10.『七星、襲来』
「――何気に俺らってノーダメージなんだよな」
「私はバーミリオン・ベビーの時ズタズタでしたよ」
「あ、そうだった」
眩い光が荒野中を包んだ後、その光が収まった時には灰と変貌した地形が残った。
土の焼ける臭いと爽やかに吹き抜ける風が心地よくて、俺たちはその場にしゃがみこんでいた。
「――ヒスイ。私は貴方を、心より尊敬しております」
「なんだいきなり――ってこともないけど、照れる」
「ふふ。私をあんなに熱い言葉で激励してくれたのは、ヒスイだけです。期待されて、持ち上げられて。激励する立場だったから。……今はちょっと膝の屈伸運動をしてるだけだ、終わったらさっさと立て! 座右の銘にします」
「恥ずかしいから触れないようにって言ったろ! 恥ずかしいから! そんでもって座右の銘に謝れ!」
我ながら慣れない叱咤激励だった。
膝の屈伸運動ってなんだよ。しゃがんでただけだろ。
しかもなんでそこを切り取ったんだよ。
辛うじてもうちょっとマシなことを言ってるタイミングもあったろ。
「私の祖父――二代前の『剣聖』は、アークデーモンに敗れ命を落としました。祖父の強さは子供の頃からよく聞かされていて……歴代の剣聖の中でも稀有な才能を持っていたと。私にとってアークデーモンは、そんな祖父を奪った宿敵であり、恐怖の象徴だったのです」
存外、タマユラとアークデーモンの中には因縁があったようだ。
直接的ではないにしろ、アークデーモンを前に立てなくなる理由としては十分すぎる。
「――まぁ、わたしが産まれる前に亡くなっているので、直接会ったことはないんですけどね、祖父と」
「でも、今回仇を討ててよかったんじゃないか」
「仇……と言えるのでしょうか。同じ個体かも分からないですし、そもそも私の力では――」
「――ないわけがない。タマユラがいなかったら、俺はここまで胸張って立ててないんだから」
今回のは間違いなくふたりの勝利だ。
タマユラがいてくれてよかった。
「……ところで、お気付きですか?」
「……ああ、これは――」
先程まで清々しい青空がもたらしていた爽やかな空気が、重く澱んだ空気に変わっていた。
ピリピリと肌を刺激するのは、最大級の危険信号だ。
もしこれをモンスターがやっているものだとすれば、やはりS級のモンスター並みということになる。
「今日はイレギュラーが多いな……まさか俺を狙ってるんじゃないだろうね」
「その通り。君を狙っているんだよ」
「――――ッ」
信じられなかった。
俺は、警戒を怠ってなどいない。
座り込んではいたものの、いつでも動けるように剣も手に取っていた。
俺は感知系のスキルを持っていないが、自分よりも低いレベルのモンスターならばある程度気配を察知することができる。
なのに何故、俺の首元に鋭利な爪が突きつけられているんだ。
「おま、えは……」
「これは失敬。私は魔王軍七星が一角、アスモデウス。何やら私の用意したバーミリオン・ベビーの首を容易く取った冒険者がいたものでね。気になって見に来たというわけだ」
「――ヒスイから離れ、っ」
「あぁ、先程のアークデーモンの討伐だがね。見事だったよ。それと同時に失望した、この程度かと」
いつの間にか俺の首元から爪が消えており――それは目で追えないうちに、駆け寄るタマユラの片腕を吹き飛ばしていた。
「――タマユラ!!」
「ぁぁあぁぁああああッ!!! ひ、ヒス……」
「クソッ――これを!」
タマユラの左腕だった場所に、ポーチから取り出したハイポーションを投げる。
完全に血を止めてくれるので、少なくとも失血死の危険はなくなった。
幸いなことに、今セドニーシティには王国一の回復術士が滞在している。腕の一本くらいなら治療できるだろう。
しかし、そうであっても自分の腕を失くした痛みとショックは大きいはずだ。俺は元凶となったその魔人を睨みつける。
人の形をしているが、俺の知ってる人間とは相違する点がいくつかあった。
30センチメートルはあるであろう爪。
2.5メートルはあるであろう長身。
それから、背中からは真っ黒な翼が。尾椎からは尻尾が生えている。
アークデーモンを小柄にしたようなイメージだが、内包する魔力の密度が比較にならないほどに濃かった。
S級モンスターは一律でS級と言ったが、あえて言おう。
こいつは間違いなく、S級を上回る存在だ。
「特に君だよ、『剣聖』タマユラ。所詮は冒険者などというお遊びに現を抜かしている軟弱者か」
「――――ふ、ふざけ」
俺のパッシブスキルに、【レベル可視化】というものがある。
これを使うと、要するに敵のレベルがわかるというものなのだが、敵のみならず味方――どころかその辺の草や石のレベルまで見えてしまう。
日常生活に邪魔なので切っていたのだが、今そのスキルを再び使うこととした。
ーーーーーーーーーーーーーーー
タマユラ・ディーヴァルト Lv.91
アスモデウス Lv.350
ーーーーーーーーーーーーーーー
「さんびゃく、ごじゅう……」
「私のレベルを見たか。どうだ、人間とは生まれ持った力が違うだろう。私はこの世に生まれ落ちたその時からこのレベルなのだよ」
つまり、赤子の時既に『剣聖』を軽く捻ることができたということか。
驚愕。この一言に尽きる。
この世界に、このような化け物がいたなんて。
しかもそれが人類の敵となるなんて。
おしまいだ。片手どころか、鼻息ひとつで蹂躙されて終わってしまう。
俺の今のレベルは、アークデーモンから得た経験値を加味してもLv.243がいいところだろう。
とてもじゃないが、叶う相手じゃない。
「――【天籟一閃】!!」
「ほう。戯れだな」
だからって、諦める理由にはならない。
第一、さっきタマユラに偉そうな説教をしたばかりだ。
生憎ここで諦めてしまうような弱さは持ち合わせていない。
俺の唯一の剣技――最大火力を、表情ひとつ変えずにかき消されても。
諦めるわけには、いかない。
「魔王様は、進軍を望まれている。『表の世界』の愚者は生かしておく価値はないと。私はそうは思わなかった。だから確かめに来た」
「――魔王、表――? 何の話だ」
「……どうせ死にゆく命だ。教えてやろう。君らの住むこの世界――『表の世界』は数百年前、人間と魔物が共存していたのだよ」
アスモデウスの口から語られたのは、衝撃的な事実――この世界の、失われた記憶だった。
本来なら、嘘と断定すれば話は早い。だが、その気にさえさせない程に、残酷な史実だった。
「我ら魔物――君らの言うところのモンスターだ。魔物は知能が低い種も多く、人間に比べて数も少ない。魔物と人間の共存は不安定な均衡で成り立っていたが、何か重大な転機が訪れれば瞬く間に崩れることは想像に難くなかった」
今から数百年前、大規模な寒波が起き、人々と魔物は食糧難に陥った。
そして多数派だった人間が、魔物を排除する動きになったそうだ。
「――そ、そんな話、私は……信じま……」
「事実だ。信じようが信じまいが君の勝手だが、目を背けるのは愚か者のすることだよ。そして我々魔物は住処を追われ、『鏡の世界』に逃げ込むこととなった。我が主君たる魔王様は、いつか人間に報復する日のために水面下で力をつけたのだ」
「……なぜあんたは進軍を拒んだ?」
「拒みなどしないさ。我々は魔王様に忠誠を誓っている。――ただ、自分の目で確かめたかっただけだ。必要あらばこの世界まとめて地獄の業火で焼こう」
魔物の寿命は長いらしい。
種によるが、長寿なものだと1000年以上は軽く生きるそうだ。
もちろん魔王もそのひとりで、このアスモデウスも数百年前を知っているのだろう。
それでいて、
「なぜ確かめる必要がある? お前も報復を誓ったんじゃないのか?」
「――人間は愚かだ。だが、その全てが死に値するとも思わない。笑い合った日々を忘れたわけじゃない」
「――」
「だが、私が間違っていたようだ。見よ、この腐りきった軟弱な世界を! 『鏡の世界』では最下級の労働者であるアークデーモンに、S級などという大袈裟な位をつけ、必死に命を奪っては笑い合う。なんと野蛮で貧弱なことか!」
かつての人間は、もっと強かったらしい。
たしかにそうでなければ、いかに多数派といえど魔物を封じ込めることなどできはしないだろう。
だが、こいつの大きな勘違いは正さなくてはならない。
昔の人間が何をしたのかは知らないが、ひとつだけ確かに間違っていると言えることがある。
「人間は、お前が思ってるほど弱くはないぞ」
「ほう。ならば何故、この小娘は立ち上がれないのだ。何故貴様は、私に傷一つ付けられない? 弱いからだ。弱者たる人間が、魔物を追いやったのは何故だ? 生まれながらの上位種たる我々が怖いからだ。我々を恐れているのなら、応えてやろう。人間の破滅をもって!」
そうじゃない。
立ち上がれないのも、傷一つ付けられないのも、確かにそれは弱いからかもしれない。
昔の人たちが魔物を追いやったのも、怖いからだったのかもしれない。
「わかってないな……本当にわかってない」
「――なに?」
だけど、
「そりゃ、お前らに比べたら人間は弱いのかも知れない。もしかしたら、一生をかけてもお前には勝てないのかも知れない。だけど、人間にもお前らよりも優れているところがある。それは――人間は成長する生き物だということだ。生まれた瞬間からレベルすら変わらないお前と違ってな」
立ち上がれない者が、立ち上がれるように。
傷一つ付けられなかった剣が、届くように。
――弱き者が、強くなれる。それが人間だ。
「戯言を。貴様らがいくら成長したところで、私に! ましてや! 魔王様に届くはずがない! 生まれながらの劣等種! それが貴様ら人間だ!」
「――本当にそうか、確かめてやるよ。この俺出来たてホヤホヤの成長をもってな」
『――新たなスキルを獲得しました』
魔王軍幹部との決戦が、今始まる。
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