言っている、化け物が! せめてこの街だけでも――」




「させるわけないってば。――【神域結界陣】」




「……凄い、凄すぎる。ヒスイの魔法は一体どこまで届くのでしょうか。これは、魔法の極み――」




「…………私のアイデンティティが」




 この日、俺は――ヒスイは、本当の意味で覚醒したのだった。


 その姿を一番近くで見ていたふたりは、後にこの戦いを振り返ると、口を揃えてこう言った。




 ――あれはまるで、神のようだったと。


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