旅立ちの章 3-7
翌朝になって、朝食を済ませた私達は、二つのチームに分かれて行動することにした。
昨日打ち合わせたとおり、一組が村で魔物の情報を集め、もう一組が巣近くに行って様子を伺うという役割分担だ。
村での情報収集に村長はかなり渋ったが、魔物を倒すには細かな情報が必要だと説得する。
その結果、魔物に遭遇した人たちだけなら話をしてもよいという譲歩案をしてきたので、それを飲む。
ともかく、情報がなければどうしょうもない。
チーム分けは、リーナとノーラさんが村の担当、ミルファと私が巣近辺担当となった。
昨日の夜の出来事はノーラさんには話していない。
私としては、全員同じ情報を持つ事は大事だと思うのだが、ミルファやリーナとしては、まだ信用できない相手に話す必要はない。話すには危険すぎる情報という事だった。
つまり、それだけ生のハルカの葉があるという情報はまずいという事だ。
どれだけ慎重にしても、慎重しすぎる事はないとミルファに言われてしまった。
そんなわけで、巣の近くに行くまで片道半日程度らしいので私とミルファは警戒しつつ、巣に向った。
そして二時間もしないうちに、魔物の集団と遭遇してしまう。
ゴブリンとホブゴブリンの一団で、数は六匹だ。
「ちょっと早くない?」
私は構えつつそう言うと、ミルファも同意する。
普通、ゴブリンやホブゴブリンは巣の近くで行動し、狩りをする。
遠出をする時は、巣の近くに獲物がいないか、何か理由がある時のみだ。
「ともかく、こいつら倒して調べるしかないわね」
私はそう言うと連中の中に飛び込む。
飛び込む理由は三つあり、一つは、本来の私の戦闘スタイルである格闘術による攻撃の為、懐に入り込む必要があるから、もう一つは、魔物相手に私の格闘術がどれだけ通用するかを確認する為、最後の一つは、ミルファの方に相手を集中させないためだ。
実際、予備の武器である槍で戦おうとも思ったが、それだと六匹相手にミルファをカバーできないだろう。
ならば、相手の中に入ってかき回してやれば、ミルファに向う相手は減るだろうという事も考えての事だ。
そして、私の考えを理解して魔法で援護に徹してくれるミルファ。
「防御向上」
「打撃向上」
二つの呪文が私の防具である鎧の強度と武器である篭手の強さを上げてくれる。
すーっと呼吸を整え、流れるような動きで相手の動きを避けていく。
相手は人型の魔物とはいえ野生動物に近い感覚で、技とか技術なんてものはほとんどない。
だから、動きは読める。
それに周りを取り囲まれているといっても、立ち止まって殴りあいわけではなく、移動しながらの攻撃だから、それほど取り囲まれていて四方八方から攻撃されるという事もない。
それどころか、懐に入られていいようにあしらわれているという感じだろう。
もっとも、元の世界ではこんな事は不可能で、武器を持つというアドバンテージはとても高く、どんな達人でも相手、特に複数の相手が武器を持ったら逃げる方がいいと言われるほどだ。
しかし、この世界では違う。
拳を覆う篭手と言う武器があるし、何より感覚が元のいた世界より研ぎ澄まされており、相手の動きがわかる。
これが大きい。
その力は、技量があるからわかるのか、それとも鬼としての覚醒の為なのかはわからないが、今の私をより強くしてくれる。
パンっ。
乾いた打撃音が鳴るたびに骨がひしゃげ、肉と血が飛び散る。
ゴブリンならほぼ一撃で、ホブゴブリンでさえも軽く二、三発当てると倒れる。
ものの数分もしないうちに六匹の魔物の集団は、ただの肉の塊へと姿を変えていた。
「うわーっ、相変わらずえげつない……」
ミルファが少し呆れ顔でそう評価する。
「何言ってるんですか。剣や槍なんかの武器で殺すのと変わらないでしょう?」
私は自然とそう言ってしまい、自分自身驚いていた。
人を殴る事も、生き物を殺す事もあたり前のように出来る自分に……。
以前の皆殺しの時のような悦楽はない。
しかし、殺すことらよる恐怖も何もなかった。
ただ、当たり前のように敵だから殺している。
それでますます自覚する。
この世界の法則に同化しつつあるのだと……。
ミルファと二人で所持品をチェックしていく。
武器や防具はボロボロで錆びついていたりとあまり気にもならなかったが、そのうちのリーダーらしきものが持っている道具の中に面白いものがあった。
ハルカの実である。
私とミルファは互いの顔を見て頷く。
どうやら繋がりは見えてきたようだ。
時間的に戻るには早すぎるし、巣の近くにもっと近づいて調べる必要がある。
警戒しつつ前進していくとまたゴブリン達の集団と遭遇した。
今度は五匹で、ゴブリン四匹のホブゴブリン一匹だ。
さっきと同じように私が接近戦を行い、ミルファが魔法で援護する。
そして数分後には、さっきの集団のように全滅していた。
所持品を漁りつつミルファが私を見て言う。
「援護の必要ないって感じよね」
「そうかな?」
「そうだよ。なんかさ、見てるとさ、すいすいすいって感じで相手の懐に入り込んで、パンパンパンって音がする度に相手が倒れていくでしょ?あっけなさ過ぎなんだよね」
そう言われれば、南雲さんの領土に向かう途中で一度ゴブリン達と遭遇した時の戦いでは、数の差もあったけどかなり苦戦してたっけ……。
戦闘訓練している隊員でもすばやい動きのゴブリンが複数だとどうても梃子摺るようだ。
例外が南雲さんとミルファで、南雲さんは剣を二本振り回しつつ回りの分のゴブリンやホブゴブリンをけん制して隊員をカバーしていたし、ミルファにいたっては、「魔法の矢」の魔法で一匹一匹狙撃して倒してた。
隊員のレベルを戦闘訓練した人の普通と考えると、確かに私の戦い方は普通ではないと言える。
「大体、ホブゴブリンはともかく、ゴブリンって意外と人よりすばやいんだよね。それなのに、アキホはそんなの構わずに動くからなぁ……」
「でもさ、その動きもミルファの援護魔法があるおかげだよ」
確かに、ミルファの魔法があるから軽い一撃ぐらいなら何とかなるって感じられるんだよね。
それだから安心というわけではないけど、踏ん切りをつけて迷いなく動けるのも事実だった。
「そうかねぇ。それならいいんだけどさ」
「ふふっ……。ミルファは援護よりも派手な魔法の方が好みだものね」
「まぁ、否定はしないよ。だってさ、効果がわかるじゃん」
実にミルファらしい言葉だ。
そしてそこで私達の会話が止まる。
ゴブリンたちの所持品の中にあるものを見つけたのだ。
視線の先には、ハルカの実があった。
結局、そのあと二つの集団と戦闘になったが戦い自体は大事に至らず、巣の近くまで行って余裕持って村に帰ることが出来た。
結論から言うと、四人で普通に突入してもそれほど問題ではないだろう。
今日の四回の戦闘で、実に三十匹近いゴブリン、ホブゴブリンを倒している。
基本、ゴブリンの集団は、五十から百匹で一部族と言われるから、百匹としても実に三分の一の戦力を失った事になる。
だから、よほどのことがない限りは問題なく依頼を終了出来るだろう。
その事を表立った情報として共有し、明日にでも以来を完了する予定だと村長に告げた。
村長はほっとし、よろしくお願いしますと頭を下げた。
私達も、依頼ですから大丈夫ですよと穏便に対応する。
そして、深夜……。
リーナが私達の部屋を訪れ、周りから聞こえないように結界を張り、真の報告会と情報共有が始まった。
依頼完了に関しては、別に改めて言う必要はない。
しかし、問題は別にある。
ゴブリンたちを倒して手に入れたハルカの実だ。
どの集団もハルカの実をリーダーらしきホブゴブリンが持っていた。
ハルカの実だけでは特に問題はないし、何より食用にも薬用にも適さない。
それは人間だけでなく、ゴブリンたちにとってもそうだ。
ただし、これに葉と実かあると別となる。
ハルカの実の汁と葉を混ぜ合わせて煮込むとご禁制の薬になるが、別に煮込む必要性はない。
より純度の高いものを手に入れるために煮込むのだ。
だから、普通に実と葉を口に入れてくちゃくちゃするだけでも成分は摂取できる。
ゴブリン達の一部を除き、ほとんどの一族は火を使わない。
それでも、二つそろえば使うことが出来る。
つまり、どうやらゴブリン達の目的は、ハルカの葉のようだと推測できる。
そして、リーナによる村での情報収集からそれが間違っていない事がわかった。
厳重な警戒の倉庫内は、ハルカの葉が大量にあったらしい。
もちろん、普通の情報収集だとそんな事はわからない。
「もしかして、忍び込んだの?」
そう聞く私に、何を当たり前な事を聞いてるんですかって顔でリーナが見ている。
「あ、そうなのね……」
私は苦笑してそう言うしかなかった。
そして、リーナの忍び込んで調べた結果わかった事はそれだけではない。
この村はとある闇組織の手が入っている末端の村で、村の外れの森の中でハルカの栽培を秘密裏に行っていたこと。
二年ほど前、その近くの洞窟にゴブリンの集団が住み着いたものの、この地域は動物が少なくて飢えていたために本来なら食用に適さないハルカの実を強奪してしまった事。
ともかく、近くにゴブリンがいるとなるとハルカの実の栽培どころではなく、村の存亡にかかっている為、残った葉を慌てて村は回収してハルカの栽培後を飲み消した事。
そして、その回収した葉が倉庫にあり、管理していること。
それらのことがリーナの手で簡単にわかってしまった。
「すごいわね。たった半日ちょっとで……」
「ふふっ。簡単でしたよ。ノーラが村人とか村長から情報収集している時に、少し席を外してね。それで村長の厳重な鍵がかけられているお部屋に忍び込んで書類をさっと見てきただけよ。もっと、重要書類は厳重に管理しとかないと……」
なんか物足りない表情のリーナ。
楽に出来たらいいじゃないと思う私と違って、どうやら難易度が高いほど燃えるタイプのようだ。
「それで、この村に繋がっている組織って……」
「『恐怖の代行者』って名前の組織ね」
リーナの言葉にミルファの表情が曇る。
「それって、国家対策クラスの組織じゃない?」
「そうですねぇ。うちのブローランドでも監視対象の危険組織で名前上がってますね」
リーナが実にあっけらかんとした顔で補足する。
「それって、やばくない?」
私がそう言うと、「まぁ、本当ならやばいでしょうね」と言うリーナ。
だが、すぐに言葉を続けた。
「でもここは下部組織の末端と言う感じですから、魔物退治依頼のついでに全滅させても問題ないと思いますよ。なんせ、発覚したら関係者は死刑なんですから……」
なんか実に恐ろしい事を普通に言うリーナ。
さすが、元諜報兼暗殺者。
「まぁ、それは最終手段だよ。うちらは虐殺者じゃないしね。ある意味、見ない振りしてスルーって手もあるけど、どうする?」
ミルファはそう言うと私の方を見た。
リーナの視線も感じる。
要は決めるのは私らしい。
なんでこうしょっぱなの冒険からこんなに選択難易度高いのが私に回ってくるのかなぁ……。
ああ、誰かに決断は任せて、意見言うのが楽でいいよなぁ。
みんながナンバー2とかになりたがるのもわかるよ。
だって、決断=責任なんだものなぁ……。
すごく愚痴りたい心境だが、でもこればかりはどうしょうもない。
だから、私は少し考えた後決断するしかなかった。
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