混乱の街カンロの章 4-4
最初に寄った村ではたいしたこともなく夜が過ぎ、朝を迎えた。
まぁ、あれだけ警戒がしっかりしていたらよほどのことがない限り大丈夫だろう。
そして、翌日の午前中はサラトガの取引先の一つである村の道具屋に薬などを納品し、昼過ぎには次の目的地まで出発する事になった。
のどかな田園風景は私達をのんびりとさせたが、警戒を緩めるまでには至らなかった。
午前中にリーナが村で仕入れた話を聞いたからだ。
どうやら領主と領民の対立は激しさを増しており、すでに武力衝突しているらしい。
「よく国は動かないわねぇ……」
私が思わずそう言葉をこぼすと、今日の前の馬車担当のミルファが業者席から苦笑して答える。
「直轄領ならともかく、貴族の領地の事だからねぇ。まぁ、そう簡単に介入は出来ないわなぁ」
「でも、それって、無駄な争いにしかならないじゃないの?止めた方がお互いの為になるんじゃないかな」
「そういうわけにはいかないのが、世の常ってもんよ。いろいろ利権なんかも絡んでくるからね。簡単じゃないのさ、政治の世界はね」
「ふう、どこも一緒ってわけか……」
思わず元いた世界の事を思い出す。
政府が何かをしょうとすると、利権絡みの連中が重箱のスミをつつくような事を言ったり、自分達の望む答えが出るまで似たような事を繰り返し聞いたり、終いには漢字の読み違えで文句を言ったり、クイズを言い出したりと実に馬鹿な事を繰り返している様子が頭に浮かんだ。
本当に、ああいう連中は害悪でしかない。
ああいう連中がいなかったら、私の住んでいた国はもっといい国になったことだろう。
そんな事を思っていると、ミルファが中を覗きこんで言う。
「どうやらニーが何か気がついたみたい。警戒しておいて……」
「わかった」
私は素早く立てかけていた剣を手にする。
格闘戦は、リーチの問題があるし、移動しながらの戦い上こういう場合、壁としての働きは出来ない。
それなら、剣で牽制した方が広範囲に対応できる。
さて、問題はどうやって後ろの馬車に知らせるかだが、それはシズカが頷いて動く。
後ろにある窓を少し開き、馬車内を照らす魔法のカンテラを軽く回す。
どうやらそれが警戒の合図らしい。
そしてその間にミルファが魔法で前方の先を見る『遠目』の魔法で前方の様子をチェックしていた。
「ちょっと不味いかも……」
ミルファが少し顔を歪めて言う。
「何が起こってるの?」
私の問いに、ミルファは答える。
「どうやら、戦争のようだよ」
「どういうこと?」
私はモーガンに馬車を止めるように指示をして聞き返す。
「前方で領民らしい集団と兵士達が戦っている……。人数的には、領民百人ぐらいに対して兵士は三十名程度。数では領民が勝ってはいるが、錬度が違うからねぇ。今のところはほぼ互角だ」
言った事はそれだけだが、ミルファの目がそれ以上を語っていた。
どうするんだい、リーダーと……。
それに関与するにしてもどちらに味方すればいいのか……。
事情がわからず関与した場合、とんでもない事に巻き込まれる可能性は高い。
情報がまったくない状態では動けない。
それにどちらにも理由はあるのだろうがそれがわからない以上、まずは自分達の身の安全の確保が最優先だろう。
そう思考をめぐらせていたら、後ろの馬車からサラトガが走ってくる。
「いったいどうしたんだい?」
「どうやら先の方で戦争が起こってるみたいなんです」
「戦争?」
そう聞かれ、ミルファが見えた事を再度説明する。
その説明に、サラトガは黙り込む。
多分、彼女もどうすべきか考えているのだろう。
そして、私の方に視線を向けた。
その視線を受けつつ、私は言う。
「今回は、静観することにしましょう。情報がない時点で、私達にできる事は何もない」
「そうなっちゃうよねぇ」
ミルファが仕方ないといった感じで肩をすくめる。
「でもよぉ、領民が戦ってんだぜ。何か我慢できない事があったんだ。だから手伝った方が……」
サラトガがそう言うが、私はきっぱりと否定する。
「どっちをですか?」
私の問いに、サラトガは黙り込む。
多分、彼女の言葉使いと態度から彼女的には領民といいたいのだろうが、それだけで決めるには理由がなさ過ぎる。
だから、はっきりと言えないのだろう。
それに言ったとしても、私達を納得させる内容ではない。
だから、私はあえて声を抑えつつもはっきりと言う。
「サラトガ、この際だからはっきり言います。あなたがどちら側により重きを置いているかはどうでもいい事です。それは個人的な考えだから。でもね、あなた一人なら止めませんが、私達チーム全員の命がかかっているかもしれない場合は別です。私は誰も死んで欲しくないし、情報もなしに感情だけで動くのは下策だと思います。それを考えたらここは慎重に行動する必要性があります。なにかこの意見を覆す提案をお持ちですか?」
「………ないよ」
下を向き、サラトガがなんとかそう言う。
肩が振るえ、握りこぶしに力が入っている。
「なら、迂回しましょう。モーガン、近くに迂回できそうな道ありますか?」
呆然とこっちを見ていたモーガンがはっとしたように我に返って答える。
「え、ええ。ありますっ。少し戻りますが……」
「ではそっちに向いましょう。サラトガ、構いませんよね?」
少し語尾に力が入る。
反対されれば、彼女とのチーム行動はこれまでだ。
私はそういう意味を含めて聞く。
「ああ。構わない。リーダーの指示に従うよ」
力なく、そう言ってサラトガは後ろの馬車に戻っていく。
その後姿を見送った後、私はミルファやモーガン以外の視線に気が付いた。
シズカだ。
凝視するかのようにシズカがこっちを見ている。
「何か?」
私はそう言って聞くが、彼女は「いいえ……」と短く答えただけで馬車の中に入っていく。
その顔には、無表情の鉄仮面だったが、その隙間からは興味深々といった感情が漏れ出ていた。
結局迂回路を回ったために、第二目標だった村にたどり着くことが出来なかった。
仕方なく、ある程度広い場所で夜営をすることとなった。
いつものごとく、ミルファは警戒網の準備を始め、リーナとノーラが近場をまわって何かないかを確認しに出た。
モーガンら業者二人組みは、馬と馬車にかかりっきりとなり、サラトガとシズカ、それに私が野宿の準備を始めた。
あの出来事からサラトガの口は重く、何か考え込んでいるようだった。
私の方も声をかけないほうがいいだろうと思い、黙々と作業をする。
そして、シズカはそんなサラトガと私を交互に見た後、ため息を吐き出して言った。
「サラトガ、言いたいことがあるなら言うべきです。貴方らしくない……」
その言葉に、こっちを向いたサラトガだったが、何を言ったらいいのか躊躇しているようだった。
そんな態度に、シズカはまたため息を吐くと私の方を見て言った。
「サラトガはね、横暴な貴族の領主に家族を殺されたの。旦那とかわいい息子をね……」
「や。やめてくれっ。シズカっ」
慌ててそういうサラトガだったが、その様子は普段とは別人のように怯えていた。
「いいじゃないっ。今話さないと。そうしないと二人とも蟠りが残ったままになる。それにね……」
そこで言葉を切り、サラトガに詰め寄るように言う。
「そんなサラトガは大嫌いなのっ。イジイジしちゃっててさ。柄でもないし。大体ね、サラトガは、そんなキャラは似合わないってーの。悲劇の主人公みたいに悩んで、メソメソして、何も言えずにいじけてる。そんなのはサラトガじゃない。あなたはね、がっははははって笑ってて、あたしに任せなって豪快に胸叩いてればいいんだから」
酷い言い様である。
もう少し言い方と言うものがあるのではないだろうか。
まぁ、私も口がいいとは言えないけどシズカがここまで口が悪いとは思わなかった。
しかし、そんなシズカの言葉に、サラトガは苦笑を浮かべて頷いている。
「はははっ。シズカに言われるようじゃ、私もまだまだだな」
「そうよ。しっかりなさい」
「ああ。わかったよ」
サラトガが私のほうを向いて提案してくる。
「そういうことだから、アキホ、食事の後にでも少し話しをしょう」
「ああ。私も色々聞きたいし、話したいこともあるから」
「オッケー。じゃあ、また後で……」
そう言って荷物運びを再開するサラトガ。
その様子には、少し楽になったという雰囲気が出ていた。
さすがにこの二人は互いのことがわかっているみたいだな。
そんな事を思っていたら、黙って私とサラトガの会話を見ていたシズカの視線がこっちを向く。
その視線はかなりの熱を帯びていた。
「それはそうとアキホ、あなたにも言いたい事はあるわ」
「え、えっと何かな?」
少し圧倒されながら、聞き返す。
「確かにあなたの判断は正しいと思うわ。でもね、チームなんだから、仲間の事はしっかりフォローしなさい。それがリーダーってもんじゃないのっ。言い負かせて従わせるのがリーダーの仕事じゃないのっ。いろんな人がいるチームをまとめるのもリーダーの仕事よっ。そうじゃなきゃ、何にも出来ないわよ。いい?」
強気にそう言われ、私は頷くしかない。
「わかればよろしい」
シズカは言うだけ言うと、すっきりしたという表情で息を吐き出す。
そして、無表情という鉄仮面で表情を隠した。
そして、作業を再開しようとして思い出したように言った。
「そういえば、あのスープ美味しかったわ。まだ材料あるの?」
「え、ええ。まだあるけど……」
「なら、夜にもよければ、またお味噌汁、お願いね。今度は違う野菜のやつがいいかな……」
そう言って荷物を持つとさっさと歩いていってしまった。
しばらくして、我に返った私はやっとシズカの言った言葉に含まれる意味を理解した。
今、彼女は言ったのだ。
味噌スープではなく、『味噌汁』と……。
夕食は、保存用の肉と野菜を使った煮込みに少し醤油をたらして和風にしたものと野菜の味噌汁。
それにリンゴによく似たミリットと呼ばれる果実と固めのパンを用意した。
なぜ、和風にあえてしたかというと、シズカの反応が見たかったためだ。
私の知っている限りでは、醤油は南雲さんのところで作られたものしか知らない。
さて、シズカはどういう反応を示すだろうか……。
そう思いつつ、木の器に料理を入れて全員に配る。
「おおおっ、今日のもうまそうだ。やっぱり、うまい料理は正義だ」
ノーラがそう言いつつ、さっそく煮込みの肉をほおばっている。
「このスープ、おいしですねぇ。具材の野菜を変えるだけでこんなにも違う感じになるなんて……」
リーナはそう呟きながら味噌汁を啜っている。
日本人みたいに音を立てて啜ってないからなのか、味噌汁を飲んでいるようには見えない。
ミルファは、意味ありげにこっちをちらちら見て料理を食べている。
何が言いたいのかは……。
ええ。わかってますって。
ミルファは南雲さんのところにいた関係上、日本の味には慣れている。
そして、この味が独特のものだという事も理解している。
本来ならそんなに頻繁に出さなくてもいい味を、続けて出したという事はシズカについて再度確認したかったのね。
彼女の表情がそう語っている。
そして、問題のシズカの様子だが、恐る恐る煮込みを一口口につけた後、こっちをじっと見返してきた。
彼女の鉄仮面は完全に外されており、久方ぶりに味わうであろう醤油の味に喜んでいるようだった。
だから、私は頷いてみせる。
するとそれを合図に、シズカは夢中で食べ始める。
おしとやかで上品な感じは崩れてはいないものの、その食べるスピードは食欲魔人のノーラ並だったから、驚愕するしかない。
二人同時にお代わりと言われて、どちらから注ごうか迷っていたらシズカとノーラがにらみ合いを始めそうな雰囲気だったので、私は慌てて二人の器を受け取り、料理をついで二人同時に差し出した。
二人はお互いをけん制しつつ食べ始め、その雰囲気に周りは圧倒されてしまう。
「嘘だろう。あのシズカが……」
サラトガが唖然としていたから、こういうシズカの様子を見たのは初めてなのだろう。
しかし、思い当たることがないでもない。
そういえば、馬車にいるときも作業をしつつなにやら口に運んでいたな。
そんな事を思い出す。
つまり、シズカもノーラのお仲間ということなのかもしれない……。
「あああっ、また食欲魔人が誕生しちゃったか……」
ミルファが呆れた表情で料理を食べながら呟く。
「まぁ、アキホの料理、美味しいからねぇ」
リーナもノーラの食欲魔人ぶりを知っているだけに、我関せずといった感じで自分の食べる分を確保して食べていた。
二人ともクールだよ。
反対に、サラトガとモーガン、カワランの三人は圧倒されて食べるのが止まっている。
仕方ないので声をかける。
「さっさと食べないと二人にみんな食べられてしまいますよ」
私の言葉に、我に返った三人は慌てて食べ始めた。
こういう場合、自分の分を至急確保しておき、我関せずが正しいのだと本能で察知したのだろう。
うん。正解です。
そう思いつつ、私も自分の分は確保して二人の食べ比べバトルを見つつ食事を進めたのだった。
なお、結果だが、ノーラに勝利の女神の、いやこの場合は大食いの神様のご寵愛が正しいのだろうか。ともかくノーラが勝利し、シズカは悔しそうに涙をためていた。
「くくっ、馬車で間食してなきゃ、もっといけたのに……」
そんな呟きが聞こえたが、私達はスルーしておく事にしたのだった。
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