第十九話 リベンジ乱獲
ブラキオン・ワイバーン。魔女リティたちにとって印象深い魔物であり、多くのプレイヤーから疫病神扱いされている竜種だ。
強いから。執念深いから。理由は色々あるものの、最たる理由は倒す労力に見合わないからだろう。
「魔法陣が使い物にならない?」
「そうそう――なにせ腕力限定の強化魔法だからね」
クロワッサンの疑問に、魔女リティが答えてくれた。
倒して得られる素材はまだ良い。しかし魔法の撃ち合いが主体となるこのゲームでは、腕力強化はあまり意味のない魔法陣とされている。
「もっとも、うちには世にも珍しい近接型魔女がいるかんね。ナイフを振り回すシャンデリアにはむしろ必須な魔法陣だよ」
「……その本人が、引っ張ってくる間にしくじらなきゃいいけどね」
「あっ、来はったわ。いらん心配やったみたいやね~」
四人の前方から迫るのは、あの日の再来とも思える光景――箒に跨ったシャンデリアが、ブラキオン・ワイバーンを引っ張ってくる。
「じゃ、僕は少し離れるから――打ち合わせ通りに」
「「「了解!」」」
仲間たちの返事に頷きながら、魔女リティが箒に跨る。
正直、レベル差を考えればまだブラキオン・ワイバーンと正面からやり合うのはやや危険を伴うだろう。
(……けど、あんまり負ける気がしないなぁ。ちょっと不思議)
魔女リティは三〇m近い距離を取って杖を構えた。ワイバーンの正面にラピッド。その右手にやや離れてハルル。その二人の間を繋ぐようにクロワッサンが構え――戦闘開始。
「いきなりだった前とは違うわ、準備万端で迎え撃つ! 火竜の心臓 滾る骨の炉 炭はいずこと咢を開く――《トール・イグニッション》!」
手早く詠唱を済ませたラピッドが基礎術式の中級支援魔法を発動――体を覆う赤いオーラは、一定時間魔法攻撃力を上げる効果を発揮する。
「こっちも一発目は詠唱してあげる! 燃やせ 燃やせ 命を燃やせ 涙は油 肉は薪 骨の髄まで焼き尽くせ――《トール・ブレイズ》!」
「ほなうちも~。流水 大地を侵すもの 呑み込み砕く見えざる石臼 流水 形を変えるもの 降っては昇る見えざる水車――《トール・アクア》!」
ラピッドが振るった杖から放たれた、いつもよりも少し大きな炎塊と、ハルルが振るった杖から流れ出た激流――二つの中級攻撃魔法がワイバーンへ迫る。
炎塊はシャンデリアの目の前に迫るが――
「よいっしょぉ!」
シャンデリアはぶつかる寸前で箒の先端を真上に向けて、これを回避。必然、後ろを追走していたブラキオン・ワイバーンの鼻先で炎塊が炸裂し、大きく仰け反る。そこへ横から激流を叩きこまれては、さしものワイバーンと言えども体勢を崩す。
その隙逃さずと、ラピッドが無詠唱による連打を敢行した。
「《トール・ブレイズ》《トール・ブレイズ》《トール・ブレイズ》!」
「GOAHH!!??」
「うひゃー、やっぱりラピッドちゃんの攻撃は派手派手だなぁ! それじゃあわたしは次のワイバーンを引っ張ってきますね!」
「うん、お願い。それまでにこっちは頑張って倒しておくから――で、いいんだよね? リッちゃん」
『うん――それが一番効率的だからね』
離れているはずの魔女リティの声が、クロワッサンのイヤリングから響く。
〈伝声のイヤリング〉という、マーケットに売られていた二つで一つのアクセサリーだ。二人のプレイヤーがそれぞれを装備することで、プレイヤー間での相互通話が可能になる。
『シャンデリアの戦闘手段は、ブラキオン・ワイバーンと相性悪いしね。次が来るまでに倒しちゃおう』
「そ、そうだねっ」
クロワッサンの声がわずかに上擦る。イヤリングから音声が流れる関係上、通信音声は常に耳元で囁かれているように感じるのだ。油断すると膝から崩れそうになるので、クロワッサンは気をしっかり保つことを心がける。
『ふーっ……』
「ぁひゅっ……」
魔女リティが集中するために息を吐いたのだろうが、耳元で「ふーっ」はまずい。しっかり保つことを心掛けたはずの気が既に崩れそうだ。
二、三度顔を両手で叩いて、クロワッサンは状況把握に努める。
炎塊と激流を喰らいながらも、ブラキオン・ワイバーンが反撃に出る。狙いは最も多くダメージを与えたラピッドの様だ。
「響け 響け ヒイラギの声 悪意を
それを察したクロワッサンはラピッドの前に障壁を展開。強烈な腕力で殴りつけられた障壁に大きくヒビが入ったが――しかし、砕かれることはなかった。
(ダメージ反射まではいかなかったみたいだけど……ひとまずは防げれば及第点かな!)
数日前までなら間違いなく障壁を砕かれていただろう。しかしレベルの上昇に伴うステータスの増加、そして杖の高い補正値が、ブラキオン・ワイバーンの一撃を防ぐまでに防御魔法の効力を高めている。
そして動きの止まった一瞬を狙い澄まして、魔女リティの放った《トール・ライトニング》が眼球に着弾。大きな悲鳴を上げながらも、魔女リティを睨みつけるブラキオン・ワイバーン。しかしそれは大きな隙だ――ラピッドが顔面を《トール・ブレイズ》でぶん殴り、ハルルはその顔面をさらに《トール・アクア》でひっぱたく。
(炎と水の往復ビンタとか、えげつないなぁ……ん?)
「リッちゃん、ワイバーンの顎の下……何か変わったもの見えない?」
『ちょっと待ってね……あっ、あれか。他より色に深みと光沢があって、逆向きに生えてる……もしかしなくても逆鱗じゃない?』
「ワイバーンにもあるんだ、それ」
『まぁ仮にも竜種だし』
逆鱗。竜の体を覆う鱗の中でも、唯一逆に生えた鱗のこと。“逆鱗に触れる”ということわざ――温厚な竜でも、そこに触れられたら激昂するという謂れから、ファンタジー系のゲームにおいては、往々にして竜型モンスターの弱点として扱われる部位だ。
『わざわざデザインに取りこんであるからには、狙う価値ありだよね』
「了解――ラピッドちゃん! ワイバーンの顔を上に向かせてくれる!?」
「分かりました! ハルル! 動き止めて!」
「がってんや~。《塊雨》!」
文字列の魔法陣から繰り出された巨大な水滴が、上からワイバーンを押しつぶす。その隙にワイバーンの懐に潜りこんだラピッドが、杖を上に振り上げた。
「《トール・ブレイズ》!」
顎に打ち込まれたそれは、さながらアッパーのようにワイバーンの頭をかちあげる。
『《トール・ライトニング》』
そして、一段と深い緑色の逆鱗が露わになった瞬間、魔女リティの放った雷が正確にそれを捉えた。
ブラキオン・ワイバーンは一瞬びくりと痙攣し、そのまま倒れ込んで消滅した。
『……やっぱり弱点だったっぽい?』
「うん、そうかも。元々のダメージもあったとは思うけど、逆鱗に当たった時の反応が目と比べてもかなり露骨だったもんね」
『逆鱗を重点的に狙えば、効率よく倒せそうだね』
「ちょっと! リティに美味しいとこ持ってかれたんですけど!」
「まぁまぁ、ラピッドちゃん。みんなで掴んだ勝利やで」
ひとまず第一目標は達成。四人は一息つきつつ、シャンデリアが次を引っ張ってくるのを待つことにした。
「……ところで、クロワさん。さっきなんで顔を叩いてたんですか?」
「……気にしないで」
クロワッサンは後輩から目を逸らさずにはいられなかった。
最終的に、この日は八体のブラキオン・ワイバーンを討伐。
目的の魔法陣はもちろん、経験値も素材もがっぽりせしめることに成功した。
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