5.『押し問答に助け舟』
「本来は、バーミリオン・ベビーというのは群れをなして行動するモンスターなんです」
とは、一緒に馬車に揺られながら自前で傷の手当をするタマユラが呟いた言葉だ。
「あのレベルのモンスターが複数現れたら尋常じゃない被害が出るんじゃ……」
「それが、そうでもないのですよ。奴らは渓谷を根城にしていて、滅多に人里には現れないんです」
そりゃそうだ。
あんなモンスターが日常的に人里に降りてきていたら、この世界は既に滅んでいるだろう。
「例外としては、群れとはぐれた個体が山奥の集落近くに出没したりはするのですが……今回のように整備された街道に現れたケースは、私の知る限りは初めてです」
「本物のイレギュラーだったってことか」
「その上、どこから現れたのかも、なぜ現れたのかも分からないのですよ。何事もなければよいのですが……」
そんな漠然とした不安を抱えながら、俺たちはまだしばらく馬車に揺られるのだった。
■
数時間後。俺たちはセドニーシティの土を踏んでいた。
「おぉ――すげぇ都会だな、セドニーシティ……」
『グローシティの上位互換』とは誰が言い始めたことか知らないが、確かに街の規模、往来する人々の数、店の賑わいなど、どれをとってもこの街の方が上だ。
だが、そんなことを言い始めたら王国にある都市の大半がこの街の下位互換になってしまうだろう。
早い話が、都会だ。
これからこの街での新生活が始まると考えると、わくわくしてきた。
「うふふ、この街は初めてですか? よろしければご案内を――と言いたいところなのですが、まずはギルドに報告をしに行かねばなりません」
「俺もギルドに用があるから、お互い用が済んだら街を案内してくれないかな?」
「ええ、よろこんで。では、ギルドはこちらです」
というわけで俺は今ギルドにいる。
タマユラとは入口で別れ、俺は受付に。
彼女は何やら関係者しか入れなさそうなドアをくぐっていった。
通常、新たな街ではギルドカードを更新する必要があるので、その旨を受付嬢に伝えた――のだが。
「――ですから、E級冒険者の方に斡旋できるような依頼は取り扱っておらず……大変申し訳ありませんが、ほかの街で冒険者ランクを上げてからまたお越しください」
「そこをなんとか! 依頼さえ受けさせて貰えれば、すぐにランクを上げてみせますから!」
俺は今、案の定門前払いを食らっていた。
全く世知辛い世の中だ。
「そうおっしゃられましても、困ります」
「死んでも文句言いませんから!」
「困ります……」
受付嬢の言い分もわかる――というかそれがルールなので、正直この人に非は一切ない。
だが、俺もそれで引けない事情があるのだ。
前の街は気まずくて居られたもんじゃないし、そもそも既に路銀がない。どうしてもこの街の冒険者ギルドに受け入れてもらうしかないのだ。
数十分ほど押し問答を繰り広げていると、用事を済ませたタマユラが訝しげに俺のもとにやってきた。
「どうされましたか? なにか問題でも……」
「け、『剣聖』タマユラ様! これは、お疲れ様です! 実はですね、こちらの方が……」
今のは俺に話しかけたんだと思うが、助け舟を期待した受付嬢がタマユラに現状を説明する。
最初は無表情で聞いていたタマユラだったが、段々表情に曇りが見え始めてきたり、驚愕の表情に変わったり。
そして最後まで聞くと、
「……はぁ。このお方をS級として登録してください」
と、受付嬢に一言告げた。
「タマユラ様!? なにゆえ、そのような……」
「……この冒険者様は、たったひとりでバーミリオン・ベビーを討伐いたしました。そればかりでなく、私の命までも救って頂いた恩人なのです。私よりもはるかに強いですよ」
他人にそう紹介されるとむず痒いものがあるな。
それにしたって、いきなりS級は飛ばしすぎじゃありませんか、タマユラさん。
ほら、受付嬢も納得出来てなさそうな顔をしてますよ。
「ですが、なんの実績もなくS級というのは……」
「納得できませんか。これは、つい先程ギルドマスターにも報告した事実なのですが……わかりました。では、A級で登録してください。これは、近衛兵団長としての命令です」
「……わかりました」
俺としても推薦という名のコネでいきなりS級に昇格するのは違うような気がするので、そうならなくてひとまずは安心。
A級でも凄いことだけどね。タマユラ様々だ。
「まさか本当にE級だとは……貴方の素性が気になって仕方ありませんが、聞かないでおきます」
「あ、あぁ。そうしてくれると助かるよ」
別に聞かれて困るものでもないけどね。
でも信じてもらえるかもわからないし、わざわざ言う必要もないだろう。
「ていうか、タマユラって近衛兵団長だったの? この街の兵のトップってことだよね?」
「ええ、兵団長は『剣聖』が就任することになっているんです。まぁ私は冒険者との兼業なので、実務はほぼ任せてしまっていますが……」
形だけ、みたいなことなのかね。
それって快く思わない人も多いんだろうなぁ。
「ま、まぁ冒険者ギルドも近衛兵団の管轄なので、広義的には私も現場で働いているということに……」
無理がある気がしますね!?
え、ということはタマユラってこの若さでギルドマスターより偉いの? なんか思ってた以上に凄い人なのかもしれないな。
「まぁ、ギルドの統括はギルドマスターですし、実際に冒険者として依頼を受けてるので、冒険者たちからはそうは思われていないですよ。ところでヒスイ様、ギルドカードを出していただけますか?」
「あぁ、そうだった。これが俺のギルドカードです」
薄汚れたギルドカードを、カウンターに置いてあるスクロールの上に乗せる。
すると、ギルドカードが大きく光り、ほどなくして薄汚れたものに戻る。
これで、更新は完了だ。
「よかったですね、これでA、級……」
最後まで紡ぐことなく、タマユラが言葉を失う。
その目線の先を追った受付嬢も、はっと目を丸くする。
なんだなんだ、人に見せちゃいけない落書きなんてしてなかったはずだが……クソ、アゲットの仕業か!
あの非人道野郎が、俺の社会的地位をドン底まで叩き落とすために美女がドン引きするような落書きをしたに違いない! 絶対許さねぇ!
「レベル、にひゃくさんじゅう、いち……!?」
あ、それか。
アゲットは濡れ衣だった。でもあいつも俺に濡れ衣を着せたわけだし、お互い様だバーカバーカ。
ギルドカードには、こう記されていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ヒスイ Lv.231
A級冒険者
【職業】
アタッカー
【パーティ】
なし
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ありえない……こんなレベル、見たことがない……」
タマユラの意識がどこかに行ってしまった。
気持ちはわかる。俺も見た事ないもん。
というか、通説ではレベルの上限は99だと思われていた。
どんな天才が一生をかけても、それよりも上のレベルに到達した記録がないからだ。
「確かにこのレベルなら、あの規格外の強さにも……でもまさか……いやしかし……」
「あのー、タマユラさん?」
「はっ! すみません、少しばかり取り乱してしまいました。――しかし信じられません。このような強者が存在したなんて」
「自分でもそんなに実感はないよ。だってほら、E級冒険者だったし」
実質的には初めての実戦がバーミリオン・ベビーだし。
S級冒険者であるタマユラがここまで言うなら、俺の実力が彼女の見立て以下ということはないだろうけど。
「ますます貴方の素性が気になって仕方がありません……あの、もしよろしければなのですが」
凛々しくも可愛らしい瞳を向けてくるタマユラ。
心なしか、距離が近い気がする。
金髪美女にこんなに迫られたら、俺の心臓がフレイムソードしてしまう。――クソ! これもアゲットからの精神攻撃か! 俺を内から破壊しようとするとは、なんて卑劣な奴なんだ!
「――私と一緒に依頼を受けていただけませんか?」
――違った。アゲット悪くなかった。
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