覚醒の章 序
のどかな農園風景が続いている。
幸せそうな笑顔で働く人々。彼らは決して着飾ったりしていないし、汗水を流しながら働いている。
しかし、その笑顔を見ているだけでここに暮らしている人たちは落ち着いた生活をしているのがわかる。
私達の馬車が通ると、彼らは仕事の手を止めて挨拶をしてくる。
護衛で馬車と併走している騎馬の隊員たちが手を振ったりしている。
実に平和な風景だった。
「いい村じゃない……」
帆の間から外を見て思わず口から言葉がこぼれた。
「そうでしょ……。とても6年前は作物の実りも悪くて寂れた活気のない村だったとは思えないでしょ」
横に座っているミルファさんが楽しそうにそう答える。
「ええ。というか本当なの?」
「本当よ。この地域一帯はかなりひどい有様でね。ここの領地を渡された時、ボスに対しての嫌がらせじゃないかと思ったわ」
そこで言葉を止めて、少し小さな声で「まぁ、本当に嫌がらせだったんだけどね」と呟く。
私はあえて聞かない振りをして、荷台に乗って馬車を動かしている人物の背中を見た。
南雲索也。
私より10年近く前にこの世界に呼ばれた人。
元の世界ではどんなことをしてたとか、どんな境遇なのかとか決して自分から話そうとはしない。
ミルファさんやアーサーさん、それに他の隊員の人達の口も彼に対しては重く、何とか聞き出せたのはここまでにかなりひどい目にあってきたということだけ。
そして、元の世界に帰る事を諦め、こっちの世界に骨をうずめるつもりらしい。
まぁ、確かに10年近くたってしまったのなら、元の世界に戻っても肉体がない可能性だって高い。
だからこそ、自分のような境遇の人を減らすためにこんなこともしているという話だった。
あまりにもじっと彼の背中を見つめ続けていたのだろう。
ミルファさんがくすくす笑いながら耳元で囁く。
「もしかして……惚れた?」
その言葉に、カーッと頬に熱が溜まるのがわかる。
「ま、まさかっ……。あんな中年の親父なんてこっちからお断りよ」
その言葉を聞いて、ミルファさんは私を見てにこりと微笑む。
「なら安心だね」
「へ?!」
言葉の意味がわからず思わず変な対応をするが、ミルファさんはそれ以上何も言わずに楽しそうに鼻歌なんかを歌ってる。
今のはどういう意味なんだろう……。
それから4時間近くが過ぎ、馬車は大きな門をくぐりぬけて大きなお屋敷といえるような建物の敷地内に入っていった。
かなり広い敷地で、ドーム球場が何個も入りそうな広さだ。
そして、中央に砦を思わせる3階建てのビルと変わらない高さの大きな西洋風の石造りの建物があり、その周りに小さな建物が3つと塔が2つ建っている。
今までこの世界の街を見たことがない私にとってそれがどれくらいの規模になるのかわからないが、かなり大きな施設だということはわかる。
「凄い……」
思わず声が出てしまう。
そんな驚く私の様子をミルファさんが楽しそうに見ながらいちばん大きな建物を指差す。
「中央の大きな建物が主館。建物を見たらわかると思うけどいざというときは砦としても使われるの。まぁ、この領地の行政の中心といった方がいいかな。いろんな人たちが働いているわ。ちなみに私達も普段はあの建物にいるわ」
「えーっと、お役所ってとこですか?」
「まぁ、そうね。軍事施設を兼ねたって部分があるけどそんなところかしら」
そして次に横に並んでいる小さな3つの建物を指差す。
「こっちは補助館。ここで働く人たちが住んでいるのが手前の2つで、それぞれ風の館と水の館と呼んでる。えーと、なんていったらいいかな……。ボスか言うには、マンションに近いものって感じかしら」
マンションって……。
多分、ミルファさんはよく意味がわかってなくて使ってるような気がするが、突っ込まない。
まぁ、実物を知っているのと知らないで情報だけの場合とは、認識のズレなんかあるのは当たり前だしね。
そんなことを考えている私に構わずミルファさんの説明が続いている。
「それで一番奥のが、ボスの館で、地の館と名づけられてるわ」
そこで少しおちゃらけて言葉を追加する。
「もっとも、うちらは地の館なんて呼ばないけどね」
「じゃあ、なんて呼ぶんです?」
「ふふっ、ボスのお屋敷」
その言葉と同時にミルファさんは笑い出し、私も爆笑する。
「まんまじゃないですかっ」
「そう、まんまなのっ」
「ひどいと……は……思うんです……けど……」
笑いながら私はそう言ってみたものの、もう地の館なんて名前は吹っ飛んでいて、あの建物はボスのお屋敷という認識になってしまっていた。
かなり長時間、笑い続けていたが、なんとか笑いが収まってきた。
「はあはあはあ……」
息も絶え絶えの状況だが、ミルファさんは2つの塔を指差す。
「あ、あれはね、魔術の塔っていうの。月の塔と星の塔……」
「あ、言わなくていいです。どういう事をする施設かなんとなくわかりますから……」
要するに魔術関係の研究施設と言うところだろう。
ゲームや小説でも塔と魔術師の組み合わせなんて当たり前すぎの定番中の定番である。
ここでもそれだけは同じらしい。
なお、機密漏れとか警備のためだろう。ご丁寧に入り口には、きちんと目つきの鋭い兵士達が立っていたりする。
そして説明が終わるころ、馬車はボスのお屋敷の前に止まった。
南雲さんやアーサーさん、ミルファさんと私の4人が馬車から降りると他の隊員たちが馬車を操って多分馬小屋のある場所に移動させていく。
コキコキと肩を軽く肩を回すと南雲さんは屋敷の方に向かって歩き出す。
それに続いていく私達。
そして建物の玄関らしき入り口に近づくと両開きのドアが開く。
そのドアの向こうには、メイドらしき人が3人とその奥に金髪のふわふわヘアの黒いゴスロリに身を包んだ十代前半の少女が立っていた。
かなり綺麗な……、いや自分を誤魔化すのは止めよう。まるで映画なんかに出てくるような超かわいい金髪ゴスロリ少女だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
メイドの3人が頭を下げる。そしてそれと同時にゴスロリの少女が駆け出して南雲さんに飛びついた。
「お帰りなさい、サクヤ!!」
「ああ、只今。イセリナ」
それを当たり前のように受け止めて挨拶する南雲さん。
えーっと、これは……娘さんってわけじゃないわよね……。
見た目からして十代前半だとしても、どう考えても娘だと計算が合わないんですが……。
それとも養子?
まさか恋人とか……あるいは……奥さん?!
まぁ、ここは異世界だし、元の世界の常識とは大きく違っているというのはわかっている。
しかし、年の差、二十歳以上は不味いのでないだろうか……。
いやいや、まだ恋人とか妻と決まったわけでは……。
そんな風に私が一人で勝手に混乱していると、ゴスロリ少女は南雲さんに抱きついたままひょいと首を動かして後ろ側を見た。
「お帰りなさい、アーサーにミルファ」
「「只今戻りました。イセリナ様」」
二人は踵をあわせるとさっと頭を下げて返礼する。
それは間違いなく彼らより身分が上という事を示す態度だった。
私も挨拶した方がいいのか、でもどういう挨拶すればいいのか迷っていると……。
ゴスロリ少女の視線が私に向けられる。
その視線は敵意に満ち満ちており、まるで汚いものでも見るような視線だった。
な、何よ、この娘はっ!
友好的とはいえない視線にかなり憤慨したものの、私のほうが年上だから大人の対応してやろうと何とか抑えた。
皮肉の一つでも言ってやろうかと思ったものの、ぐっと抑えて作り笑いを浮かべる。
しかし、相手はそんな私の心情を見透かしたかのように十代の少女とは思えないほどの見下した悪女のような笑みを浮かべた。
そして南雲さんにベタベタしながら私のほうを指差す。
「ねぇ、サクヤ。このメスは何?ペットにでもするために拾ってきたの?」
なんてこと言いやがるこのガキはっ!少しぐらいかわいいからといって言っていい事と悪いことがある……。
思わず拳に力が入る。
駄目、ダメ……。抑えて、抑えて……。
相手はまだ乳臭いガキじゃないか。
ここは大人の余裕を…。
ぐっと握り締めた拳を緩めて、なんとか……抑えようとした。
しかし……。
「こんなみっともないのをペットにしたらサクヤの品性が疑われるから捨ててきた方がいいわ。こんなどこにでもいそうな顔のブスなんて掃いて捨てるほどいるじゃないの」
その言葉で私の中の堪忍袋の緒が切れた。
こういう生意気なガキにはしっかりとしつけをしてやる必要がある。
舐めるな、ガキっ!
そう思った瞬間、身体が勝手に動く。
この世界でも私の格闘術はかなりのものとお墨付きをいただいたのだ。
こんなガキなんてすぐに……。
しかし、数歩踏み出しただけで私の身体は止まる。
それはまるで自分の身体だけが時間が停止してしまったかのようだ。
後ろから「あ~、やっちまったか……」なんて小声で聞こえてくる。
まるで私だけ停止した世界の中、南雲さんにベタベタしていたガキが覗き込むような表情でとことこと近づいてくる。
悔しいけど、とってもかわいいしぐさだと思う自分に余計腹が立つ。
私の傍に来たゴスロリ少女は、すーっと顎に手を添えて自分の方に私の顔を向ける。
彼女の真っ赤に燃えるような紅色の瞳と真っ白な肌がコントラストを際立たせ、とても綺麗で儚そうに見えた。
「ふーん。なかなか素質はあるみたいね。前言撤回するわよ、あなた。あなた、意外と面白そうな子だわ」
そう言って手を離す。
「まぁ、少し鍛える必要はあるみたいだけどね……」
その時になってやっと南雲さんがあきれた表情でこっちを見て口を開く。
「部下とかにするつもりでつれてきたんじゃないだがな……」
その言葉に、ゴスロリ少女は少し驚いた顔を浮かべる。
もしかしたらこんな感じでミルファさんたちもスカウトしたのだろうか……。
「あら、そうなの?ふーーんっ……」
なにか楽しいことでも見つけた悪戯っ子の様な表情を浮かべて再度私をじろじろと見るゴスロリ少女。
その様子をため息を吐いてみていた南雲さんは、今度は私を見て口を開いた。
「お前は、なんかあると手が出るのな。もう少し自重してくれると助かるんだがな」
その言葉に私を観察するようにじろじろ見ていたゴスロリ少女が目をキラキラさせながら南雲さんに視線を向ける。
つまり、その言葉の意味を知りたいらしい。
ああ、いきなり南雲さんを殴りつけた話をされるのか……。
穴があったら入りたい……。
そんなことを思っていると、ゴスロリ少女は思い出したようにスカートのすそを少し上げる。
「始めまして、キリシマアキホ。私はイセリナ・アルバルト・シェル・ラングレット。サクヤのいないときの領地の管理人といったころかしら。そうね、あなたならいいでしょう。イセリナと呼ぶことを許可するわよ。」
かなり上から目線だが私は圧倒されてしまった。
貴族の令嬢のようなきちんとした挨拶に圧倒されたのではない。
彼女から発せられる力と高貴なオーラといったらいいのだろうか。
ともかく、私はさっきまでとはまったく違う雰囲気と言うか漂う気配というか、ともかくそういうものに押されてしまい、頷くことしかできなかった。
でも……なぜ彼女は私の名前を知っているの?!
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