混乱の街カンロの章 4-2
「えっと…カラワンといいます」
三十後半の男性が頭をかきながら挨拶をする。
少し引っ込み思案っぽい感じで、中肉中背で特徴がない感じだろうか。
多分、人込みの中に入ると探すのは大変そうだ。
「俺はモーガンっていうんだ。よろしくなねーさん方」
もう一人は四十代だろうか。
筋肉の塊のような体付きの陽気な男で、船着場とか馬車停留所当たりにいそうな感じだ。
結構人懐っこい感じで、多分こういうタイプはどこに行ってもそこそこうまくいくだろう。
「こいつら二人が私の商会の店員兼業者ってわけだ。よろしくな」
そう言って恐らくいつもしているのだろう。スキンシップみたいな感じでサラトガは二人の背中を叩くが、実に気持ちいい音が響く。
あれは痛いゾォ……。
そんな風に思っていたが、二人とも叩かれ慣れているのか、或いは音に比べて痛くないのかけろっとしている。
「そんでもって、こっちが私の馬車だ」
そう言ってサラトガが後ろの馬車を見せる。
一台は、馬四頭で引くかなり大きな部類に入る全木製の屋根つき馬車で、全体的に白く塗られて薬のマーク(フラスコのような形をしている)が緑色で左右に描かれており、その絵の下に『イエメン・アイザワ商会』と書かれている。
どうやら、薬の行商人をしているというのは本当のようで、少し塗装が禿げ欠けていたり、色あせたりしている。
「こっちは、中に薬草や薬、後は製薬施設なんかが入っていてかなり狭いんだよ。業者席に二人。中に二人ってくらいかな。まぁ、ちょっとした野営道具なんかは積めるけどね」
確かに普通の馬車だったら十人以上乗せれそうな大きさだが、その分、いろいろ荷物や道具が入っているのだろう。
「そんでもって、こっちが最近購入したやつだ」
そう言って、その後ろの馬車を指差す。
こっちも馬四頭で引く大きな馬車だが、こっちは側面こそ木だが屋根は幌で出来ている。業者席も屋根があるのはありがたいが、どう見ても道具なんかを輸送する専門のタイプだ。
「こっちは、例の商品を積んである。まぁ、かなり余裕があるから、五~六人は乗れるかな」
「なるほど。で振り分けはどうする?」
「そうだねぇ。一応、先頭の商会名が入った方にシズカとモーガンが、後ろの方に、私とカラワンが付く予定だ。そっちはどうする?」
「一応、リーダーであるアキホは前固定で、前に一人、後ろに二人って感じで振り分けますか。それでアキホ以外は休憩ごとに変更していったらどうです?」
リーナがそんな事を言う。
「えっと、なんで私、固定なの?」
「そりゃ、アキホがリーダーだから……」
「わたしゃ考えるのは苦手だからね。何かあったらアキホに判断任すためにな」
「アキホだからねぇ……」
三人三様で答えが返ってくる。
要はめんどくさい事は私に押し付けるつもりのようだ。
いや、わかるよ。わかるけど、もう少しオブラートに包んで言おうよ。
でも、最後の「アキホだからねぇ……」は意味不明だ。
どういう意味よ、ミルファ。
なんか、納得できない心境なのよねぇ。
ともかく、私としても、シズカとは話しをしたかったからいいんだけどさ。
そんな感じで話が進んで打ち合わせが終わると一旦宿に戻る。
きちんと宿を引き払う為だ。
だいぶ慣れ親しんできたここを離れるのは少し寂しい。
そんな感傷にふけっているとミリーが声をかけてきた。
「そろそろ行くのかい?」
「ええ。問題もないみたいだし、ここにある荷物を積み込めば出発です。お世話になりました」
そう言って頭を下げる。
「ははっ。気にしなさんな。あんた達は金を払った。私はその金に見合ったサービスを提供した。それでいいじゃないか」
ミリーが笑いながらそう言う。
しかし、私はそれだけのドライな関係ではないと思っている。
「何言っているんですか。色々お世話になったし、それに、またここに来ますからその時もよろしくお願いします」
私がそう言って再度頭を下げると、ミリーは照れくさそうに顔をかいた。
「ははっ。そう言ってくれるとうれしいねえ。いいかい、また絶対にこっちに来るんだよ。待ってるからね」
ミリーがぎっと私を抱きしめる。
そこには旅の無事と再会を願う思いが詰まっている。
どうのこうの言ってもやっぱりミリーはこういう人なんだと再度認識し、私も抱きしめた。
「さてと、時間がないんだろう?さっさと支度終わらせな」
ミリーはそう言って私から離れる。
その声が少し鼻声だったのは気のせいだはないだろう。
全ての支払いを終えて荷物を持って宿から出ようとした時、私達は呼び止められた。
「よう。旅を再会するんだってな。ほれ、これは餞別だ」
厨房からイゼットが出て来てバッグを渡す。
布製のかなり大きなバックで、結構重い。
これなんだろうと思っていると「今日の昼飯とちょっとした俺特性の調味料だ。あんたなら使いこなせるだろう?」と言ってイゼットは笑う。
「えっ、でも……」
「なぁに、気にするな。またその調味料が欲しくなったら、こっちに寄ってくれればいいからな」
そう言って、笑うイゼット。
これは彼なりの思いなのだ。
それに彼の特性ブレンドされた味塩やスパイスを使った料理はかなりうまい。
この街でもかなり上位の料理を出すと思っている。
私も色々料理を教えてもらったが、彼に教わった料理にはそれら調味料が不可欠だ。
だから素直に受け取る。
「ありがとうございます。今度は、きちんと買いに来ますから、よろしく」
私はそう言って笑うと、イゼットも「よしっ。その時までに値段を考えとくからな」と言って笑う。
なお、くれぐれもミルファにだけは使わせるなと小声で言われたのは内緒だ。
こうして、私達は宿を後にした。
『湖畔の女神亭』
その看板がまるで見送るように風で揺れている。
また、絶対に来よう。
私はそう思いつつ、ミルファ達と合流場所に向ったのだった。
「では、今日からよろしくお願いします」
私は、これからの旅で一緒の馬車で過ごすシズカに挨拶をする。
「いえ、こちらこそ……」
そう挨拶をするものの、実に反応が淡白だ。
警戒しているのか、或いは元からそうなのかはわからないが、とっつきにくそうな人物のようだ。
「私は奥で調合なんかをしてますので……」
それだけ言うと馬車の奥に入り込む。
そこは原料の薬草などや意味不明な機械やら道具が棚につめられて並んでいる。
落ちないように固定ストッパーが付けられており、横倒しにならない限りは、崩れ落ちなくなっているのはさすが旅に慣れるなと感心してしまった。
「さて、アキホ、どっちが先に業者席に座りますか?」
どうやら今日は、リーナが私の相棒らしい。
「そうだねぇ。私が先に座ろうかな。都市出るときの手続きとかあるしさ」
「そうですね。では私は馬車の中に入っておきますか」
リーナはそう言いつつ、馬車の中に手荷物を持って入っていく。
「あれ、その手荷物は?基本的な道具は荷物室に入れてなかったっけ?」
私の言葉に、リーナは手荷物のバッグを開けてみせる。
そこには何冊かの本が入っていた。
「ちょっと読みたい本を何冊か見つけましてね。せっかくだから読んでおこうかなと……」
「へぇ…」
私はそう言いつつ、本のタイトルを確認する。
『世界の伝承 ミステント編』『地域特色紹介記』『冒険の心得』などなど……。
要するにこれからの旅で必要になるかもしれない知識を得ようとしているのだろう。
「面白そうなのがあるね。読み終わったら見せてもらってもいい?」
「ええ。もちろんですよ。こう見えても本とか大好きなんですよ」
リーナが楽しそうに言う。
へぇ、意外だなぁ……。
私はそう思いつつ、私も何か本買っとけばよかったと思っていた。
街から出るときは、フリーランスプレートとサラトガの持つ商人証明書を見せることで簡単に街の外に出れた。
前の冒険の時は、出るときはいつも街連絡用の定期便馬車だったから、こういう手続きはしなかったので少し新鮮だ。
それにフリーランスプレートのおかげで、街に入るときのような勘ぐる様な視線を向けられる事もない。
ああ、フリーランスプレートがあってよかった。
つくづくそう思う。
まぁ、南雲さんも私を心配して手配してくれたんだとは思うけどね。
でもさ、もう少し自分の名前の影響力を考えようよ……。
今度会った時は言わなきゃな。
そんな事を再度思ってしまった。
こうして、私達『シャイニング・アロー』はカンロを目指す旅を始めたのだった。
「ここら辺で休憩しましょうか」
私が空を見上げて言うと私の横に座っていた業者のモーガンが頷く。
「ここならちょっとした小川もあるし、いいんじゃないですかね」
「なら、そうしましょうか」
馬車を道横に広がっている場所に止める。
すぐに後ろにいた馬車もその横に止まる。
「休憩かい?」
「ええ。そろそろかなと思いまして……」
サラトガが周りを見渡し、そして空を最後に見上げる。
「そうだねぇ。いいと思うよ」
「じゃあ、リーナ、ノーラは少し周りの警戒を…。ついでに焚き火に使えそうなものがないかも見てきて」
「ハイわかりました」
「はいな、アキホ。料理に使えそうなものが合ったら回収でいいか?」
ノーラがそう聞いてきたので頷く。
小川もあるし馬車の水を使う必要はないから調理には問題はないだろう。
「いいよ。でも、加減は考えてね」
そう言うと、「任せとけ」と言ってノーラが自分の胸を叩いた。
いや、そう言いつつ、前回の冒険の時に、猪狩ってきたじゃないか。
あれさばくの大変だったんだぞ。
おかげで出発無茶苦茶遅くなったし……。
そう思ったが、一応、その後あまり大物は狩って来るなって言ったから。
信用してるよ、ノーラ。
そう思って生暖かい視線だけを向ける。
ノーラはその視線を受け何を思ったのか、張り切った口調で「任せろよ」とか言っている。
本当に大丈夫かな。頼みますよ、本当に……。
ともかく、指示を受けて二人がすぐに動く。
そして、私の方に歩いてくるミルファに視線を向ける。
「ミルファは、道具を下ろしておいて」
「はいはい~♪料理するの?」
「簡単なスープぐらいかな……」
「わかったわ~♪ご飯~♪ご飯~♪」
お腹がかなりすいていたらしい。
鼻歌なんかを歌いつつ、料理の道具などを下ろし始める。
「なら、あたいたちはどうしたらいい?」
「サラトガさん達は、馬の世話や馬車の点検をお願いします」
「で、アキホは?」
そう聞かれて、ニコリと笑顔を返す。
「ご飯の準備です」
「ほう……」
「もっとも、メインはお弁当いただいているんで、サブのスープでも作ろうかなと思ってますけどね」
私の言葉にサラトガは笑って返事をした。
「そりゃ楽しみだ」
「ええ。楽しみにしていてくださいな」
口ではそういったものの、サラトガの言葉に挑戦的なニュアンスがあったので、少しカチンときた。
食事を舐めるんじゃないわよぉ……。
それに試したい事もあったので、今回は特別な調味料を使うことにした。
ふっふっふ……。
そして、二十分もしないうちに昼食が完成したので各自を呼ぶ。
メインは、イゼットのお弁当だ。
人数以上用意してあるのは、うちの腹ペコ魔神ノーラのためだろう。
感謝します。
さて、お弁当の中身はサンドイッチだ。
まぁ、移動しながら食べてもいいようにという事なのだろう。
ただし、具がこっている。
鶏肉を甘辛く煮込んだものをスライスしてはさんであるものもあれば、野菜だけドレッシングであえてはさんだもの。
オーソドックスにハムと野菜のもの。揚げ物にソースを絡めたものをはさんだもの。などなど……。
実にいろいろな種類のものがあり、それを丁寧にきちんと切り分け、崩れないように木箱に入れてある。
また、それとは別にパンの耳を揚げて砂糖をまぶしたものや何種類かの野菜スティックを入れた木箱も用意されている。
「おおおっ……」
普段からイゼットのお弁当を食べ慣れている私達でも声が出たほどだから、初めて食べるサラトガやシズカ達、新規組は声も出ないようだ。
でもって、私のサブのスープだが、何種類かの乾燥野菜のスープだ。
もちろん、乾燥野菜は水分を吸って戻っているものの、ただの野菜スープと思われるだろう。
色が茶色い事を除けば…。
「なんだ、野菜スープか…」
サラトガの呟きが聞こえたが、私は聞こえない振りをした。
そして、ただシズカの様子を伺う。
横でミルファがニタニタした笑いをしている。
多分、ミルファは私がやったことがわかっているのだろう。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
ただ、シズカの様子を伺う。
じーっと渡されたスープを見ていたが、ゆっくりと器を顔に近づけ香りをかぐ。
すると顔の緊張が一瞬だが緩くなったような気がした。
そして、再度器の中身を見る。
その目は信じられないものを見たと言う表情になり、慌てて口に器を運ぶ。
こくんっ……。
シズカの喉が動き、口に入ったものを飲み込む。
そして、シズカの視線がこっちを向いた。
「これって……」
そう言いかけて、慌てて我に返ったのだろう。
元の無表情な顔に戻る。
そして、何も言わずにスープに再び口をつける。
さっきと同じ無表情のように見せていたが、目が細められ、スープを夢中になって食べている。
ああ、当たりかもしれない。
この人の、この反応……。日本人の可能性がかなり高い。
なぜなら、この茶色のスープ。
これは、南雲さんのところで作られている味噌を使った味噌汁なのだ。
それも、昆布に似た海草を刻んで練りこんである出汁入りの味噌で瓶詰めされている持ち運びできるタイプのもの。
南雲さんが十年近くをかけて色々試行錯誤した味であり、かなり日本の味噌に近い味を再現しているもので、一般には流通していない。
それを一瓶、分けてもらっていたのだ。
「もし、私達のように召喚されて運よく生きているものがいたらこれでわかるかもな」
冗談のように南雲さんは言っていたが、やっぱり日本人にとって醤油と味噌は民族の味になってしまっている。
実にいい判断手段だと思う。
ともかく、これで、シズカは日本人の可能性がとても高いと言う事が決定となった。
「おおっ、これっ。このスープもうまいじゃないか」
シズカに集中していたが、どうやら他の連中もスープを飲み始めたらしい。
サラトガが驚いた顔をしている。
「こいつは驚いた。独特の風味と味だがうまいぞ」
そして、こっちを向くとサラトガが頭を下げる。
「すまんかった。これは予想以上だった」
するとノーラが自慢げに言う。
「アキホは、うちのチームの食を握っているからな。だから、リーダーなんだ」
とんでもない発言に思わずこけそうになる。
ノーラの頭の中ではそういうことになっているらしい。
やっぱり、彼女は食欲魔人と呼ぶに相応しい。
ノーラの発言に、リーナは苦笑しつつ修正する。
「まぁ、それだけではないですけどね。でも彼女の食事は美味しいですよ。それは間違いないです」
「確かにアキホにはリーダーの素質がある。だけど、それ以上に料理がうまいか下手かで言われると、やっぱりうまい方がいいよ」
ミルファがスープをすすりつつそう言う。
「確かに。うまい料理は、それだけで正義だからな」
サラトガがそう言い切って笑う。
なかなか豪快な人だ。
終いには、うちの商会で専属コックとして働かないかとまで言われる。
いや、さすがにそれは勘弁して欲しい。
そんなことを思いつつも、これで少しはみんな打ち解けたのではないかと思う。
そして、これで少しでも早く、互いのことがわかればいいなと思う。
もちろん、シズカのことも……。
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