53.『理性の腹いせ』


 見た目はそのまま、図体だけ他のモンスターよりも大きくなっているそれに、私は嘲笑を向ける。




「大きければ大きいだけ強いなんて発想、子供じゃないんですから」




「――モ、ナァ」




 改めてその造形をよく観察すると、実に興味深い造りをしているといえる。


 背中が丸まった人型に、申し訳程度の羽と尻尾は体を突き破って出ている。


 使わなくなって退化したというよりは、まるで成長の途中のようだ。




「さしずめ、元は人間といったところでしょうか。その言葉に意味があるとするなら――想い人の名前だったら、少し私と気が合うかもしれません」




 なんせ、ここしばらくは彼の名と姿を、常にまぶたの裏に描いてきたわけで。


 誰かを想う心というものがこのモンスターに残っているのなら、こうして争うこともなかっただろうに。




「残念ですが……これはもう人間ではありませんね。決められた言葉を繰り返すだけの悲しいモンスターのようです」




 このモンスターに人の心があるなら、こうして自分の街を破滅に導くようなことはしない。


 気の毒ではあるが、これはモンスターなのだ。


 モンスターは討伐対象であり、情けをかける相手ではない。




 私は、ゆっくりと腰の鞘に手をかける。




「――モ、ナァ」




 私を次の標的として捉えたモンスターは、その拳を振り上げた。


 それと同時に魔力の高鳴りを感じ取り、察した。




 これは、ただの擲とは違う。


 大方、魔力弾のようなものを射出する技だろう。




 きっとこの魔力の大きさならば、いかにS級であってもひとたまりもない一撃となる。




 私に届けば、の話だが。




「――【薙糸】」




「――モ」




 瞬きほどの速さで抜かれた剣は、そのまま十数メートル先にいたモンスターに襲いかかる。


 派手なエフェクトや大気の揺らぎはなく、ただ静かに細い糸がモンスターの身体に走った。




 ついに放たれた魔力の塊ごと、その肉体を両断する一撃。


 【薙糸】とは、一切の無駄がない剣技である。


 最も速く剣が届き、最も正確に斬る。それだけの技だ。




 単純だからこそ、これを極めるのは難しい。


 生半可な剣士が同じことをやったって、威力も速さも中途半端で無意味な剣技にしかならない。




 これは、剣の頂に足を踏み入れた者にだけ許される奥義だ。


 私は剣を収め、背を向けて歩き始める。




「――ナァ」




「おや、気付いていませんか。もう終わっていますよ」




 その剣を受けながらも、なお前に進もうとするそれに一言。


 ついに自分の死に気付いたのか、首のないモンスターはその場に倒れ込んだ。




 他愛のない、戦いであった。


 同時に、自身の成長を強く実感する機会となった。


 これなら、きっとまた――。




「――あれは」




 ふと見上げた空に、紫色の裂け目が出来ていることに気付く。


 その禍々しい裂け目はどんどん広がっていき、ついには人間と同じくらいの大きさになった。




「とても大きな力を感じる……親玉でしょうか」




 どこに繋がっているのかも分からないが、あの先には震えるほどに邪悪な存在の気配を感じた。


 街で暴れるモンスターのうち、一番強大な一体を倒した直後に現れる猛者。


 そんなの、碌な奴じゃないことは容易に想像できる。




 きっと、生理的に嫌悪感を抱かざるを得ないほどに醜悪なモンスターが飛び出てくるに違いない。


 あるいは、恐怖を体現したかのような魔王軍幹部である可能性もあるだろう。




 そんな私の予想を裏切って出てきたのは、黒い衣装を纏った普通の男性だった。


 ――否、普通ではない。擁する魔力が人間のそれではないことくらい、ひと目見ただけでわかる。




 造形だけで言えば完璧に人間を模倣した、人間よりも上位の存在だ。


 少なくとも、私の目には感じの良さそうな男に写った。


 例えばその魔力を隠し、人の群れに溶け込んで人間の生活をされたら、きっと誰にも正体を見破ることは出来ない。




 裂け目から現れた完璧な人間のコピーが、穏やかな笑顔で私を見つめている。




「……あなたは?」




「私は魔王軍七星、バエル。以後お見知りおきを」




「――七星」




 それは、あの戦いで聞いた響きだ。


 魔王軍の幹部が、そんな呼ばれ方をしていた。




 やはりこの男は、あの難敵と同格以上の存在だった。




「先ほどの剣技、お見事でした。まぁ、使い捨ての素体ですが」




「――ふぅ。それで、魔王軍の幹部がこの街にどういった要件ですか?」




「なに、単純な話ですよ。人間と魔物の戦争がすぐそこまで迫ってきているというだけです。宣戦布告に丁度いい街だったので、使わせてもらいました」




 あまりにも自然に会話の成り立つモンスターに驚いている場合ではない。


 少し言葉選びを間違えるだけで、あっという間にこの街は滅びてしまうだろう。それほどの力を感じる。




 人間の姿で不自然に宙に浮いていたバエルは、ゆっくりと私の前に降り、二本の足で地に立った。


 私は会話を続ける。




「なぜこの街を?」




「いえね、とある冒険者を、魔王様が気に入られまして。我々の誘いを断ったから、その腹いせってところですよ」




「……分別を失っているようには見えませんが。あなたからは理性を感じます」




 なんせ、片腕もあれば全てを焼き払うこともできるだろう。


 なのにそれをせず、こうして私の前に現れた。


 そればかりか、対話までしているのだ。




 激情に駆られたモンスターにはどうしても見えなかった。




「はは、確かにこれは怒りに任せた破壊劇ではありません。彼に絶望を与え、理解させるためのものだ。魔王様のお気に入りを、みすみす手放すはずがないでしょう?」




「……そんなくだらないことのために、随分勝手なことをするのですね」




「結局は、いつ死ぬかの違いしかありません。人間は魔王様の手によって淘汰されるのですから」




「そんなことにはなりません。いつだって勝つのは正義です。――【陽炎乱舞】」




「まぁ、遊び相手くらいにはなってあげますよ。【黒牆】」




 きっと、私ではこの男に勝てないだろう。


 だが、諦める理由などひとつたりとも無い。




 きっと、彼はどんなことをしてでもここに来る。


 私はそれを信じて――待たせた分だけ、待つのみだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る