幼馴染で義妹のカノジョと甘い生活を送りたいのに、モテキが到来して修羅場に突入しました

甘粕冬夏【書籍化】通勤電車で会う女子高生

第1話 告白


「私、彼氏にするなら春彦はるひこみたいなやつがいいかな」


 放課後の帰り道。

 隣を歩くクラスメイトで幼馴染の空野そらの天音あまねは、冗談まじりにそう言った。


 春彦はるひこ……つまり、俺のことを彼氏候補として見てくれていたことは、素直に嬉しい。


 だけど俺は、肩をすくめて空笑いをする。


「はは……、からかうなよ。天音の彼氏になったらクラスの男子生徒全員を敵に回してしまうじゃないか」

「いいじゃん、それくらい。骨は拾ってあげるからさ」

「え、待って? 俺、死ぬ前提なわけ? 負け確定ルート?」

「ふふふっ」


 親達の仲が良く、しかもご近所と言うこともあって、俺と天音は子供の頃はよく一緒に遊んでいた。


 だが、中学生になった頃から徐々に話をしなくなっていった。

 その理由は天音の人気にある。


 整った顔立ちに、サラリと揺れる長い髪。

 庇護欲をかき立てる華奢な身体は、まさに理想的なスタイルだった。

 その魅力は、ファッション雑誌のモデルに起用されることもあるほどだ。


 ドライな受けごたえや口調からクール系と呼ばれることもあるが、誰よりも努力家で優しいということを俺は知っている。


 そんな天音に俺は、恋と憧れを抱いていた。


 一方で陰キャの俺は天音と一緒にいることに罪悪感を覚えるようになっていた。

 こうして二人っきりで歩くなんて、いつ以来だろうか。


 今の彼女はどこか寂し気だ。

 さっきの言葉も、まるで無理に元気よく見せようとしているように見えた。


 そして俺は、その理由を知っている。


「引っ越し……、するんだって?」

「うん……なんかね、お母さんが再婚するんだって。それで引っ越すことになったの……。もうほとんど準備は終わっていて、今日はこれから、その人の家に行くって……」

「今日!? じゃあ、もう俺達は会えないのか?」


 天音は立ち止まって頷き、地面に視線を落とした。


「大人って勝手だよね。いきなり再婚して、いきなり引っ越しで転校なんて……」

「クラスのみんなには言わないのか?」

「言えないよ……。言ったらたぶん、私、泣いちゃうし……」


 普段はあまり感情を表に出さない彼女が、こんなことを言うなんて。

 きっと言葉では言い切れないほどの悔しさや寂しさが入り混じっているんだ。


 そんな彼女を見て、俺はずっとしまい込んでいた気持ちを叫んだ。


「天音! 好きだ!」

「え!?」


 さっきまで落ち込んでいた天音は顔を上げた。

 まず驚きの表情を浮かべ、徐々に頬が赤くなっていく。


「俺、お前のことが好きだ!! ずっと、ずっと好きだった! 笑ってるところも、怒ってるところ、頑張っているところ! 全部! 全部好きだー!!」


 周囲に人はいないことを知っていた俺は、思いっきり声を上げた。

 いや、たとえ人がいたとしても、きっと叫んでいただろう。

 でないとこの気持ちを抑えきれない。


「ずるい……」


 天音は一言……、ポツリとつぶやいた。


「私が先に言うつもりだったのに、ずるいよ春彦!!」


 駆け寄ってきた彼女は、俺が着ているブレザーの端を掴んだ。

 体に触れられたわけでもないのに、彼女の小さな手の存在が、愛おしさに拍車をかける。


 天音は涙で潤んだ瞳を俺に向けた。


「私も好き!! 好き! 好き! めちゃくちゃ好き!! 毎日、春彦の事を考えてた!! 今日何を食べてるのかなとか、まだ勉強してるのかなとか。ずっと好きで、好きすぎて! もうわけわかんなくなって、でも好きで! 春彦のことが好きで!!」


 お互いに気持ちを伝えあった後、周囲に静寂が広がった。


 今この場には俺達しかいない。

 そして目の前に……、すぐ傍に……、世界で一番好きな天音がいる。


「抱きしめて……くれないの?」


 天音の言葉は、まるで俺の心を読み取ったようだった。


「いいよ。……春彦なら私……」


 抱きしめたい。思いっきり抱きしめて、そのままずっと一緒にいたい。激しい感情が俺を突き動かそうとする。


 だけど……、そうはしなかった。

 俺は優しく、彼女の肩に触れる。


「春彦?」

「本当は、今すぐ天音のことを抱きしめたい……。でも、今はダメだ」

「どうして?」

「俺さ、ずっと天音に憧れてた。才能に溢れていて、いつも輝いてる天音のことを……。でも今の俺はまだ天音と釣り合ってないと思う。だから高校を卒業するまでに、誇れるような結果を出してみせる! そして天音を迎えに行くよ」


 すると天音は顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。


「悔しいな……。春彦はいっつも私の気持ちを独占するんだもん。……でも……そういうところ、やっぱり春彦だね」


 俺から離れた天音はくるりと回ってブイサインをして、いつものクールな表情で微笑んだ。


「私も頑張るね。だから春彦も負けんなよ」

「ああ」


 まるで青春の一ページを切り抜いたかのようなやり取り。

 本当ならとても恥ずかしいことだろう。


 でも、天音が遠くに引っ越してしまうんだ。

 しばらく会えない。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。

 羞恥心なんてどうでもいい。


 こうして俺達は、最後の別れをした……はずだった。


 まさか……あんなことになるなんて……。



■――あとがき――■

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