第三話 初陣


「……な、なんで幼女……?」


 その反応にくつくつと笑いながら、魔女リティは答える。


「理由は色々あるんだけど、このゲームの特性を考えたらこうなったんだ。ともあれ、久しぶりだねクロワッサン。元気してた?」

「う、うん。あっちゃ……じゃないや、えぇと……魔女リティ?」

「いい名前でしょ?」

「……ふ、風変わりな名前かな……」

「そっちは、まだその名前使ってるんだ? 他のに変えたらいいのに」


“クロワッサン”とは、かつて旭が三日月に提案したゲーム用の名前だ。

 しかし幼馴染はちょっとむっとして言い返してきた。


「いいのっ。私はこれで」

「そう? まぁミカがいいならいいけど。それはそれとして……クロワッサン、なんでもうここにいるの? まだ待ち合わせの一時間前だったよね?」

「そ、それを言うなら魔女リティ……リッちゃんこそ早かったね?」

「僕はほら、チュートリアルとかが思ったよりスムーズに済んだかんね。ほんとは色々見て時間潰すつもりだったけど、ここの場所だけ確認しようと思ったら、もういるし」

「だ、だって……リッちゃんと久しぶりに遊べると思ったらいてもたってもいられなくて……って、わぁっ! い、今のなしっ! 聞かなかったことにしてっ!」


 幼馴染の慌てっぷりは、前半が本音であることを示していた。こうもストレートに「一緒に遊ぶのが楽しみすぎて早く来すぎました」などと言われては、魔女リティとて流石に照れる。


「あー、えっと……身長、結構高めに設定したんだ? 一七〇ぐらいない?」

「あ……そ、それはその……」

「?」


 クロワッサンは首を傾げた魔女リティの耳に口を寄せる。


「……その、胸が少しでも目立たないようにと思って……」


 魔女リティの視線が、思わずクロワッサンの胸部に向かう。

 ローブの下のブラウスの膨らみ方には、見覚えがあった。クロワッサンのリアル――三日月とは定期的に写真を送り合う仲だ。その中の一枚にあった膨らみ方によく似て……否、それより膨らんでいるように……


「……まさか、リアル準拠で……?」

「り、リッちゃんちょっと見過ぎ」

「ご、ごめん」

「ま、まぁいいけど」


 お互い、揃って目を逸らす。

 理由はどうあれ、少なくとも胸に関してはリアル準拠で仮想体を作ったらしい。胸を小さく作るとか色々あっただろうにと思わないでもないが、クロワッサンにはクロワッサンなりの理由があるのだろうと、そこを突っ込むのはやめた。

 それはそれとして、沈黙がいたたまれなかった魔女リティは、一つ提案した。


「は、早めに合流できちゃったことだし! せっかくだから――」


 魔女リティがメニューウィンドウを操作すると、クロワッサンの前に選択肢が表示された。

 曰く、【パーティ申請されました。受諾しますか?  ・はい  ・いいえ 】


「フィールドに出て、レベル上げでもしない?」

「そ、そうだね。一時過ぎにイベントのチームメイトと顔合わせしてもらうつもりだったから、それまで空いてるし」

「じゃあ出発しよう、すぐしよう!」

「そうだね! そうしよう!」


 お互い恥ずかしさを振り払うべく、声を大にして箒に跨った。




「~~♪」

(……クロワッサン、やけにご機嫌だな)


 鼻歌混じりに飛行する幼馴染を、魔女リティは横目で見る。

 話の流れの不可抗力とはいえ女性の胸について話すどころか凝視までしてしまったので、怒ってやしないかと内心恐々としていたが、あまり気にしてないようなのでほっと胸を撫で下ろす。


(いやしかし写真で見たよりももっと大きくなってた気が……いやいや待て待て、あんまり変なこと考えるのはやめておくんだ自分……!)

「そう言えばリッちゃん」

「は、はいっ!?」


 集落を出てフィールドへ向かう道すがら、クロワッサンが訊ねてきた。


「属性、どれにしたの?」

「あー、雷」

「えっ……ちょっと意外」


 キャラメイク時に属性を選択できる“基礎術式”は、プレイヤーが初期から扱える魔法だ。下級から始まり、レベルの上昇や熟練度で中級、上級と解放されていく。

 提示された選択肢は、炎、水、風、地、雷、光、闇、無の八種類。

 それぞれに特徴があるが、魔女リティが選択した雷属性は攻撃力の高さと射程の長さが売りだ。


「サポート寄りのスタイルになったって言ってたから、闇とか光とか選んだのかと」

「サポートって言っても、援護狙撃がメインだかんね。だから射程と威力重視で雷にしたんだ」

「昔一緒に遊んでた時って、もっと前に出てガンガン攻撃するイケイケなスタイルだったでしょ? 何か変えるきっかけでもあったの?」

「イケイケ……ま、昔と今じゃスタイルも変わってくるよ。それに、変わった理由の大半は……」


 魔女リティの視線に、クロワッサンが首を傾げた。


「えっ、私?」

「ふふっ、どうかなっ……ミカ、前!」

「ほえ? ――みぎゃんっ!?」


 よそ見運転禁物。クロワッサンは、大樹の幹に激突した。


「だ、大丈夫?」

「らいじょうぶ……」

「あーびっくりした……とりあえず無事でよかったけど。MP結構削れたりしてない?」

「そんなに減ってないから平気だよ。長時間戦うわけじゃないし……あ、そろそろかな」

 

 激突後も飛び続けることしばらく。二人の周囲の景色が変わり始めた。

 天を衝くような大樹はなりを潜め、森を構成する樹木は背丈も幹の太さも一回り以上小さくなった。その分一本一本の間隔が狭まる。

 鬱蒼と生い茂った枝葉が陽光を遮り、薄暗くなったフィールドは、魔女という招かれざる客を追い返そうとしているかのようでもあった。


「これで下級のフィールドか……実際に見ると結構雰囲気出てるね」

「リッちゃんって、暗いの苦手だっけ?」

「まさか! この雰囲気こそフルダイブゲームの醍醐味だかんね」

「ふふ、そうだね。でもそろそろ魔物が出るかもしれないし、気をつけてね!」

「ん、りょーかい……っと、早速お出ましだね」

「え……? どこ?」

「ほら、あそこ」

「……遠っ!」


 箒の上で魔女リティが指差した先……およそ五〇メートル先にいたのは、茶色の体躯と二本の牙を持つ、猪型の魔物が三頭――頭上に表示される名前は、ワイルドボア。日本リアルで見る猪よりも二回りほど大きく、牙も頑丈に見えた。


「いや、むしろこの森の中でよく見つけたね……じゃあ、いこっか」

「え? ここからでいいよ」

「……えっ、リッちゃん? まさかここから当てる気?」


 杖を抜いた魔女リティに、クロワッサンが目を丸くした。魔女リティは口の端を吊り上げるだけでそれに答え、杖を持った右手を突き出した左手の甲に乗せた。

 

「……距離五〇、角度マイナス補正、照準良し」


 三体いるワイルドボアの内、真ん中に位置する個体へ狙いを定める。目標の位置を口に出して確認するのは、半ば癖のようなものだ。

 次いで、魔女リティの思考をシステムが検知して、視界の端に文章が表示された。

 基礎術式は、詠唱文を読み上げることによって発動する。


「空の捕食者 雷雲の翼――《ライトニング》!」


 瞬間、杖の先端より迸った稲妻が宙を翔ける。

 その稲妻は狙いをわずかに逸れ、右端のワイルドボアを撃ち抜いた。魔女リティが舌打ちしている内に攻撃を受けた猪は倒れ、そのまま動かずに光の粒と化して消滅した。


「うそ……! ほんとに当たった!」

「……距離三五、角度マイナス補正、照準良し」


 早口で詠唱。迫るワイルドボアの動きを先読みして照準を合わせ……


「《ライトニング》」


 二度目の雷が猪を捉えた。一体目同様、その場でひっくり返って消滅。

 残る一体に照準を合わせ、三度目の《ライトニング》を放つ。やはり一撃でひっくり返った。

 都合三体のワイルドボアをあっという間に倒して見せた魔女リティを、クロワッサンがぽかんとした様子で見ていた。



 ◆◆◆



(えぇ……本当に当てちゃうんだ)


 援護狙撃が今のプレイスタイルと聞いてはいたが、クロワッサンは、幼馴染の身に着けた技能に舌を巻いていた。

《ライトニング》の射程が長いのは分かる。しかし射程の長さとそれを当てられるかは別問題。ましてや《ライトニング》は射程が長い分、攻撃範囲は最低レベル――銃弾と変わらない。

 それを五十メートル先の、しかも気づかれていないとはいえ動く的に当てることがどれだけ難しいか。


「リッちゃん、すごい! あんな離れた相手によく当てられたね!」


 素直に賞賛の言葉を述べるも、魔女リティがゆるりと首を振った。


「まだまだだめだね……一発目で外しちゃったから」

「えっ、でも倒してたよ?」

「外れたのが、たまたま別のワイルドボアに当たっただけだよ。雷だからちょっとブレるのかな……? 検証もいるけど、やっぱりあの魔法陣も必要ってことが分かったよ」


 あの魔法陣? とクロワッサンが訊き返そうした瞬間、ドゴォン! と凄まじい音が近くの木から発せられた。何事かと確認する間もなく、その木が二人へ倒れ込んでくる。


「ちょっ!? な、なんで!?」

「……! 新手のワイルドボアだ! 僕らを叩き落とそうとしてる! 避けるよ!」

「突進で木を圧し折ったってことぉ!? 嘘でしょ!?」


 飛行しながら木の根元を見れば、ワイルドボアが一体見られた。木の陰に入っていたせいで、気づくのが遅れてしまったのだ。


「このゲーム、空を飛ばない魔物の方が何してくるか分からないってサイトに書いてあったかんね……油断禁物だよ!」

「こんな方法で叩き落とそうとしなくても……って、来てる来てる!」


 木を回避するため高度を下げた二人に、木を圧し折ったワイルドボアが迫る。しかしそれを察知したクロワッサンが詠唱を開始。


「響け 響け ヒイラギの声――《リフレクション》!」


 クロワッサンの前に出現した六角形の障壁は、単なる盾ではなく――


「ごめんね、これは木よりも痛いよ!」


 障壁に触れた瞬間、逆に猪が弾かれた。その牙には大きく罅が入っている。

《リフレクション》。防いだ攻撃を跳ね返す、無属性の防御魔法だ。

 そして魔女リティも攻撃に入ろうと詠唱を開始するが、クロワッサンはその頭上に敵影を見た。


「《ライト――」

「リッちゃん、上!」


 クロワッサンの警告を受け、魔女リティが照準を上に切り替える。

 木の枝から飛びかかってきたのは、くすんだ毛並みの狼型の魔物――頭上に表示された名前は、ハウンドウルフ。


「――ニング》!」


 とっさに上に放った雷は、しかし狙いを逸れて狼の背後へ突き刺さる。


(外した……いや、外れた? リッちゃんが言ってた雷のブレ……!)

「ちっ――《簡易障壁》!」


 迎撃に失敗したとみて、魔女リティは円形の障壁を展開する。

《簡易障壁》は、MP消費と詠唱無しで発動することが出来るプレイヤーの基本機能だ。当然ながら、その分耐久力や威力は低めに設定されているが――ハウンドウルフの噛みつきを防ぐぐらいは問題ない。


「《マジックハンマー》!」


 そして攻撃を防がれたハウンドウルフは、隙だらけの横っ腹に叩きつけられた魔力の塊によって吹き飛ばされた。クロワッサンが放った無属性の攻撃魔法だ。


「リッちゃん、大丈夫?」

「ありがと、助かったよ! 空の捕食者 雷雲の翼――《ライトニング》!」

「礫よ礫 茜に染まれ――《マジックハンマー》!」


 魔女リティの雷がハウンドウルフを、クロワッサンの魔力塊が木を圧し折ったワイルドボアをそれぞれ捉える。光の粒と化して消滅したのを見届け、次の魔物が来ないかと周囲を確認しながら、二人はようやく少し気を抜いた。


「ふぅ……こんなに矢継ぎ早にくるとは思わなかったよ……」

「はは、初陣としてはちょっと忙しなかったかんね。でも、今ので概ね要領は掴めた」


 見かけの幼さに見合わぬ爛々と輝く目。それを見たクロワッサンは、少し安心した――なぜならそれは、ゲーマーの目。レベルに、技術に、ドロップアイテムに飢えた獣の目。

 そんな目をしているということは、少なくとも、このゲームを楽しいと思っていると言うことだから。


「この調子で、時間いっぱいレベリングしていこう! 欲しい魔法陣もあるんだ」

「そうだね。それにしても……かなり入念に調べてきたんだ? さっき言ってた魔法陣を手に入れるアテ……どの魔物を倒せばいいかも見当ついてるってことだよね?」


 魔女リティの動きが一瞬硬直する。何か変なこと言ったかな、とクロワッサンは首を傾げた。


「……まぁ、ほら。さっきも言ったけど、チームの人たちの足引っ張れないかんね。普段はあんまり調べないけど、イベント本番まであんまり日もないしさ」

「そっかー。えへへ……本気でやってくれてありがとね。あの子たちもきっと喜ぶよ」


 クロワッサンの目も大概節穴なので、魔女リティがこっそりと胸を撫で下ろしたことには気づかなかった。





※※※※※


 本日の投稿はここまでです。

 明日も三話連続投稿しますので、よろしくお願いします!

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