第九話 わからせてやる!


 ラピッドはクロワッサンを尊敬している。

 故に、クロワッサンが連れてきた助っ人の存在が、ラピッドの胸中をざわめかせていた。


(どんな関係か知らないけど、あんな楽しそうな先輩の顔初めて見た……)


 学園で見せる笑顔とは明らかに質の異なる笑顔。

 加えて、魔女リティを紹介した時の自慢げな顔と言ったら!


(……気に食わないわね)


 ラピッドはクロワッサンの「何か」になりたいわけではないが、それはそれとして明らかにクロワッサンとの距離が近い魔女リティが気に食わない。

 人は、その感情を嫉妬と呼ぶが、残念ながら本人に自覚はない。

 このざわめきを押さえるためにはどうすればいいか? 簡単だ。


「……来たわね」


 ラピッドのアトリエにログインしてきた魔女リティの姿を認め、ラピッドが立ち上がる。


「あ、ラピッド。こんばんは」

「ええ、ごきげんよう。それよりリティ、ちょっと付き合いなさい。レベリングに行くわよ」


 ――自分の方が上だと、分からせておけばいい。




「どういう風の吹き回し?」

「どういう意味よ」


 ラピッドがじろりと魔女リティを睨む。


「いや、だってさ。レベリングに付き合ってくれるのは正直助かるけど、ラピッドは僕のことあんまり好きじゃなさそうなのにって思って」

「チーム戦に挑むんだから、あんたにもとっとと戦力になってもらわないと困るってだけよ」

(思ったより察しが良いわねコイツ……)


 内心で舌打ちを交えつつ、話題を変える。


「ねぇ、あんたってクロワさんとどういう関係なの?」


 目的のフィールドへ先導しながら、ラピッドが魔女リティに問いかけた。それは、彼女が気になって仕方なかったことでもある。


「幼馴染だね。昔、小学校が一緒だったんだよ」

「……へぇ」


 道理で距離が近い、と思ったが、引っ越してなお連絡のやり取りをしていると言うことは相当仲がいいということだ。ラピッドの胸の内で嫉妬の炎が渦を巻く。

 簡単に連絡を取り合えるようになった時代と言えど、物理的に離れれば意外と疎遠になるものだ。ラピッドとて、かつて引っ越した友人とはもう長く連絡を取っていない。


「そっちは学園の後輩なんだって? クロワッサンから少し聞いたよ」

「……なんて言ってた?」


 尊敬する先輩が幼馴染に対して、自分のことをどう語ったのかが気になる。願わくば、幼馴染のことを語った時のように、自慢げに言っていて欲しいものだが。


「えーっと……」

「なんで言い淀むのよ」

「課き……いや脳き……えっと、こ、攻撃力が高いって言ってたかな……」

「それあたしじゃなくて仮想体の話……いや、もういいわ」


 何か明らかに絞り出した風な言い方に、大して自慢げに語られてはいないことを悟る。嫉妬の炎にガソリンを注ぎ込まれた気分だ。


「……ついたわ。この辺でいいでしょ」


 たどり着いたのは初級フィールドの端――もう少し進めば中級フィールドという位置。

 魔物の姿も目立ってきた場所でラピッドはいったん飛行を停止した。


「あんたのスタイルは援護狙撃なんでしょ? あたしが魔物の群れに突っ込むから、あんたは適当に狙撃してて」

「それいいの? 僕がかなり楽をすることになっちゃうけど」


 二人は現在パーティを組んでおり、与ダメージによる多少のボーナス差はあるものの、魔物を倒して得られる経験値はほぼ同じだ。だがレベルの高いラピッドには旨味が少なく、レベルの低い魔女リティの側が一方的に得をする形になる。

 時と場合によっては寄生などと言われる状況だ。


「別に構やしないわよ。さっきも言ったけどあたしたちのためでもあるしね――じゃ、始めるわよ! 《トール・ブレイズ》!」


 下降しながら、無詠唱で放った二発の炎塊を森へ放つ。魔物を倒すのが目的ではなく、炙り出すのが目的だ。炎に追われて出てきた魔物に、下級の基礎術式である《ブレイズ》を叩きこみながら、それとなく魔女リティへ注意を向ける。

 ――どっちが上か分からせる、とはいうものの、魔女リティを強制送還に追い込もうなどとはラピッドも考えていない。


(自分でレベリングに誘っといて守ることもできなかったなんてことになったら、先輩からの評価もダダ下がりじゃない。そんなのごめんよ)


 ――だから、魔女リティをピンチの状況に放り込みつつ、何でもない風に颯爽と助ける。

 なんならそれをクロワッサンに話してくれれば、クロワッサンからの評価も右肩上がりだ。そんな未来を想像してにんまりとしながら炎を放つ。人はそれを、採らぬ狸の皮算用と言う。


「来た来た……! って、あ、あれ? なんか、多っ……!」


 住処に火を放たれて泡を食った魔物たちがわんさと出てくる。地を這う魔物、空を飛ぶ魔物、種類は様々だがその割合は動物半分、昆虫と鳥が半分といったところだろうか。

 その全てが、ラピッドと魔女リティを睨みつけた。


「ら、ラピッド! これ大丈夫!?」

「……! 問題ないわよ! あたしを誰だと思ってんの!?」


 想定外の数には驚いたが、魔女リティが慄くこの状況を乗り越えれば、小芝居を打つ必要もなく自分の方が上だと示すことができる。ラピッドは気合を入れ直して群れへ相対した。


「《ブレイズ》、《ブレイズ》、《トール・ブレイズ》!」


 基礎術式の下級と中級を織り交ぜながら、迫る魔物たちをなぎ倒す。威力の高い炎の魔法、直撃すれば命はない。

 詠唱破棄による基礎術式の連続使用。炎の雨が迫る魔物の群れを次々に焼き尽くし、近寄る隙間も与えない。


「攻撃は! 最大の防御ぉ!」


 このままいけば、いずれ魔物も倒し切れるはず――そう思っていたラピッドだったが。

 プレイヤーの視界の端には、自身とパーティメンバーのMP残量を示すバーが表示されている。その内魔女リティのそれを示すバーが、がくんと目減りした。


「っ!?」


 ぎょっとして振り向けば、魔女リティが蜂型の魔物に囲まれ、攻撃されているのが見えた。MPを消費しない簡易障壁と基礎術式、魔法陣を使って強制送還は免れているが、それも時間の問題だ。


(――回り込まれた!? まずい、このままだとリティが……!)

「ラピッド、前!」

「っ! しまっ――」


 弾幕が途切れたことで、カマキリ型の魔物――ブラッド・マンティスが大鎌を振り上げてラピッドへ迫っていた。確実に首を狙っているその一撃、喰らえばラピッドとて強制送還は確実だ。

 咄嗟に《トール・ブレイズ》を放とうとするが、間に合わない。

 それを間に合わせたのは、魔女リティが放った《ライトニング》だった。


「やっぱ、大丈夫じゃないじゃん」

「ばっ……!?」


 この乱戦の中、恐ろしく正確にブラッド・マンティスの口へ叩きこまれた雷が引き起こした麻痺の状態異常により、その行動が僅かに停止。直後に発動した《トール・ブレイズ》が、その頭を焼き飛ばした。


「バカ! こっち構ってる場合!?」


 そしてラピッドを助ける一手を放った魔女リティに、迫る蜂型魔物を退ける術はない。少なくとも、ラピッドの救援は間に合うまい。

(……! なんて表情してんのよ……!)


 こちらを見る魔女リティは、実に満足げな表情を浮かべていた。


(陥れるつもりで連れてきた相手に命懸けで助けられたんじゃ、こっちの立つ瀬がないってのよ!)

「こんんのぉぉぉぉぉっ!」


 裂帛の気合も、届かなければ意味が無い。ラピッドが放った炎が届くよりも先に、魔女リティに蜂の針が突き刺さる――かと思われたその時、寸前でぴたりと針が止まった。結果、蜂型の魔物は獲物を刺すことなく、炎に呑まれて息絶えた。

 ラピッドも魔女リティも、何が起きたのか分からず目を瞬かせる。

 蜂型の魔物だけではない。未だ魔女リティの周囲にいる魔物たちも、ラピッドの背後にいる魔物たちも動きを止め、そして突然ある一点へ向かって急に動き始めた。

 そこでようやくラピッドは、鼻をくすぐる甘い匂いに気づいた。


「あ……!? この匂い、まさか!」


 魔物たちの向かう場所へ目を向ける。

 青い髪の魔女が、箒の上で杖を掲げた。


「《塊雨レインドロップ》!」


 数こそ多いが、一体一体は強くない魔物の群れだ。範囲攻撃があれば駆逐することは容易く、その魔法陣はこの局面に最も適していると言えた。

 上空から落ちた巨大な滴が魔物の八割を圧し潰し、光の粒へと変えてしまった。


「――ハルル! あんたどうしてここに!?」

「その話はあとや~。ひとまず生き残りを片付けんと」


 危機を脱した三人が生き残りを掃討するまで、そう時間は掛からなかった。



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