台風の夜
夜になり台風の影響で風が強くなってきた。
ガタガタと揺れる雨戸がそのことを強く意識させる。
「弱いって聞いていたけど、かなり風が強くなってきたな」
リビングでスマホをいじりながら、俺は戸締りをし忘れていないかと心配をしていた。
するとトントンとリズミカルな足音を立てながら、パジャマ姿の天音が二階から降りてくる。
「あ、いた。ねぇ、春彦。ゲームしようよ」
「ゲーム?」
嬉しそうな表情の天音は、スマホに昔の恋愛シミュレーションゲームを表示した。
作品そのものはかなり古いが、そのリバイバル版がダウンロードできるようだ。
お風呂から上がってから自分の部屋で何かをしていた天音だったが、どうやらこのゲームを探していたらしい。
だけどこのタイトルって、もしかして……。
「これ、父さんが昔作ったゲーム?」
「そ。ネットで検索したら、あの英文のラブレターの内容が、このゲームに登場するみたいなの」
「へぇ。それは興味あるな」
あのラブレターの一件で俺と霧咲さんが兄妹かもしれないという騒動が起きたけど、検証をしてみるとゲームのテキストのメモだったことがわかった。
そして天音はそのゲームを見つけ出し、実際にプレイしたいということのようだ。
天音は人差し指をくるんと回して上に向けた。
「じゃあ、春彦の部屋でね」
「リビングじゃなくて?」
「寝転がって遊びたいじゃん」
「ベッドを占領するつもりか……」
俺としては自室でゲームをした方がリラックスできていいけど、天音はどうなのだろうか?
だって今からする美少女ゲームは全年齢向けとはいえ恋愛シミュレーションだ。男女でプレイしていれば気まずいシーンだってあるだろう。
いや、むしろそれを狙って?
ということは、これってもしかして誘われているのか?
天音と付き合い始めて少しずつ仲を深めているという実感はあるけど、そろそろもう一段階前に進みたいところだ。
きっと彼女もそれを期待しているはず。
待て待て待て。何かの本で『勘違いしやすい男は都合のいいように解釈しがち』って書いてたよな。
ということは、単純にゲームをしたいだけかもしれない。
とはいえ、向こうが求めているのに気づかないままだと鈍感男になってしまう。
はっきり言って、その烙印を押されるのは嫌だ。
葛藤の末、俺は自分の迷いを思わず口にしてしまった。
「くっ! 俺はどうすればいいんだ!」
「ゲームしたらいいんじゃない?」
◆
天音の冷めた一言で冷静になった俺は、自分の部屋でノートパソコンを立ち上げて、ゲームをダウンロードする。
「台風の日は、やっぱりゲームよね」
「気を紛らわすにはちょうどいいよな」
台風の規模は小さいので危険ということはないのだが、やはり強い風や雨の音が聞こえると不安がよぎってしまう。
それは天音も同じようだった。
父さんのラブレターの真相を確かめるためという目的もあるけど、本当は俺と一緒に過ごしたくてゲームをしようと言ってきたのかもしれない。
そうだとしたら、メチャクチャ可愛いな。
変なことを考えないためにも、今はゲームに集中しよう。
モニターの位置を移動させて、俺達はベッドに並んで座ってゲームを始める。
この恋愛アドベンチャーゲームは、いわゆるノベルゲームだ。
システムはオーソドックスだけど、絵は綺麗でフルボイス。かなりいい仕上がりになっている。
これを自分の父親が作ったのかと思うと、誇らしく思えてくる。
天音は攻略サイトをチェックしながら、サポートをしてくれている。
二人で美少女ゲームをして面白いのかと心配していたけど、のんびりと楽しめていいな。
実況動画でノベルゲームを配信している人もいるから、この楽しみ方は正解かもしれない。
「あ、春彦! そこは①を選択だって。英文のラブレターが登場するのは、メインヒロインの攻略ルートだから」
「わかった。十年以上前のゲームだけど面白いな」
「そうね。……あ、ほら。英文のラブレターが出てきたよ」
「本当だ。こんな序盤で出てくるんだ」
ヒロインが主人公に、自分だとわからないようにラブレターを送るというシチュエーションだった。
このルートでは謎のラブレターを巡ってストーリーが進んでいく展開のようである。
「内容も全く同じだ。やっぱりゲームシナリオのメモのためだったんだな」
「紛らわしい……」
「本当……。でも親の恋愛事情なんて全くわからないから、こういうのを探るのってワクワクするよな」
「よく言うわね。帰ってきた時は深刻な顔をしていたのに」
「そうかな?」
「そうよ。春彦って、大人っぽく振る舞おうとするくせに、いざとなると子供っぽいよね」
「むぅ……」
そんな雑談をしながらゲームを進めていた時だった。
ビシャンッ! と、激しい落雷の音が鳴り響いた。
「きゃあ!」
突然の雷に驚いた天音は俺に抱きつく。
パジャマの薄い布を通して、彼女の柔らかい感触が伝わってきた。
じんわりと伝わる温かさが気持ちいい。
「……雷が怖いのか?」
「ぅぅ……」
「大丈夫だよ。音は大きかったけど、落ちたのは遠くの方だったから」
背中を優しくなでてあげると、天音は甘えるように身を寄せてきた。
バニラミルクを連想しそうな柔らかい感覚は、ずっとこのままでいたいという気持ちを高めてくれる。
「ん……」
聞こえるかどうかの小さな声が、とても可愛い。
こうして抱き合っていると、幸せな気持ちが込み上げてくる。
「春彦……」
「なに?」
「もう少し、このまま撫でていて欲しい……かな」
「ああ、俺もだ」
彼女を安心させてあげるために抱きしめているのだが、すでに彼女と一緒にいたいという気持ちの方が優先されている自分に気づいている。
そして、天音は恥ずかしそうに言った。
「あのさ、春彦……」
「なに?」
「今日……、ここで寝ていい?」
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