第40話 進撃のジュクゲキ
【前口上】
ついに、第40話です。
ストーリー展開において、ある意味区切りの1話でもあります。
これからの保志雄の「吹っ切れかた」に、ご期待ください。
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日曜日の午後、僕と
もっぱら「真面目なお嬢さま」のイメージで通っている貴音に、こんな別の顔があったとは!
しかも彼女のグループでの役割は、黒縁メガネをかけたツンでタカビーなボスキャラなのだ。
これには僕だけでなく、隣りの仲真もえらく驚いたようで、こんな感想をもらす。
「サプライズ過ぎて、これはさすがの僕も頭ん中の整理がつかないよ。
貴音さんがドルオタだったなんて、これまでまったく
「あぁ、僕も今初めて知ったよ。しかもただアイドルが好きなだけじゃなくて、自らアイドルそのものになっちまうほどコアな趣味の人だったとはな。
このショック、なんと表現していいかよく分からんぜ」
ふたりとも、驚愕と困惑、そして興奮を抑えることが出来なかった。
しばらくステージを観ているうちに、各メンバーにスポットを当てるフィーチャータイムは終わり、ライブはラストパートに入った。
「最後にジュクゲキの代表曲を4曲、ノンストップメドレーでお送りします」とMCオレンジちゃんが告げたのだった。
仲真が僕の耳元にこうささやいた。
「ステージの最後の最後までいると僕らがここにいること、貴音さんに気づかれる可能性があるから、適当なタイミングでここを抜け出したほうがいいんじゃね?」
「その通りだな。彼女も僕らにこのアイドル活動を見られたと知ったらいろいろと気まずいだろうし、僕らは何も見なかったことにしたほうがいい」
僕は彼の提案にうなずいた。
僕らは4曲目の途中でここを脱出することにした。
4曲目の間奏部分で、オレンジちゃんがこう叫んだ。
「では、わたしたちジュクゲキ5人のメンバー紹介をします!
まずは、ステージ向かって右手から!
振り付け担当、ジュクゲキイエローこと、
イエローちゃんが会釈すると「かおりーん!!」というファンの歓声が飛んだ。
「続いてはー、衣装兼ボケ担当!
ジュクゲキピンクこと、
トレードマークの満面のスマイルを浮かべるピンクちゃんには、「もえこ萌え萌え〜」というコールが湧き起こった。
「そしてぇー、堂々のセンターは音楽担当!
ジュクゲキパープルこと、
クールな表情はそのままに、きわどく腰をひねらせるダンスを披露するパープルちゃんに、ファンは「ウィーラブセクシーシオン!!」と野太い声で応酬した。
音楽担当ってことは、このグループのキャッチーな楽曲も彼女が作っているってことか。人は見かけによらないなぁ。
「お次は、このわたし!
MC兼空気担当、ジュクゲキオレンジこと、
彼女には「トーコ」「トーコ」のコールが嵐のように続いた。
「そしてそして、しんがりは!!
われらが座長さま、構成・演出担当、ジュクゲキコバルトこと、
貴音が深々と頭を下げると、ファンからはひときわ大きな歓声が
「座長さまぁ〜!!」「はなたぁーん!!」
そうかぁ、彼女、貴音がこのステージの構成、演出までもやっているとはね。
どんだけグループの中で重きを占めているんだ。入れ込みかた、ハンパじゃないな。
今やライブは、クライマックスへと突入しようとしていた。
この興奮の渦の中、観客がひとりやふたり抜けたところで、目立つことはあるまい。
『今だな』『うん』
僕と仲真はアイコンタクトを交わすと、盛り上がりまくるオーディエンスを尻目に、左方向へとゆっくりと移動を始めた。
僕が先導するかたちで、あと少しで大きな人だかりを抜けられるところに来た。
僕はなるべく顔が目立たないように、
しかし、顔を伏せて前をろくに見ない姿勢が、かえって災いした。
いきなり僕の目の前を、スタッフの機材運搬用だろうか、後ろにコンテナを付けた自転車が猛烈なスピードで通り過ぎて行った。
思わず僕は歩みを止めようとしたが、勢い余って前につんのめり、転んでしまった。
「イテテ…」
「おい、大丈夫かい?」
仲真に心配されながら僕が顔を上げると、視線の先数メートルのところ、グループ左端の高見はな座長、いや貴音華子が、起き上がったばかりの僕を見つめていたのだった。
そりゃ、観客のひとりがステージ間近の場所でビターンとコケりゃ否が応でも視線は引き寄せられちまうだろうが、それにしてもなんつータイミング!
まだ歌の最中ということもあって、かろうじてダンスは続けていたものの、彼女の両目はいつも以上に大きく見開かれ、その口もまたポカンと開いていた。
これはただの心配そうな表情ではない。明らかに「予想だにしなかった人を発見してしまった」という驚きの表情だ。
『やべっ、気付かれちまった』
一瞬にして察知した僕は、後ろに続く仲真にひとことこう言った。
「急ごう」
僕らはその後の貴音の様子を見ることもなく、ほうほうのていで200メートルほど離れた遊歩道地区へと逃げ込んだ。ここならさすがにまた顔を合わさずに済むだろう。
僕たちは息を荒げながら、道端のベンチに腰を下ろした。
「ごめんな、仲真。僕がドジったせいで、こんな目に遭わせちまって」
「いや、それは全然、構わないけどさ。
でも僕たち、あの場からあわてて逃げなくてもよかったような気もするよ、ホッシー。
貴音さんに、僕たちは偶然そこを通りかかって観たってことを正直に言えばよかったのかもしれない」
「うーん、そうかなぁ。たしかに、僕たちが観ていたことがバレてしまった以上、何をしても同じだったのかもな。
でも、先日あんなことがあったばかりじゃない」
仲真をそれを聞いて、にわかに緊張した面持ちになった。
「そうだったね。あれからほんの1週間も経っていないんだよな」
「あんなこと」とはもちろん、僕が貴音華子に告白して見事に振られたことだ。
「あれから僕、貴音さんとは当分は距離を置いていくつもりだったんだ。話をすることはもちろん、目を合わせることも控えたかった。
ところが、この予想外の急展開だろ。
もう頭の中がパニックを起こして、どう行動していいのか、よく分からなくなっちまったんだ。
だから、さっきの僕の行動がとてもベストだとは思えないけど、ああいうふうにしか出来なかったんだよ」
「うん、よく分かった」
「ありがとう」
僕たちは、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
僕から次のネタを振った。
「それにしても、さっきのライブはすごかったね。とても無名のグループだとは思えない盛り上がりようだった。
それにたぶん、彼女たちはどこの事務所にも所属していない、完全なインディーズだよな、あれは」
「うん、僕もそう思った。あえてどこにも所属しないで、自分たちのやりたいことをやるためにグループを結成した、そんな感じなんだろう」
「あぁ。台本、演出から振り付け、音楽に至るまで全部手作りってのは徹底しているよな。あの衣装もすべてピンクの子の手縫いなんだろう。
それでいて、歌やダンスのクォリティは有名アイドルグループ並みだ」
「だな。おそらく活動の場も、ライブハウスなんて閉じたところよりも広く世界を目指していて、ネットの動画サイトあたりを中心にしているんじゃないか。
ジュクゲキ……だったっけ?」
僕はその問いに、無言でかぶりを振った。
「おっ、スマホでWeTubeを検索してみたら、さっそくその名前でヒットしたよ」
そう言って仲真は、どこかのリハーサルスタジオで撮影したと思われるジュクゲキの動画を観せてくれた。
すでに10本近い動画がアップされている。
「アクセスの方は、どんな感じだい?」
「多いやつで10万PVを越えたというところかな。
爆発的人気とはとても言えないけれど、確実にPVを伸ばしているみたい。
国内だけじゃなくて、海外ユーザーの賞賛コメントもついてきている」
「それは、なかなかのもんだな。
さっそく僕もネット検索してみたけど、WeTubeだけじゃないな。Tweet Zoneだって、さっきのライブの反応が次々と書き込まれている。ジュクゲキのタグで絞って見るといい」
「そうだね。たしかに続々とスゴいとか可愛いとかのコメントが上がっている。
でも、さっきの出来事についてのコメントもあるな。
“ラストの曲の途中で、はなたんが目を見開いてすごく驚いた表情をした。あのいつもポーカーフェイスのはなたんが。何を見たんだろう”
それにすぐリプが付いている。
“知り合いにバレたんじゃないの? 学校の友だちとか。これが座長さまの今後の活動の妨げにならなきゃいいんだが”とあるぜ」
「その気持ちはよく分かるけど、僕らに限ってはそんな心配は無用ってもんだよな、仲真?」
「もちろんだ。僕らは純粋に貴音さんたちのパフォーマンスに感動した。
彼女たちには、今後も活動を続けていって欲しい」
「うん。だから応援することはあっても、その足を引っ張るような真似は絶対しない」
「そう言うことだな。きょう見たことは、一切学校では話さないようにしようぜ」
そこで僕と仲真は拳と拳をぶつけ合って、秘密厳守の誓いを立てたのだった。
そして、これは仲真にも言わなかったことであるが、今回の目撃体験により、僕は不思議と安堵感を味わっていた。
貴音華子は僕の求愛を断ったとき、僕の「貴音さんはだれか僕以外の、特定の男性からの告白を待っているから、僕の求愛を断ったのだろうか」という問いに対して「それは、断じてないです。嘘じゃ、ありません」と即答してくれた。
その言葉の意味するところは、当時の僕には皆目分からなかった。
だが今ならば、おおよそ分かるように思う。
彼女は、特定の男子と交際することよりも、今はレビューアイドルとしての活動に力を注ぎたいのだ。
よくアイドルグループで「恋愛禁止」みたいなお触れがあるようだが、別に事務所のようなところに禁止されていなくても、多くの人に愛されることを目指すアイドルとしての自覚を持っていれば、当面個人的な色恋にうつつを抜かしているわけにはいかない。
当然、アイドル活動をとことん極めるまでは、恋愛は凍結となる。
だから、貴音は僕の求愛を受けなかったし、イケメンでスポーツマンの池田の求愛すら断ったのだ。
そう思うと、すべてが腑に落ちるような気がした。
おそらく彼女は、アイドル活動のことをご両親にも言わず始めたのだろう。
うちの高校は、生徒の芸能活動を大目に見るようなところではないので、学校にももちろん報告していない。
勉強はきちんとやって優等生のスタンスを崩さず、その上で自分のやりたいことに取り組んでいる。
その努力家ぶりは、手放しでスゴいと思う。
僕も彼女のアイドル活動を陰ながら応援しつつも、負けじと僕自身の道を極めていがないとな。
「モテ
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