第二章 『明けない夜はない』

12.『セドニー冒険者ギルドの名物男』


 高そうな飾り物と書類の山のギャップもさることながら、ギルドマスターの見た目と口調のギャップもピカイチだった。




「くると思ってた、ですか」




「最近タマユラちゃんと仲良しみたいじゃない。彼女も君の話をよくしてくれるよ」




「タマユラはどこにいるんですか?」




「……そうだなぁ。ぶっちゃけ、ボクも知らないんだよね」




 そんなはずはない。


 タマユラがこの部屋に出入りしてたという事実は聞いたし、彼女が姿を消す前、最後に話をしたのがギルドマスターなのだ。




「いやね、彼女は自分の弱さを嘆いていたよ」




「彼女は弱くなんか……」




「ない。ボクもそう思うよ。S級ってのは、冒険者の中じゃ本物の頂点だ。彼女も自分の強さに疑問を持ったことは無かったはずだよ。君に会うまでは」




 俺に、会うまでは。


 俺は知らず知らずのうちに、彼女の自信を奪い、価値観を破壊してしまったのか。


 プライドも、信念も、なにもかも。




「そんなわけないでしょ。それはキミの自意識過剰。――まぁ、強さの価値観って意味ならそうなのかもね」




「俺は、どうすれば」




「今はそっとしてやってくれないかな。彼女、強くなりたいんだよ。だから『剣聖』としての立場を副兵団長に預け、行先も告げずに旅に出たんだ。――いつかキミと肩を並べて戦うために」




 最後の部分はよく聞こえなかったが、俺は、彼女との関わり方を間違えたのだろうか。


 深入りせず、馴れ馴れしくせず、あくまで『剣聖』と『冒険者』として一時的なタッグを組むだけ。


 そういう付き合い方をするべきだったのだろうか。




 俺の身勝手で、彼女を傷つけたのだろうか。







「おおっ! S級様の凱旋だァ!」


「ヒスイ! 今回も大勝利だったらしいな!」


「すげぇなお前、やっぱS級はちげぇな!」




 俺がS級に昇格して、一ヶ月が経った。


 毎日A級以上のモンスターを討伐し続け、気付けばレベルは500を超え。金銭面も、家を一軒建てられる程度には潤っている。




 一ヶ月以上も同じギルドに顔を出し続けていれば顔見知りも増えるもんで、今ではセドニー冒険者ギルドの名物男になっていた。




 『剣聖』タマユラがセドニーにいない今、この街を拠点とするS級冒険者は俺だけなのだ。




 そういえば、俺が土手っ腹に風穴を開けたあの山。


 タマユラが「セドニーシティの財源である鉱山じゃね?」っていったあの山だ。




 あれは、別に鉱山でもなんでもなかった。


 ただの山――まぁ山にただもクソもないが、とにかく何の変哲もない山だった。




 ヒヤヒヤしながら報告して、汗をダラダラ流しながらギルドの職員とともに現場を見に行ったら、一言こう言われたのだ。




「あんな山知りませんけど……」




 知らないってなんだよ。じゃああの山はなんだよ。


 むしろ鉱山がどこにあるんだよ。




 そんな文句を言いたくなったが、命拾いをしたのは俺なので余計な口は挟まなかった。


 まったく、あれでいてタマユラは結構抜けているところがあるんだな。無駄に焦らされてしまった。




「いつものを」




「はーい、お待ちください!」




 ギルドに併設する酒場で、俺はいつものを頼む。


 まぁ、ただのビールなんだけど。




「タマユラぁ……どこいっちまったんだよぉ……」




「おっ! 出たぞ、セドニーギルド名物『未練タラタラの男』! 二日ぶりか!?」




 俺が酒を飲みながらヘラっていると、面白がって他の冒険者が集まり始める。


 見せもんじゃねぇ、あっちいけ!


 全く、これだから野次馬根性の育った冒険者は……。




「おにーさん。ちょっと話聞いてくんない?」




「やだ」




「即答!? 取り付く島もないな!」




 俺の酒を邪魔する奴は全て敵だ。


 そもそも誰だコイツ。酒も飲めなさそうなガキじゃねぇか。お母さんに礼儀をしつけてもらうんだな。


 それか胸部が発達してからもう一度来るといい。




「おにーさんの方が失礼なこと言ってると思うけど……」




「しっ、仕方ないよ。突然話しかけちゃったし……話聞いて欲しいなら薬でも盛るべきなの」




 あれ。まだそんなに呑んでないけど、酔っ払ったかな。


 俺の酒の邪魔をする無礼なガキが、分裂したように見える。


 しかも片方が見かけによらずバイオレンスなこと言ってるし……もう帰って寝るか。




「あっ、ちょっと待って! あたし、おにーさんにお願いがあるの!」




「女のお願いはたとえガキでも聞かないことにしてるんだ。金取られるから」




「取らないよ! ただ手伝って欲しいことがあるだけで……」




 冒険者を狙った美人局が流行ってるってギルドマスターに聞いたし。


 そうじゃなくても俺は今ナイーブなんだい。


 面倒くさいお願いなんて絶対聞かないもんね!




「あたしの前のパーティがね、冒険者狩りにあって……四人のパーティだったんだけど……」




「ふっ、二人、殺されちゃったの」




「……そうか」




 冒険者狩り。


 主にモンスター討伐を終え消耗している冒険者を狙って、装備やアイテム、討伐したモンスターの素材を盗む犯罪ことを指す。


 中には殺人も厭わない危険な奴らもいて、多くの被害者を生み出している下劣な行為だ。




「……それは気の毒なことだが、俺に相談してどうする。そういうのはギルドか近衛兵団に直接――」




「――『暁の刃』」




「――」




「あたしたちのパーティを襲ったのは、『暁の刃』って名前のパーティだった。知ってる、よね?」




 ――『暁の刃』。


 忘れるはずもない。クソ野郎どもの集まりで、俺にとっては憎むべき相手。そして、俺もまた憎まれているであろう相手だ。


 それは、過去に俺が二年間所属しており、最後は追放を言い渡されたパーティの名前だった。


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