第16話 また多数派に勝てない

 中央区にある衛兵の詰め所に行って、まずは滞在証を作ってもらう。


 中央区の詰め所は立派で、柵に建物が囲まれており門から入る作りになっている。


 オレ達が門に向かうと見知った顔が丁度門から出てきた。


 立派な口ひげとガタイのいい体。オレ達が初めてこの世界に飛ばされたときにお世話になったおっさん衛兵だ。


「おっさん!!」


「イキョウか、だからまだ30といってるだろ」


「おはようございますグスタフさん」


「おはよう、シアスタ」


 町で何度か顔を合わせているうちに名前を知ったが、おっさん呼びがどうしてもやめられない。


「…イキョウは託児所でも始めたのか?」


 確かにおっさんの言う通りオレの周りには今子供しかいない。かろうじてロロがいるが、パッと見タコにしか見えないので大人はオレだけだ。


「違う。それよりこの子達が滞在証なくしちゃったらしくて発行して欲しいんだけど」


 オレが両脇に浮いている双子を指差しておっさんにお願いする。


「そりゃ大変だ。作ってやるからついて来い」


 なんでこの町の人たちは浮いてる子供を見ても動じないんだろう。


「いいのか? 今からどこかに行くように見えたけど」


「なに、俺の用事なんて大したこと無い。それよりも滞在証の方が大事だ」


 そういうとおっさんは建物の中に向かって歩き出したので、オレ達も後を付いて行く。


 建物に入ると、一階の端にある応接室みたいなところに通された。中は立派なソファーとテーブルがあって、ただの滞在証を発行するには場違いに思える。


 とりあえずオレ達はソファーに座っておっさんと向かい合う。何で双子はオレの膝の上に乗ってんだよ。


「ちょっと待ってろ。一応審議師を呼んであるからな」


 いつの間に呼んだんだ。


 まずいな、オレ以外が喋ったら嘘がばれる。多分ラリルレは大丈夫だと思うが、万が一のためにオレだけが喋ろう。


 間を置かずに審議師の指輪をつけた衛兵が挨拶をしながら入ってくる。


「形式的なものであって、お前らを疑って呼んだわけじゃない。リラックスして答えてくれ」


 無理だ。いつばれるか分からない状況でリラックスなんて出来るわけが無い。


 不法滞在や虚偽の申請は町から追い出されるか捕まるはずだから、家にいられなくなった双子がまた催眠騒動を起こすかもしれない。


「まずは嬢ちゃん達の名前を教えてくれ」


「わた」


 双子の口に速攻で指を突っ込む。膝に乗って助かった。


「…なにしてるんだイキョウ」


「すまんな。この双子まだ乳離れしてなくて」


 おっさんが審議師をちらっと見るが、審議師は首を横に振って嘘をついていないと答える。


「そうか、まぁ甘えたい年頃もあるからな」


「オレが代わりに答えるから。金髪がリリム、銀髪がリリスだ」


 おっさんがオレの言ったことを書類に書く。


「年齢は?」


「……10歳だ」


 見た目そんくらいだし勝手に決めてしまおう。


「10歳…と。出身は?」


「…捨て子だから分からん」


「そうか、それは苦労したな。リリム、リリス何かあったらお兄さんの私を頼りなさい」


 おい審議師、お兄さんは嘘だろ。首横に振れよ。


「滞在目的は?」


「…この子達はオレが引き取ったからこの町に滞在する目的は無い。しいて言うならこの子達はオレと一緒にいることが目的だ」


 これは嘘ではないし、真実しか話していないからな。


「なるほど。子育て頑張れよ」


「あ、ああ、立派に育てて見せるよ。1ヶ月の発行で頼む」


「分かった。審議師の君もありがとう、この書類を回しておいてくれ」


「はっ!!」


 審議師は紙を受け取って速やかに部屋から出て行く。


「もしかしておっさんて偉い?」


 この部屋と言い審議師の態度を見てふと思った。


「偉くはない。少しばかり上の立場にいるだけだ。それよりお前のところは一気に人が増えたな」


 衛兵については詳しく無いし、おっさんがそう言うならそうなんだろう。


「そうそう、それで一人目の仲間が見つかったんだよ」


「ほう、それはめでたいな。となるとそっちのお嬢ちゃんかな」


 おっさんは髭を触りながらラリルレを見る。おっさんはシアスタのことを知っていて、いま双子を登録で紹介したので消去法でラリルレを見たのだろう。


「あの、キョーちゃんの仲間のラリルレです。今は皆でキョーちゃん達の家に住んでいます。よろしくおねがいします」


「よろしくラリルレ。にしてもキョーちゃんか、俺も呼んでやろうか?」


 おっさんがおっさんと呼ばれている仕返しをしてきやがった。


「いいけど周りから変な噂が立つぞ」


「それは困るな、やめておくか。ラリルレはいくつなんだ?」


「17歳です」


 それを聞いたおっさんはさっきまでいた審議師の方を見てからオレのほうを見る。審議師がいないことを忘れるくらい驚いたのだろうか。オレとしては浮いている子供の方が驚きなんだがなぁ。


 おっさんの無言の確認にオレは無言で頷く。


「そ、そうか。17歳か。種族は何かな?」


「ドライアドです」


「ドライアドについてはあまり知らないからな、これが普通なのか?」


 おっさんが1人でぶつぶつ言い始めた。


「ロロちゃんもあいさつして」


「我は…ロロだ」


 またおっさんが驚いてオレの方を見てくる。なんの確認か分からないがとりあえず頷いておく。


「そう、か。よろしく」


 おっさんは理解することを諦めたようだった。


「イキョウの周りはユニークなやつが多いな…その双子も何かあるんじゃないか?」


 思わぬところで核心を突かれる。


「さっき審議師が証明したろ。乳離れして無い甘えんぼの子供だ」


「そうだったな悪い悪い」


 おっさんが詮索をやめたタイミングでドアがノックされ、さっきとは別な衛兵が滞在証を持ってくる。


 オレ達はそれを受け取るとおっさんを急かして一緒に外に出し、皆で見送ってからそそくさと衛兵の詰め所を離れた。


「ねぇ」「もう」「「喋っていい?」」


「すまんすまん」


 双子から離した指を見ると、ふやふやにふやけていた。


「えなじーどれいんに」「せっきょくてきになってくれて」「うれしい」


「オレもお前らが積極的に吸ってくれて嬉しかったよ」


「…ロリコン」


 冗談を返したはずなのにシアスタから不名誉な呼ばれ方をする。


「んだと、だったらお前の口にも指突っ込んでやろうか?」


「スケベ!!」


「やめろ!! こんな街中でそんなこといったら」


「そこの緑バンダナ、ちょっといいかな」


 町の巡回をしていた衛兵に声を掛けられる。


 ほら見ろ、衛兵に目をつけれた。


「いったいなにをしようと、ん?緑のバンダナ…君はあの精剛か。サキュバスの誘惑を耐えた君ならな何も問題は無いね。男の夢を守ってくれてありがとう」


 そういうと衛兵は手を振りながらにこやかに去っていった。


「せいごう?」


「なんですかせいごうって?」


「今まで忘れてたことを思い出させてくれてありがとうあの衛兵。おいメスガキ共。なんであんな記憶に改竄した」


「わたしたちのきおくをかいざんしたら」「ひつぜんてきにそうなった」


「いやならんだろ」


「それにおにーさんはわたしたちをみりょうした」「だからそのめいよをたたえた」


「不名誉になってんだけど。今から改竄しなおせ」


「じかんがたちすぎてる」「きおくはしんせんさがだいじ」


 オレはこれから一生この不名誉を背負って生きていくのか…。


「うおぉ、頭痛くなってきた」


 まさかサキュバス事件のせいでオレの身の回りがこんなに一変するとは思ってなかった。


「大変ですね。それでリリムさんとリリスさんはお仕事どうするんですか?」


「おにーさんは」「なにやってるの?」


「オレはね、頭を痛めるんだよ」


「冒険者ですよ」


 シアスタがオレを雑に扱う。もしかしてオレに付いているのはサキュバスではなく疫病神なんじゃないか?


「ならわたしたちも」「ぼうけんしゃになる」


「無理だ、冒険者は14歳からだ。お前らは10歳で登録したからなれん」


 あのとき10って答えてよかった。せめて、クエスト中だけは心の平穏をくれ。


「なれますよ?」


「は?」


 シアスタがオレの平穏を奪い去る発言をする。


「とりあえずギルドで説明を受けましょう」


「おい待てふざけんな。誰がなっていいって決めた」


「私です」


「いいじゃんキョーちゃん、2人と一緒に冒険者やろうよ」


「おねえさん」「すき」「こおりのこも」「すーき」


 町に出て初めてこの双子からオレから離れた。そしてシアスタとラリルレの方に移動して4対1になる。


「ロロ、こっちにこないか?」


「我は常にラリルレの味方だ」


 こうしてまたオレは多数決に負けた。勝ち星はいつ輝いてくれるんだろう。

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